第17話 ステラ・ローランド

 アゼルと言いましたね。正直な所、その名を聞いた時は驚きの余り、声を失いそうになりましたが、如何やら私の期待外れだった様です。


 貴方はあのお方ではなかった。あの日、魔族から我々を救った勇者様では。


 貴方は先ほど、私の事を恵まれていると、そう言いましたよね。


 祝福? 神の恵み? 選ばれし者?


 そんな訳あるものですか。こんな力、捨ててしまいたいと何度思ったことか。


 どこか能天気で気怠げな貴方には分からない、いえ無縁かと思いますが、知っていますか。

 

 人間は何処までも浅ましく、心が弱い事を。


 彼らは簡単に嘘を吐き、騙し、諂う。そして何より残酷です。


 私は物心着く頃からこの祝福を受け入れていました。


 王国の司法を司るローランド家に私は生を受け、代々継承されるこの『祝福ライズ』に選ばれせいですかね。思い返せば、生活の殆どが勉学の日々でした。


 同じ力を持った最高裁判官たる叔父上の元で、多くの罪人を見抜き、法という正義の名の下に裁く。


 厳しい父とは違い、叔父上は優しかった。私をまるで我が子の様に大切に、そして強く道を示してくれる正義の人で、そんな真っ直ぐな叔父上が大好きでした。

 だから初めは、この行いが誇らしいものなのだと、疑いはしませんでしたね。


 あの時は本当に良かった。真に善悪の定規を持たない幼子でしたから。


 この行いは正しい。裁く事で人は許され、この国は美しくなると信じていました。


 だけどあの日。忘れもしない。


 魔族によって我が領地を侵された時、私は人の残虐性を知ってしまった。


 逃げ惑う人混みの中に私はいました。逃がしてくれた叔父上は、今頃魔族に殺されたのだろうと、幼いながらも悟りましたね。


 ですが恐怖に突き動かされるがままに、叔父上の信頼ある従者に連れられ、私は走り続けていました。


 でも混乱する群衆の中に、人の声を持つ魔族がこう言ったんですよ。


『小娘を出せ。さすれば家族の命は助けてやろう。』


 魔族は巧妙に人の弱点をついてくる。叔父上の教えのおかげですね。その言が嘘であると、私はすぐさま見抜いていました。

 

 ですが圧倒的な力の前に、力無き者は平然と己の正しさを捨てる。


 まるでその時を待ち望んでいたかの様に、民の恐怖は一丸となって、力以外何の変哲もない少女に、全てを押し付けていました。


 正直、あの時は本当に怖い思いをしました。


 ある者が名乗りをあげたと思えば、それは私の最も近くで、手を引いてくれていた従者でしたから。


 この行いが正しいと迷走する裏切りに血走った瞳孔と贄を欲する恐喝の叫び。


 この『祝福ライズ』は人を裁き、人を見抜き、人の罪悪感を見る事ができる。


 だからこそ、私は絶望したんですよ。


 私が尊ぶべきとしてきた民の心には……自分以外を尊ぶ正義などなかったのだから。


 その後の事は虚であまり覚えいません。魔族に誘拐され、行く末など諦めかけていましたから。


 ですが最後の抵抗ぐらいしなければ、叔父上に顔向けできないと、この力を振るったのは覚えています。


 魔族は人型の生物。ここに来るまで多くの民を殺し、さぞ蛮行のもとに生きてきたのでしょう。


 私の『祝福ライズ』は罪悪感の強さで力を増す。対象となるのは虚偽を述べた者、私の遵守する六の法を犯したものに刻印は刻まれる。


 だけどその時、私は生まれて初めて戦慄しました。


 何故なら、魔族に罪悪感など無かったから。叔父上の言う通り、この生物は人類の外敵であり、多くの戦士・魔術師を屠ってきた怪物なのです。


 罰の拘束も、咎の鎖も、裁きの剣も。全ては無意味とばかりに散っていく。


 ですが勇者様が救ってくださいましたから。


『まだちいせぇのに勇気あんじゃん。俺も混ぜてくれよ。』


 暗闇のドン底にいた私に手を差し伸べてくださった訳ですし、文字通り身も心も救われたというべきでしょう。思えば、あれが私の初恋でしたか。


『よく頑張ったな。最高だよ、お前。』


 そう言って、勇者様が私の頭を撫でてくれたのを覚えています。


 その後、このすべての騒動の発端が肉親であったことを知りましたが、半自暴自棄になっていた私はどうでも良かったです。どうやら父は祝福ライズを受け継げなかったがために、叔父上を妬んでいたらしい。


 あの時、勇者様が救ってくださらねば、私の心はもうダメだったでしょう。


 事件から二年後の事。私は当時の傷も癒え始め、街の復興も進み、当時の忙しなさが戻る頃に、静養を終てこの街に戻ってきました。


 正直、私はあのトラウマを乗り越えようとしていました。忌々しくも数年ぶりの故郷です。久しく戻るこの地に、懐かしさが胸を打ちましたよ。


 帰郷の馬車を迎えた民は、それはそれは盛大に祝ってくれました。まるであの頃の祭り騒ぎが戻ったかの様で。


 惹かれるように、私は勇気を出して馬車のカーテンを開くと、民は二年前の傷を負いながらも笑顔で迎えてくれました。


 そんな民を見ていると、私にも込み上げるものがあり、久しく涙腺が緩んで、当時私が尊んだ心が蘇る様な思いでした。


 ですが……。私はこの時、初めて腹の底からこの祝福ライズを恨んだ。

 

 笑顔の裏側。心の内。狂気の裏側。

 

 彼らには、私を売った領民達には、罪悪感のカケラも存在していなかった。


 移ろう時が感情を風化させ、身勝手に縫い繕う事で自身の罪悪感から目を背けたのでしょう。


 そんな彼らを前に、ただ私の瞳は醜さだけを鮮明に写し、涙などいつの間にか乾いてました。


 ああ……。今思えばこの時ですかね。この地を離れようと決めたのは。


 どうせ貴方も……彼らと同じなのでしょう。嘘を平然と吐き、自身の保身のみに走ったのですから。


 私は……お前達の惰弱に振り回されるのはもうごめんだ。 

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