第15話 さっき俺の事、カスって言わなかった?
「いや〜助かったよ。流石我が愛弟子。」
「……。」
「なぁそろそろ口聞いてくれませんかね。」
「………。」
「……遅れてすみませんでした。」
結果から言うと、俺たちは余裕で試験会場に遅れてやってきた。のらりくらりと会場付近を彷徨っていた所、王女様がご立腹な様子で手を引いてくれたのだ。
聞かされた話によると、既に試験の説明は終了済みとのこと。
謝罪の返答はそれはもう大きな溜息で返され、俺は空笑いに引き攣ることしかできなかった。
「それで。これは一体どういう状況でしょうか?」
冷たいなぁレイシアさん。そんな怖い眼でこんな赤裸々な罪人を見ないで欲しい。
まあこの状況は明らかに変だろう。
愛弟子よ、頼むから隣で鎖持たれながら拘束されてる情けない先生を見ないでくれ。
「失礼いたします。第一王女レイシア・アル・スカイフォード・アストラン様とお見受けいたします。僭越ながら名乗らせていただいても宜しいでしょうか。」
「構いません。名乗りなさい。」
すると彼女はすぐさま典型的な貴族の挨拶に移る。右手を心臓に添え、片膝をつく恒例のあれだ。
今の内に逃げれるんじゃないか?と忍び足でそろりと抜け出せ……ませんよね。
すみません。調子に乗りました。だからもう鎖を引っ張るのはやめてください。
「はい。ステラ・ローランドと申します。」
「ローランド。なるほど。では貴方が。」
「なぁ~話置いてけぼりにしないで欲しんだけど~。」
ローランド? なんか何処かで聞いたことのある名前だな。
まあ見た感じ貴族なのは確定だけど。あのレイシアが嘆息つくほどの家柄ってことか。
「ではとりあえず。ステラは悪くないという事ですか。」
「え、俺は?弁解させてくんないの?」
「あるわけないじゃないですか。ローランド家に対する王家の信頼は厚いですから。」
「王家のご厚意。誠に感謝いたします。」
既に丸く収まりつつあるんだが。
つまりは死刑執行猶予に加えて、強制猥褻罪?も追加されたと。本当これ以上は勘弁願いたい。
この先の事を考えるだけでも頭が痛くなるが、でもその前にやらねばならんことがある。
その点に関してはレイシアも共感のご様子で、助け舟を出してくれそうだ。
「ローランド。そのカスの裁量は貴方に委ねましょう。着いてきてください。」
「なぁ今カスって言わなかった?ねぇ今カスって言ったよ……。」
「『黙りなさい。』」
こんな能力もあるのか。鎖で猿轡されたのは初めてだよ。
あーこれ駄目だわ。嫌悪感が頂点なやつだ。
レイシアの誘導に従い、俺たちは闘技場の中へと足を運んでいく。まあ試験会場といっても昨日ぶりのことだ。変に縁があるのかな。
廊下から漂うこの特有の血なまぐさい匂いに俺は顔をしかめる。
俺たちは若干早足気味に進むと、すぐに目的の一室に着いた。闘技場の地下にこんな場所があったとは驚きだ。かなり広いスペースに受験者用と思われる椅子が列に並べられていたが、見たところ誰も居らず、どれも空席だ。
レイシアが入ってくるや否や、大急ぎで広間にいた試験監らしきものがこちらへすり寄ってくる。
「これは!?レイシア王女。何故このような場所に!?」
「この者たちが迷っていましたので。こちらに連れてきたのですよ。」
「なんとっ!?お前たち一体何をしていたんだ!お手を煩わせよって!」
お願いだから試験監督殿。そんな鼓膜を強打するような大きい声を出さんでくれ。
「そして貴様は何故鎖に繋がれ……いやどういう状況だ?……猿轡??」
強面な試験監殿でさえ、困惑の色を隠せないようで。まあでもそうなりますよね。この状況なら、俺も同じ反応すると思いますよ試験監殿。
「ふはけてまへん。たふんこのこ俺のほとすきなんだとおも……。」
(ふざけてません。多分この子俺の事好きなんだと思います。)
「その減らず口を閉じないなら今ここで処刑しますよ?」
「……ふんまへん。」
(……すんません。)
「こちらのカスの事は放っておいてください。マートン、本日私は公務の身。監督者としてアストラン王より遣わされ参りました。」
「いまぁかすっへ言った?」
(今カスって言った?)
まぁなんと寛大な御心で……今カスって言った?
愛弟子の優しさに感動を噛み締めたい所だが、そんな流暢な事を考えている暇はないよう……やっぱり今カスって言ったよね?
まあその後のお説教が痛い事。数分間の罵詈雑言を浴びせられた後に、愛弟子は痺れを切らしたような嘆息を漏らす。
「マートン、説教も程々に説明を。」
耳にタコができるような説教を終え、漸く試験監殿は俺たちに説明を下さるようだ。
「これは失礼を。ところでお前達。連絡どおり杖は持ってきているな?」
杖って何のことだ?あ、ステラさんはご持参なされてるようで。
「では試験内容について説明する。と言いたい所だが……。実施直前にのみ内容開示が許されている為、話せる事は少ない。私から言えるのは、お前達は即席のペアになったという事だけだ。」
これはこれはご丁寧な説明どうもありがとう。
取り敢えずペアとの事ですが、ステラさん意気込みは如何でしょう……いやそうですよね。そんな嫌そうな顔しなくても。
隣の真面目さんはやはり予想通りの反応で、左の眼筋がピクピクと痙攣しているようだ。口を籠らせ、ありったけの文句を生んでは、抑えるの繰り返し。
俺はというと、嫌悪感丸出しなステラをとてもじゃないが見ていられない。
気づけば、俺はただ右下の地面と見つめ合うだけだった。
(あーやべ。杖どうしよう。)
それに加えて、俺は杖がないこの現状に苦悩せざるを得ない。
いやほんとまたやらかしたな。飲んだくれたせいで、昨日頂いた予定表に目を通すのを忘れていた。
全く。連絡の確認ミスとは社会人失格というやつだな。
「貴方。杖はどうしました。どこにも見当たりませんが?」
ステラに痛い所つかれて、俺は思わず心臓が跳ね上がった。
その追い討ちはもう嫌がらせと取っても良いんですかねステラさん。
ほら見たことか。試験監様の顔が険しくなった。
やり返したい気持ちは分かるが、これは流石に泣くぞ俺。
さてどうしようか。ここは嘘をつかず、正直に応えるとしよう。
「おれはつえほもはないスタイルなんでね。」
(俺は杖を持たないスタイルなんでね。)
多分言い訳にしか取られないだろうが、なまじ本当の事なんだなこれが。杖を持たない魔術師だってこの世にはいるのだ。時と場合によるが。
「まさか貴様。忘れたわけではあるまいな。」
「ほんなことないですよー。」
(そんな事ないですよー。)
「貴様……。」
そう眦を上げんでくれ。チビるだろうが。
「待ちなさいマートン。ふざけている様に見えますが、戯言ではありませんよ。」
あかん愛弟子よ。その緩急は惚れてしまいそうだ。
俺は尊敬を込めてレイシアを仏様のように見ようとしたが、そんな事できるはずもなく。流石にふざけている場合でないと、姿勢を直角に正した。
「そろそろ時間ですね。二人とも準備を。これより闘技場へ上がっていただきます。」
まあ凡そ予想はついていたが、やっぱりこうなったか。恐らく最終試験は……。
「闘技場へ?何故そのような事を?」
成程。お嬢様には無縁の場所だろうし、その質問は至って普通だよ。だが人が闘技の壇上に上がる理由なんて決まってる。
これから起こるであろう展開が頭を過り、俺はレイシアへ真偽を問う。
「れいひあ。おれたひにころしあいをしろと?」
(レイシア。俺達に殺し合いをしろと?)
「そこまで過激になるとは思いませんが。この試験はかなり厳しいものになるかと。」
「……いなかにかえりたい。」
(……田舎に帰りたい。)
「まあそう仰らずに。」
ああ愛娘よ。田舎での生活、どうお過ごしでしょうか。現在父は愛弟子にいじめられている所です。もしかすると帰らぬ人になりそうですが、どうかお元気で……。
「レイシア様、そろそろお時間です。」
と現実逃避してる間に、どうやら準備が出来たようだ。クスりと可愛らしく微笑んだレイシアは、悪戯心満載に此方へ目を綻ばせる。
「度肝を抜くような展開を、是非とも期待してますよ。先生?」
「……先生?」
愛弟子よ、ただでさえ混沌とした状況に燃料を投下するのはやめてくれ。
ほーら言わんかっちゃない。ステラさんが怪訝な顔をしてらっしゃる。
でも愛弟子よ。試験に挑む前に一つ聞きたいことがある。
さっき俺の事、カスって言わなかったか?
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