第18話 最高だよ、お前。
「ステラっ! 早く鎖を解けッ!!」
「『
貴方の声なんて聞こえない。私は勝って見せる。嘘つきの力など借りなくともッ!
私は我も忘れて、試合開始の合図とともに、術式の組み立てに移る。
「『
しかし、即効で仕掛けてきたのはルーヴァンも同じこと。魔術師とは偏絶した初速の差によって、容易に距離は殺されました。
なんて速さ。これが本物の前衛というのですか! これでは魔術の展開が間に合わない。
「は??」
「はじゃねーよあほ面。」
無力とばかりに、敵を前に目を瞑ってしまった私でしたが、どうやらまだ首は繋がっているようです。
目を開けると、水平に薙がれた剣は私の寸前で止まり、ルーヴァンは勢いを失っていました。
何故って? 驚くべきことです。手を鎖で縛られているのにも関わらず、アゼルは豪脚で剣の柄を抑えていたのですから。
直後、あろうことか彼は飛翔蹴りでの反撃を見せ、ルーヴァンは咄嗟に後ろへ下がる。
あり得ない。貴方は本当に魔術師なのですか?
「あほ面だと……。まぐれの蹴りがそんなに嬉しいか。魔術師如きがいい気になるなよッ!」
「気にしてんじゃん。沸点低くね?」
「下民が。いいだろう。まずはお前からへし折ってやる。」
「かっこいいなぁ。あれっ右目痙攣してるけど大丈夫? もしかして……怒ってる?」
「ふっ。安い挑発だな。いつまでその減らず口を叩いていられるか楽しみだよ。」
「いやそれの何が楽しいの? 小物を嬲らねぇと笑えねぇのかよ。小さい漢だなぁおい。」
「……ッ。」
どうやらその言葉が癇に障ったようで、右目がこれでもかと吊り上がっておいでのようです。
「『
こうなってはルーヴァンに一切の容赦など無い。
彼は怒っているのだと思います。自身で過小した魔術師相手に『
「『サファイアス流剣術 水の太刀』」
直後のこと、ルーヴァンの刀身に水が纏い始める。
あれが世に名高い、王国五代家の一つ『サファイアス』が使うとされる剣術ですか。『
今、ルーヴァンは見境がない。あの剣術を怒り任せにでも振えば、アゼルは……。
「死ね。」
今度は訳が違う! 気づいたときには私は自然と声が出ていました。
騎士の踏み込みに、斜め袈裟斬りが合わさり炸裂。
杖すらも持ち合わせないアゼルでは到底受けきれない。と思ったのですが……。
私の想像など軽く超えてーーー
「貴様、正気か?」
あろう事か、アゼルは自身を拘束する鎖で剣を受け止めていましたから。私は驚きが隠せず目を見開くだけです。
「大マジだよ。」
「では続けよう、かッ!!」
攻防は続く。絶え間ないルーヴァンの攻撃に、彼は魔術師とは思えない反応速度でいなす。ですが、気丈に振る舞う彼の腕からは確かに赤い血が流れていました。
いや呑気に眺めている暇ではありませんね。これは……私が始めた戦いですから。
「『
水属性ならば、こちらは雷属性で。
二本の雷槍を生み出した私は、一槍を手元に、もう一槍を名も知らぬ後方の魔術師へ穿つ。
アゼルの素早い動きには驚きです。後方での私の動きをよく見ていてくれたようで、すぐさま射線から退避したと同時に、土煙を上げルーヴァンの動きを鈍らせるスゴ技を披露。
今だ! これで!!
私はつかさず雷槍を穿ちましたがーーー
「『サファイアス流剣術 水蛇』」
後ろへ大きく飛び下がりながら、ルーヴァンは太刀を変形させ、刀身より水蛇を顕現。自動追尾型の『
ですがそれは悪手ですよ。当然、水で構成された術は雷を通す。
「ク……ソがっ!!」
狙い通り、感電による硬直を見せたルーヴァン。
今なら押し切れると、次手の魔術を組み立てようと行動に移しましたが、
「深追いだッ! 下がれ!!」
失念していた。相手の後方にも魔術師がいることを。
既に雷槍の
「『
やはり火属性魔術っ! 不味ーー
「『
私を救ったのはまたもや彼の存在でした。
原理分かりませんが、空間の一面を壁と捉え、火の砲弾を蹴りで
「『
これは……少ししんどいですね。
こんなにも忙しなく魔術を行使したのは初めてのこと。私は少々息が上げていましたが、アゼルは何事も無かったかのように平然としていて……。
いやそれは大きな勘違いだ。火の砲弾を蹴り払ったアゼルの脚は……。
「気にすんな。ただの大火傷だ。」
どうやら彼は破顔しそうな私を見て、気を遣ってくれたようです。
所々肉が溶けている。目も当てられぬ痛々しい姿に、私は固唾を飲まずにはいられませんでした。
「ごめんなさい。私のせいです。」
「そう思うんだったら、これ解いてくれると助かる。」
「はい……。私が愚かでした。」
ルーヴァンの介入は間違いなく私の責任。ですが貴方の過ちを許すつもりはありません。
だから飲み込みなさいステラ。これ以上、彼に我を通すような真似をしてはいけない。私は正しいと思う選択をすればいい。
「『解』」
そう拒絶する心に蓋をして、刻印を解除する呪文を唱えた私でしたが……。
「……? 『解』」
いくら言霊に力を込めても術は解けないどころか……。
「おいざけんな?!」
その時、私の
「何故!? どうして!!」
容易に鎖の圧迫を感じさせる彼の歪む顔を前に、私はただ無力感のみが迫り上がりましたが、その時です。
「いつまで閉じこもっているつもりかな?」
胸を痛める暇もなく、音を立て崩壊した大地の壁。
そこには狂うような笑みをこちらに向けたルーヴァンがいた。
ーーーーーーーーーー
あっかんこれマジでヤバイやつだ。
より一段と締め付けが増した鎖に、俺は所構わず弱音を吐きそうになった。
大丈夫だよ、ステラ。そんな顔しなくてもお前が魔術を解こうとしてくれたことぐらい分かってる。
『咎の鎖 S+』
俺の『万象眼』が示した数値は、まさかの『S+』相当。こればかりは流石の俺でもだいぶ堪える。
さっきから力自体が殆ど入らない。そのせいで『
いや別に大したことじゃない。『神聖術』を使って治せば、こんなものどうにでもな……。いやマジかよ。これは想定外だな。
どうやら、俺はこの『
さて。もしかするとこの状況はだいぶマズい。
身体の不自由を嘆くこの状態でどう乗り越えようかと、俺は久しく真剣に頭を回し、打開策を練り始めた、その時だった。
「いつまで閉じこもっているつもりだ?」
この魔力の高鳴り、そして蜃気楼の輪郭を描くほどの魔力出量。
ルーヴァンめ。ここで『
どうやら性格はあれだが、
と分析はここまでに、俺は『万象眼』を常時発動し、攻撃に備える。
さて……勝負だ、ルーヴァン。
「『水撃破断 C』
「『重撃破断 H-』」
『
相手は正真正銘、『サファイアス』の血統、そして『
対し、俺は『重撃破断』を一か八かの腕で発動。
本来、『重撃破断』は武器を用いた『
「はぁぁッ!!」
腕がいてぇ。だけど根性だ。
ルーヴァンとの衝突の最中、気づけば俺の口は勝手に雄叫びを上げていた。
その末、何とかルーヴァンを跳ね除け、凌ぐことはできたが……。当然こうなるわな。
「痛そうだな。」
そうニヤつくなよ。腹立つからさぁ。でもこの様じゃ無理ないか。
「貴方……その腕。」
ステラが怯える姿を見て、俺もまた彼女の視線の先を辿るとーー
「運がいい。鎖のおかげだな。」
関節から先。やはり俺の両腕はほぼ直角に折られていた。
鎖の隙間からは砕けた骨が露出し、血が滝のように流れ出ている。血とは無縁そうな淑女様には少々過激過ぎるかもな。
ほんとやってくれるじゃないの。このレベルの怪我は人生でも十本の指には……いや入らないか。
「どうしたルーヴァン。見るだけでもう満足かよ。」
「ははっ。痩せ我慢にしては随分と頑張るじゃないか。」
「まぁそうかもな。でも生憎様、こういうのは慣れてるもんでね。」
「では喜べ。お前には生半可な死はくれてやらんぞ。死刑囚。」
死刑囚か。リュークの事もついさっきあったばかりだしな。まあ当然、その線もあるかなって考えてたよ。
「おい。やれっ!!」
これで最後だと言わんばかり、ルーヴァンは後方の魔術師へ指示を出す。
直後、俺は頭上に魔力の反応を感じ取り、空を見上げた。
「『
大気を操ってるのか。一応最終試験な訳だし、こいつも中々優秀じゃないの。
魔術の発動と共に、闘技場一帯を包み込む雨雲が大雨が降り注ぎ始める。
雨は好きだよ。畑がよく肥えるしな。だが騎士様はもっとお好きなようだ。
降り頻る雨に浸って頂くのは構わないんだが、頼むから水も滴るいい漢、だなんて台詞は吐かんでくれよ。
「『
まさか……。その段階へ至っていたとはな。
俺は雨の中、静かにルーヴァンの覚醒を見届けることにした。
ーーーーーーーー
筋力 B → A+
敏捷 B+→ S-
耐久 B-→ A
器用 B+→ A-
精神 B → S
ーーーーーーーー
『天才騎士』
『サファイアスの血族』
『曇天の加護』
『流派拡張』
ーーーーーーーー
Level 66 総合 A
なんてバランスのとれた
それに『曇天の加護』と『流派拡張』の相性が良すぎる。『魔力解放』してるとは言え、
『Level』は66。総合は『A』。
魔力解放による『精神』の向上が著しいのは分かる。でも『敏捷』が二段階も伸びるとはな。恐らくこれも
はぁ……クソめんどくさいと言いたい所だが、いきがるのは止そう。今のこの状態じゃ、俺はルーヴァンに負ける。
腕はへし折れてる。魔力は使えない。片足は火傷でグチャグチャ。力は鎖の拘束のせいか入らない。
こんな最悪なコンディションは初めてだよ。
でも俺にはこの眼がある。
「『
『万象眼 EX』
まだ足りないよなぁこれじゃ。冒険者をやっていた時の事を思い出す。
ありがとうな、ルーヴァン。ちょうど俺も勘が戻ってきたところでな。全身全霊で行かせてもらおうか。
そうして、まるで詠唱にも似た長い長い時間が始まった。
「『不倒不屈』『流血阻止』『高潔武者』『魔力転換・身』『技能連結』『領域反射・技』『領域反射・術』『盗賊の極意』『剣士の極意』『槍者の極意』『韋駄天足』『思考加速』『剛力無双』『知覚向上』『飛躍猛進』『鷹の目』『弱点知覚』『肉体向上』『冷徹精神』『痛覚鈍化』『五感強化』『天衣無縫』『限界突破』」
あーしんど。流石に身体が軋む。
計二十三の技能同時発動。どうやら観客席の皆々様も驚いていらっしゃるようだが、頼むから期待はせんでくれ。こんなものは容量が良いだけの、ただの付け焼き刃だよ。
「優しいな。待っててくれたのか?」
素直に俺はルーヴァンにそう聞く。
「いいや違うとも。ただ私は美食家でね。極上の馳走を前に待てる男なのだよ。」
「なんだそれ。行儀良いじゃないの。」
まあ何とも行儀のよろしい事で。
キザなのか、狂っているのか。やはり俺には騎士という生き物が理解できん。だがどうしてか、いつの間にか俺の頬は上がっていた。
さて。うちの魔術師殿にもそろそろ働いてもらわないとな。
「ステラ。旗は頼んだ。」
伝わるよなこれで。ステラは賢いからさ。すまないけど、もう庇っていられる余裕はないんだ。
「待って……その傷で動いたら……。」
心配ご無用。こんなんでも元勇者だからな。なあクゥ、俺もお前みたいに、安心させてやれるカッコイいい男になれるかな。
だから俺は、汗じみた額を晒しながらも、ステラに目一杯の笑みを浮かべた。
「俺を勝たせてくれないのか? だからいつまでもそんな顔してんな。」
自分の言葉が人に届いた時の喜びはやはり格別だ。
さっきまでの怯え顔はどこへやら。ステラの切り目はどうやら一段と鋭くなって戻ってきたようだ。
「そうだ、それでいい。最高だよ、お前。」
さて……。魔術師の俺が総合『A』の騎士相手に、どこまで善戦できるかな。
ステラが腹を括ってくれたんだ。俺も全力をもって応えよう。
「勝負だ、騎士野郎。」
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