第14話 祝福者
いつしか点呼が完了し、俺たちのことなどいざ知らずに試験官の後を小鴨のように移動し始める受験生達。
はぐれてしまう前に俺も集団へ合流したいところだが、不愉快を顔に貼り付けた彼女を前に、そう易々と見逃してくれはしないだろう。
突如として左胸に刻まれた刻印の正体。
恐らく刻印術の類か。女神の恩恵を代行する神聖術の亜種って所だろうが、驚くべきはこの強制力。圧倒的に
素直に感心と言いたいところだが、今はそんな事を宣っている余裕はないようだ。
「刻印が浮き上がりましたね。それが偽りの証です。」
なるほど。わざわざご説明ありがとうございます。
クリアする条件は問答ってわけね。
俺が相手の問いに嘘をついたことで、発動したと考えていいのかな。効果は分からないが、言葉の意味から察するに、身体的・精神的な
「いいや知らないね。俺は嘘なんてついてない。」
彼女を前に嘘は意味をなさないだろうが、姿勢は崩さないでおこう。彼女の出方が読めない以上、少しでも話を引き伸ばして考える時間と情報を得たい。
「この期に及んでまだ過ちを認めないのですか。」
「まあこっちにも色々と事情があるもんでね。ハイそうですかと認めるわけにはいかないんだわ。」
意図を含くませた言葉を投げた俺は、いまだ冷静に振舞いながら頭を回す。
俺の予想ならこの後の展開は……。
「そうですか。やはり貴方も。」
そう一言、彼女は重い感情を孕んだ言葉を地面に落とした。次の瞬間、魔力は肉体に刻まれた術式へ流れ込み、突き刺すように伸ばされた左手に魔力が集中させる。
「『
やっぱり間違いない!
俺はすぐさま『万象眼』を起動し、身構えたが……如何やら既に術中のようだ。
『
「
直後、左胸の刻印から光の鎖が発生し、両腕を拘束。結構強い拘束だ。
「
ある神の国では神が授けた恩恵であり、神に愛された者だと。
ある王の国では優秀な血族に顕れる必然的なものだと。
ある末端の地では異端なる魔女の種族が創り出し、刻み込んだ呪いであると。
ある竜の国では祝福を受けし者こそが、この世の歴史を刻む者であると。
その考えや伝承は様々だが、
個人・血族が所持し、その力を唯一振るうことが出来る者たち。生まれながらにして肉体に魔術を行使するための術式が刻まれており、既に完成された魔術基盤を持っている。
なぜ
そんな理想を現実へと押し上げられた魔術を、そう易々と
「その通りです。では行きましょうか。」
「は?ちょっ……おい!」
そそくさと近寄ってきた彼女は、両腕を縛る鎖を伸ばして掴む。
直後、グッと鎖を引き寄せられたが、動くまいと体に力を入れる。しかし抵抗しようとするほど力が抜けていく。これも
だがこれでも元勇者。いくら力が抜けようともその場でとどまるぐらいの根性はある。
傍から見れば散歩で帰りたくないと駄々をこねる犬と飼い主に見えるだろう。情けないことだが、これが俺の精一杯の抵抗だ。
「ちょっと!何して……いや何故動けるのですか!?」
「見りゃわかるだろ根性だよ!!」
「往生際が悪い!!」
「じゃあ聞くが俺をどうするつもりだ。」
「当然、試験監督に不正者として突き出します。それが世のためです。」
「やっぱそうだと………え、今なんて?」
ん? 今なんて言った? いや可笑しい。この流れだと不正を口実に脅しかけてくると考えていたんだが……。どうやら俺の心は本当に汚れてしまっているらしい。
不正として突き出す??
まあこんな屑野郎は牢屋に閉じ込めておいた方が世のためだろうが。彼女にメリットがあるとは思えない。いや待て、ただの鬱憤晴らし? 血が滲むほどの努力を利用されたことに対する恨みという線もある。
一瞬にして踏ん張るという意識から、彼女が一体何を考えているのかという思考へ切り替えた矢先の事。
「えっ!?貴方急にっ!!」
突如力みを許してしまった肉体は、思考の全てを置き去りにする勢いで引っぱられた。
まるで地中深くに根付いた野菜が、勢いよく引き抜かれるように、俺は全体重を彼女の胸元へ預けた。
両者の驚きの声だけが耳に残響し、上下に揺れらる視界の最中、俺は地面に倒れ込んだ事だけを認識したのだが。
なんで痛くないんだ俺。倒れたわけだから腕ぐらい怪我をしてもおかしくないと構えたんだがな。
なんだろう。この柔らかく両腕を包み込む感触と温かさは。どうやらこの柔らかな物体がクッションになってくれたようだ。
それは形容し難い……いや。いつか食べた弾力あるプリンなる東和の菓子に似た、唯一の滑らかさ。
その滑らかさな双璧に疼くまる両腕と頭。どこか嗅いだことのある抱擁ある匂いが鼻を突き抜けた時、俺の意識は現実へと向けられる。
「「……………」」
両者無言。
すぐさま顔を上げ、目の前に広がる光景を把握した俺は、茫然と彼女を眺め続けるだけだったが、それは彼女も同じこと。
幾千の思考がよぎり、完全にフリーズした俺の頭は、数秒の時を経てついに状況を完璧に理解する。
「……すぅぅ……。」
意味のわからない息の吐き方で心を殺した俺は、彼女の胸の谷間から未だ出たがらない節操のない両腕を引き抜き、すぐさま体を動かし彼女の隣で正座した。
「………」
いまだ無言。
修羅場に突入したこの状況に耐えかねたふしだらな頭は、地面だけをただ一点に見つめるしかできない。
視界の端で彼女が静かに起き上がるのを捉え、乱れた胸元を静かに整える。
「…あの……。」
長い沈黙を破ったのは俺。申し訳ない事に謝罪より先に出た言葉は、喉から絞ったような情けないものだった。
考えてみれば俺は相当やらかしている。ただでさえ努力を踏み躙るような行為をした上、まさかその本人様の胸にダイブまでしたのだ。いくら多くの正念場を潜ってきたとはいえ、こんな混沌とした状況は始めてだな。
「どっちがいいですか?」
「えっ何が?」
「罪を認めて腹を切るか、それとも私に首を刎ねられるか。」
これダメだわ。この場を切り抜ける方法が全く思い浮かばない。
俺は救いを求めるように辺りを見回し始めるが、ある事に気づいてしまう。
「
この感じ、マジでヤバイッ!!
一瞬にして逆立つ鳥肌。ただ構えろと。直感が身体に命令を下した時には、既に彼女の間合いから外れていた。すぐさま『万象眼』を起動させ、その詳細を露にする。
『
その手には十字架を模した銀の剣。
ランクは『A』相当。だが彼女の魔力・
つまり……。
自身の左胸の刻印が疼くと同時に、明らかに拘束力が増していることが分かる。どうやら俺はまた何かしらの条件を満たしてしまったらしい。
とてもじゃないがこの状態であの剣を受けるのはまずい。まさか教員試験を受けるのに、命の危険に晒されるとは思いもしなかったな。
「逃がさない。」
たじろいだ俺を逃すまいと、再び指先で鎖の拘束を上げた。
『
身体が絞殺されるのではないかと錯覚してしまうほどの束縛。
『万象眼』が捉えたのはまたも『A』ランク。先ほどよりも格段に性能が上がっている。だがこれ以上分析している暇はない。
執行者の剣が迫る、その時。
「待て!!」
俺はそこに待ったをかける。
この状況を打開する一手はすでに思いついている。助けを求めて周囲を見渡した、あの時からだ。
「鬱憤晴らしたいのは分かるが、今はその時じゃない。」
俺は彼女の眼を見てそう言った。
聞け名も知らぬ真面目さんよ。俺はここで裁かれようが、この試験を通らなければ未来がない。つまりまずは本来の目的を遂行しなければならないということだ。
「周り。ちゃんと見ろ。」
俺は周りを見るように視線を振る。
運の良いことに彼女は冷静で頭が良いらしい。まき散らすような殺気は失せ、彼女は冷静に辺りを見回す。
周囲を見渡して俺が気づいたこと。それは俺達を除いて受験生も試験監督も既にいないということだ。
「あっ……。」
「さてと。とりま皆んな探すか。」
どうやらうまく現実に戻られたみたいで一安心と行きたい所だが、試験開始は何時からだったかな。急がなくては。
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