第13話 因果応報ってやつか。

「やばっ気持ち悪りぃぃ。」


 突然だが皆さん、二日酔いというものをご存知だろうか。知らない方は是非とも体験してほしい。


 説明しよう。

 二日酔いの条件は簡単だ。ただ馬鹿になって浴びるほど酒を飲むこと。そうすれば大体は俺と同じ苦しみを味わう事ができる。自制を怠った報いであり、一時の快楽に身を委ねた戒めともいったところか。


「この状態で最終試験とか勘弁してくれよ。」


 俺は意味のない独り言を灰色の曇り空に投げかける。


 そう。今からこの王都魔術学院の講師となるための試験を受けなければならないのだ。


 レイシア曰く、これが最後の試験らしい。気を引き締めて行きたいところだが、生憎二日酔いのせいで、そんな元気もやる気も全く湧いてこない。


 愚痴はいくらでも出そうだ。歩くたびに増す倦怠感とせり上がる吐瀉物に耐えながらも、俺はアンデットのような顔つきで魔術学院へと足を運ぶ。


「おい君!点呼が始めるよ。急いで!」


「あっはい。すみません。」


 覇気のない返事とともに受付さんにぺこりと頭を下げた俺は、早足で試験会場へと赴いたのだが、到着してある事に気づいた。


 思っていたより人数が少ない。昨日の学力試験で過半数が、そして面接を終えてその四分の一程度の者が此処に呼ばれていないようだ。


「並べ。お前で最後だ。」


 二日酔いのせいか、周りからの声が良く頭に響く。如何にも試験官の様な出立で、壇上に立っている男から指摘を受けた俺は、指示に従うがままにそそくさと行動する。


 とりあえず既に出来上がった列に並んでおこう。

 

「そろそろか。」


 壇上の男は懐から取り出した懐中時計を開き時刻を確認し、試験開始の訪れを待つ。


 そして……


「これより点呼を開始する。呼ばれたものは返事をするように。」


 号令に応じ、一斉に前を向き始める受験者たち。一応コイツらも俺のライバル?になるのかな。とりあえず少し探っておくか。

 

素質アビリティ 万象眼 EX』


 俺は魔力を左眼に集中させ、魔眼を発動する。


『万象眼』はあらゆる情報を開示させる。その者が辿ってきた体験、つまりは経験値ロード総合値パラメータ素質アビリティ祝福ライズに至るまで見ることが出来る。


 両目が使えた全盛期ならもっと詳細に覗くことが出来るんだがな。


 ふっ片目が疼くぜ!……なんてな。


『Level』42…39…44に36か。Cの壁すら超えてないとはな。リュークは一応秀才の部類なのかもしれん。


 もうこれで十分だろう。最後尾から見るとよくわかるんだが、こりゃだめだ。ダメな奴とそうでない奴の差が激しすぎる。


 カンニングの一件も含めて本当にセンスのない奴らばかりで、実のところ目を魅かれるのは数人程度だろう。

 

「次、アゼル・レヴァンネン。」


「あ、はい。」


 探りに夢中になっていた俺は、数秒遅れた後に点呼に応じた。だが直後、周りはざわつきだし所々卑しい者を見るような視線を感じる。

 

「ねえそこの貴方。」


「…。」


「そこの死にそうな顔をしている貴方のことですよ。」


「えっ俺?」


 点呼の後に突然隣から聞き覚えの無い声がかかり、俺は自分に人差し指を立てながら応じた。

 

「声が大きいです。」


「え、なんかすまん。」


「貴方出身は?」


「え?デメテル地方だけど。」


「なるほど。」


「…??」


 あの…こんな時人はどういう反応を取ればいいのだろうか。思わず勢いで個人情報を漏らしてしまった。


 何だコイツ?

 切り目が特徴的な如何にも仕事ができそうな女性、と言った所だろうか。結構美人さんだ。


 服装は灰色を基調とした魔導衣で重厚感のある一級品。髪は栗色の長髪で、目を惹かれる結晶細工の髪留めで後ろに束ねている。


 それに比べて俺は何とまあ簡素な服装ですよ。若干皺が寄ってる白シャツに、個性も変哲もない黒のスウェット姿。


 田舎と王都ではこうも華やかさに違いが出るものなんだろうか。見るからに分かる出立の良さに嘆かざるを得ないな。


 でも如何にも真面目一貫な面をしたお嬢様を見た事がある。


 俺の記憶の網に引っかかったのは第一試験での事。そうだこの子は俺の隣に座って受験していた真面目さんだ。


 この子を見ていると解答を覗き見てしまった卑怯な事を思い出してしまうので、正直今にも目を背けたいところだ。


 全力で逃げ出したい気分の俺は、意図的に真面目さんから目を背けることにした。が、どうやら俺の口はお喋りなようで。


「何がなるほどなんだ?」


「いえ。貴方が名前で呼ばれていたのでつい。」


 おーおーなんだぁこの子娘。

 ふざけた名前とは失礼なことだ。一応この名前は師匠がつけてくれたものだし、流石に詰られるのは不愉快だ。


「いや何もふざけてるつもりないんだが。」


「いいえ十分ふざけています。」


「だから何がふざけてんだよ。」


「言わねば分かりませんか?」


 ああ言えばこう言う。同じ言葉の繰り返しに耐えかねたのか、名も知らぬ真面目さんは呆れ混じりのため息を落とす。


 まあ答えを聞かずとも、考えてみれば分かることなんだがな。周囲の反応を見れば尚更だ。


 冷たい視線に哀れみの視線。それと怒りの視線かな?


 その種類は様々。共通しているのは俺に対し、負の感情を向けているということだ。


「周りの視線には気づいてますよね?」


「恨みを買った覚えはないんだけどな。」


「貴方になくても、その名前にはあるんですよ。名前を聞いた瞬間、皆が反応し悪い意味で注目されているんです。」


「一応ここにいる奴らはライバルだし、ピりついてるだけじゃないのか?」


「もういいです。悪いことは言いませんから、この国で『アゼル』という名前を名乗るのは避けた方がいい。」


「ふ〜ん。理由を聞いても?」


 俺は自身の評価を知りながらも、そう聞いてみる。


 俺が王国から離れてかなり年月が経った。そろそろ風化しても可笑しくないんじゃ……と淡い期待を寄せたのだが。


「『アゼル』はある罪人の名前なんです。それもかなり極悪な。」


「へぇ~そうだったのか。それは迷惑な話だな。」


「貴方、本当に彼を知らないのですか?」


「知ってるに決まってんだろ。凱旋を果たすことなく、最後の最後で仲間を裏切って、魔王に寝返った勇者様の名前だろ?」


 よくもまあ恥知らずに、自分の経歴をペラペラと話せるもんだな俺は。正直、あの過去を思い出すだけで吐きそうだわ。

 

「知ってるじゃないですか。」


「そりゃ誰だって知ってるだろう。『アゼル』は正真正銘の屑だからな。」


「……そうですかね。」


 何か含みのあることを言い残した彼女は、何か言いたげな顔で目を合わせてきた。


 その顔つきの違和感。敵意に近いものだが、悪党や殺人鬼のそれとは本質の異なる真っ白な実直さを窺える。


 その瞳は己が掲げる信念や正義を宿すものだった。


「私は『アゼル』よりも、貴方の方がよっぽど屑だと思いますが。」


 急なご指摘を受け度肝を抜かれた俺は、蛇に睨まれたかのように身体を竦ませた。

 そんな俺を置いて、彼女は喧嘩腰でこちらへ近づく。


「貴方、私に言わなければならない事、ありますよね?」


「……え?」


 言わなければならないこと…。それは懺悔って意味だろうか。


 ここで俺はある一つのミスに気づいた。俺の表情の変化を読み取った真面目さんは、より険しい顔となり詰め寄る。


「どうなんですかっ!」


「え…えっと……。」


 浮かび上がってきたのはカンニングの一件。

 ここは正直に話した方がいいのだろうか。かといって自ら弱みを晒すのはいかがなものか。

証拠がない以上、俺が今認めてしまうことでそれは明確な不正となってしまうわけだし。


 ここは良心が痛むが、しらを切らせてもらおう。


「何のことだ?すまんが開幕見当もつかん。」


「認めないのですか。ご自身の悪行を。」


「悪行っておい。俺何かしたかなぁ?」


「分かりました。では……」


 彼女の魔力を肌で感じ、俺はすぐさま身構える。

 俺を突き刺すように前へ出された右手。まるで今から尋問が始まるかの如く、彼女は喉に力を込める。


「貴方は第一試験の時、私の解答を見ましたよね?」


「い、いや……そんなことは。」


 ほんとに俺は嘘をつくのが下手かもしれん。罪悪感でめちゃくちゃ心が痛い。


 まさかバレていたとは。

 後退る俺を問い詰めるかのように、彼女の尋問は続く。


「はいかいいえで答えなさい。」


 どうやら答えないと納得してもらえないようだし、ここは従っておこう。

 俺は心の余裕を作り、二日酔いということすらも体に忘れさせるような毅然とした態度で、目一杯の嘘を言い放った。 


「俺はあんたの解答なんて見ちゃいない。」


「そうですか。もういいです。」


 そう言って、もう説得は諦めたと言わんばかりの表情で、こちらを指さした。

 俺はこの感じを俺は知っている。魔力が込められたその指先に刻まれた光。


「『罪人となれ。』」


 その時、俺の左胸に魔力の熱が刻まれた。

 あぁこれも因果応報ってやつか。

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