第20話 決着のお時間です。

 やっぱりそうか。俺の『万象眼』に狂いはなかったよ。


 この状態で『技能アクト』を酷使したところで勝算はない。早々に鎖の魔術式の解読に、全ての神経を使ったのが正解だった。


 『祝福ライズ』は固有魔術だ。通常、高度な術式を必要とする固有魔術は、一度で人間が組み立てる情報を遥かに超えている。脳の許容量、そして魔術の構築に必須な『魔術格子スロットル』が足りないからだ。


 だからこそ、魔術師はこぞって、『祝福ライズ』を特別視する。だが突き詰めれば『祝福ライズ』も術式である事には変わりない。魔術である以上、この事実は全てに当てはまる。


 俺の『万象眼』は有能だ。祝福であろうとも、その術式の全てをこの目は詳細に映す。


 だからこそ分かった。なぁステラ、この力は他者の罪悪感の強さで決まるものだろ?


 思えば、出会ってお前を押し倒したあの時から……いや皆まだ言うまい。ただ俺の心が罪悪感で痛むごとに、この力は増していった。


 この罪悪感を取り除くシンプルな方法は一つ、ただの俺は謝罪だ。自身の愚かな行動を認め、素直に反省する。子供でもできるような、そんな簡単な事で良かったんだ。


 ステラの魔術を理解できたわけじゃない。先天的に身体に刻まれた『祝福ライズ』の殆どは、何処まで突き詰めても最後は本人にしか分からない。


 でもステラが汚いことをした俺を許せなかった事だけは分かる。その結果、心と行動の矛盾によって『祝福ライズ』は主を拒んだ。


 なんて自分思いで、優しい力だよ。

 そして何より、ステラが本当に真っ直ぐな奴なんだって伝わった。お前は昔から……あの時から真っ直ぐだったよ。


 流石に鈍感な俺でもローランドに、勇者のキーワード並べられたら思い出すさ。


 小さい時から、ステラは本当に勇気あったよ。まさか魔族相手に立ち向かう餓鬼がいるとは思わなかった。


 ステラ、自分に勝ってくれてありがとうな。だから今度は俺がお前を勝たす番だ。

 

 安心してくれよ。こう見えても腕っぷしには自信があるんでね。


 さて……そろそろ始めようか。


 じゃあ今回も頼むよ、腹黒女神様。


『言い方ぁ〜。で、何をくれるのかな?』


 それはお前が考えろよ。


『んーーどうしよっか。』


 何迷ってんだよ。あの……すげぇ痛いから早く治してくれると助かる。


『それは私からすればご褒美なんだけど。』


 うるさい。で、どうするんだ?


『じゃあ……する?』


 ……無理。既婚者だからな。


『あの女とは寝たくせに。』


 ああ。まぁ屑だからなー俺。


『じゃーなんで? 私結構可愛いと思うけど?』


 なんでって。普通に考えて『セレシア』が不憫でしゃーねぇよ。てかそれ以前に、お前はタイプじゃない。


『それは残念。優しいふりをするのね。』


 知ったような口きくなよ、性格破綻女神。


『当たりキツイなーほんと。じゃあお代はいつも通りもらうおうかな。』


 ああ。そうしてくれ。


『じゃあちゃんと呼んで?』


 分かったよ。


『楽しみだなぁ。今日はどんな痛みをくれるの?』


 それは俺が勝ってからにしてくれ。


『じゃあ……待ってるから。』


 またな。夢の中で会おう。




ーーーーーーー




「あぁ……。煙吸いてぇ。」

 

 刻印より解放された俺は、無性に煙草を吸いたくなった。

 でも分かってほしい。今の俺はまるで背中に羽でも生えた気分なんだ。


 圧倒的な自由感と、圧巻するほどの軽さ。


 力が湧いてくる。魔力の流れを感じる。


 こんなにも身体が軽かったかと、自分の体でありながら疑ってしまうほどだ。


 貴重な体験をどうもありがとう、とそう言いたいところだけど、今は……。


「アゼルッ!?」


 叫ばなくても聞こえてる。

 なあステラ、今俺は最高に良い気分なんだ。


 不思議だよな。見えなくても、感じるんだよ。だから大丈夫だ。


「『サファイアス流剣術 地鳴り水大蛇 B+』」


 剣を地面に突き刺したルーヴァンの懐より、大地を唸らす水脈の大蛇が顕現。


 何時しか怒り狂う水蛇は雨を、そして大地を、水を吸収し全てを干上がらせた。


「目覚めは済んだか?」


「ああ。絶好調だよ。」


「ではその死に体で存分に味わいといい。」


 魔術師でもないのによくそんな大技が使えたなぁ。カッコいいぜほんと。


 楽しいなあ。まるで渦の中にでもいるみたいな光景。非日常的な刺激だよ。


 闘技場の円をうねる水の大蛇はまるで海流のようで、大蛇は俺達を呑むことを決めたらしい。


 そんな厄介極まりない大蛇様を、ルーヴァンは指一つで思いのままに動かせるようで、頭上を指す指先とともに、龍の如く水蛇は天を昇った。


「『大地の壁をソドムーー』」


「ステラ。」


 『祝福ライズ』は魔力消費が激しいからな。疲れてるだろ?


「もう十分だよ。」


 ありがとな。でも心配いらない。


「『溺れろ』」


 そして、ルーヴァンの腕が地面に振り切られたその時、水の大蛇は降りしきる雨とともに堕ちた。


「『護れ、。』」


『はーい』


 良い出来前だ。誉めてつかわす。


 この『Level』の『流派ルーツ』を凌げる守護領域は中々お目にかかれないよ。


 それと……なんか頭の中で変な声がしたが無視しておこう。


「『ついでだ。癒せ。』」


『名前』


「『めんどくさ。癒せ、エレシア。』」


 直後、全身は神の黄光に包まれ、死を忌する温もりが全身に伝わっていく。


 傷口には光の粒子が集まり、俺の身体は時が戻ったかのように完全に蘇生された。


 やっぱいつ見ても『神聖術』は凄い。死に体だった俺の身体がいつの間にか、完全完治だもんな。


 聖印を託してくれたテレサ姉には感謝が尽きないよ。


『ねぇ~私は?』


 ……この女神に縋るのは癪だがな。てか勝手に人の心覗くなよ。


 さてと、そろそろ……。


「『祝福解放ライズ・オン』」


 勝ちに行くか。




ーーーーーーー



 これで終わりだ。貴様がいくら硬かろうが、私の『流派ルーツ』の前には意味をなさない。


 どうだ。圧倒的な水撃の威力は? まるで全身の骨も体も千切られるような感覚だろう。安心しろ。その痛みが訪れる前に、貴様は息絶える。


「『祝福解放ライズ・オン』」


 ……何だ? この声は。


 突如として、私の耳で残響した声に不愉快さが募った。いや……そんな筈がない。この状況で貴様に何が出来る。貴様に……。


「『喰らえ!!』」


 無意識というものだった。気づけば、我が肉体はこの男を全力で屠る事を決めていたのだ。


 焦らされたというのか、この私が。貧弱な魔術師如きに、戦士たるこの私がっ!!


 だが……私の予感は的中した。


「『火槌霊神ヒノカグツチ』」


 その時、大蛇は死の呻きを上げながら水へと還ったのだ。


 降りしきる水蛇の残骸は一時の驟雨を呼び、辺り一面を薄暗さをもたらす。


 だが確かにそこで、奴は立っている。滝のような雨量に晒されながらも、異様な存在感だけは拭えない。


 一体何が起きた。いやそんな事よりも、何故動け……いや傷はどうした。


 驚くべきことが多い。修復不可の無残な傷は消え、私の術は此奴を喰らうことなく崩壊した。そして何より……。


「何だ!? その剣はッ!!」


 一体何処から持ち出したというのだ。まさかそのふざけた剣で私の術を斬ったというのか。


 一言で表すのなら奇形。蛇の如く刀身はうねり、そこから生えた六つの枝刃。材質は不明だが、枝刃の切先が所々違う。


 白い。これはもしや骨か……いやあり得まい。


 何はともあれ、到底武器とは言い難い。多くの戦士と相対した私ですら知りえぬ太刀だ。


「生後数秒の出来立てホヤホヤだよ。今打ったからな。」


「戯言を吐くな。」


「ふざけてねーよ。俺は杖をもたないスタイルだからな。」


 何処までも怒りの琴線に触れる奴だ。


 魔術師が杖を持たないだと……。この私を前に、何処までその去勢が保てるかな。


「今私は、お前を全力で嬲ると決めた。」


「前から思ってたんだけど、騎士って情緒不安定過ぎると思わない?」 


 その時、血液が煮えたぎる感覚を覚えた。


「『技能発動アクト・オン』」


「『肉体向上』『高潔武者』『五感強化』『弱点知覚』『領域反射』『雨天ノ情』」


 まだ足りん。ダメ押しだ。


「『魔術発動ルーン・オン』」


「『身体を強化する魔術アルス』」


 誇るといい、私に此処まで奮いあげたのは貴様が初めてだ。


 おっといかんな。いつもの癖で輪郭が上がってしまった。だが笑わずにはいられんよ。


 貴様に分かるか? この湧き上がる力の鼓動、この全能感が。


「知っているか魔術師。我々、王国騎士が大陸最強とされる所以を。」


「『身体を強化する魔術アルス』だろ? 便利だもんな。じゃあ俺も久々に使ってみるか。」


「……何だと?」


「別に『身体強化アルス』系はお前らの専売特許じゃねえよ。ルーヴァン。お前、」


 直後、奴の隻眼が闇に紛れる獣のように、光の軌跡を描いた。


「サボってんじゃねぇぞ。」


 そう言い残し、奴は静かに息を吐いた。


 五感を強化した今だからこそ分かる。なんという集中力だ。何をする気かは分からんが、放っておけば不味くなる。

 

 だがーーーー


「『練魔』」 


 その言が私の身体に怖気を走らせた。何故なら……私は目の前に怪物を見ていたからだ。


 天を突くほどに膨れ上がった魔力が発露され、その全てが徐々に奴を中心にして収束されていく。


「『魔術発動ルーン・オン』」


 その時、奴の奇形の太刀が光を帯び、魔術は唱えられた。


「『身体を強化する魔術アルス・マクス・ゼキナ』」


 その全ての魔力が収束に至るとき、奴は魔術へと昇華させたのだった。


身体を強化する魔術アルス・マクス・ゼキナ』とは、現存する戦士が目指す魔術の最奥ともいえる業。


 アストラン王国における建国者、そして初代勇者とされる『アルス』のみがその魔術の最奥へ至ったと言われている魔術を……。


「お前は一体……。」


「いいってそういう反応。じゃ、早く一杯やりたいし、悔いのないようにな。」


 その時、私は無意識に剣を構えていた。恐らく、今までの戦闘の中で最も速く、的確な行動。それは騎士の本能とも呼ぶべきものだ。


 だが瞬きの一瞬のこと。私を横切る一抹の風が薙いだ。

 

「えっ?」


 と、間抜けな声が聞こえ、振り返ればすでに魔術師が一人倒れていた。


「俺の勝ち。」


「ふざけっ……!?」


 ふざけてなど……いない。私は口を開き、唖然とする事しかできなかった。


 失念していた。これはフラッグ戦。奴の手には確かに、勝利の白旗が握られていた。


「試験官ッ!!」


 そうレイシア様が凛々しくも力強い声を上げられたとともに、


「……ッ!? しょ、勝負あり!!」


 私の敗北が告げられたのだ。


 いや……こんなことがあっていいはずがない。ふざけるな、私を誰だと思っている。私は『サファイアス』家の第三席、ルーヴァン・サファイアスだぞ。


 ガイウスめが……。死刑囚の致命傷を負わせろとの契約だったな。

 

 貴族院、そして学院関係者の面前で、『サファイアス』の血統に泥を塗られたまま、私は帰るわけにはいかんのだッ!!


 故に。その首もらい受けるぞ!!




ーーーーーーーーーーー




「おい落ち着けって!!」


 あーほんとめんどくさいよこの子。騎士って言うのはどいつもこいつも、クソ迷惑な野郎だよ。


 普通に斬りにかかりやがって。試合終了の合図は出たんだから、大人しく下がれよ。


「止めなさいッルーヴァン! これは命令です。」


 斬りかかられるこの状況で、俺は寸でのところで交わしながら観客席の方へと意識を向けた。


 そこには凛々しいレイシア様が俺のために助け舟を出してくれていたのだ。


 あぁやっぱりお前は最高の愛弟子だ。王様万歳! 王令万歳!


 と素直に喜びたいところだったんだが、


「よいではありませんか。勝負はこれからというもの。」


 こんのっ! イカレあんぽんたんクソ老害エルフがッ!!


 な~に伝家のレイシア様に意見言っちゃってんの!


 自分のルールにケチつけるなってステラに言ってたくせに。なんて面の皮の厚いことだよ!!


「宜しいですね、マルクス様?」


 マルクス……ておいまさかっ。


 どうやらルーヴァンも一旦停止とするみたいだ。


 貴族院、そして学校関係者諸共が、時同じくして、目に映したその人物は……。


 正真正銘、マルクス・スカイフォード・アストランその人だった。


 何故このような一試験の場に? などと皆は口を揃えて憶測を吐き出し始めたが、マルクスの狙いは無慈悲なことに、どうやら俺をご所望のようで。


「構わん。ルーヴァン、貴様とそ奴の一騎打ち。試験変更として私が認めよう。」

 

「それはいくら何でも横暴です。マルクス兄様。」


「横暴? レイシア、では聞こう。そ奴が試験時間内に来なかった件はどのように処分を下す。本来であれば、即時失格としてもおかしくないはずだが。」


 ……本当に王子様は容赦のないことで。本当に痛いところを突きなさる。


「それに例の件。忘れた訳ではあるまい。」


「……承知しました。」


 承知せんでくれ~。


「はぁ……。」


 めんどくさ。まあしゃーない。向こうさんも何が狙いか分からんが……やってやるよ。


「『火床御手神ほどみてがみ』」


 もったいないけど再利用するか。悪いな、勝手に打って、勝手に砕いちまって。


 俺は創ったばかりの剣を粒子に変え、もう一度魔力の炎に残骸をくべる。


 あ、やらかした。もう一回『身体強化アルス』をかけ直さねぇと。媒介魔術の面倒なところだけど、今はこっちに集中しよう。


 形を想像し、概念を創造する。後は炎を焚いて、悠久の世界で打ち続けるだけだ。


 そうして、出来上がったのは騎士剣よりやや短めの一刀。仕上がりはまあまあだな。でも切れ味は良さそうだ。


 さて、決着のお時間ですよ。それでは、以後割愛というわけで。

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