第12話 もう帰ってもいいですかね。
「なんだ。やっぱり君か。」
夜の晩酌がお開きとなり、待ち望んだとばかりに開かれる部屋の扉。
そこに立っていたのは一人の侍女。
貴賓のある出立ちに、高品質な布地で編まれた重厚なメイド服を纏った王城の奉仕様。
この娘も大きくなったな。
今俺が抱えている酔っ払い王女様に、ピッタリ離れなかったイメージだったんだが、成長されているようで何より。
「久しぶりだね。エレナちゃん。」
「はい。アゼル様もお変わりないようで。」
少し無機質な返事だ。昔から感情を表に出す子ではなかったし。いやそんな事ないか。表情から少し不機嫌や怒った感情が見てとれる。
やはり主人をこんなあられもない姿にしてしまったことに対する無礼を怒っているのだろうか。
「抱いて差し上げないのですね。」
「ん?現在進行形で抱いてるだろう?」
そう言って、俺は抱きかかえているレイシアに視線を落としたが、そんな俺とは取って代わり、明らかにムスッとした顔つきになられたメイド様に少し萎縮する。
「どうして貴方は、レイシア様のお気持ちに応えないのですか?」
「え、そりゃまあ、」
エレナちゃん。レイシアの恋心にはもう何年も前から気づいてるよ。でもダメなんだよ。この恋だけは。
決してレイシアに魅力がないわけでも、好みじゃないわけでもない。ただ俺は……。
「釣り合ってなさすぎるだろ。俺じゃこの子を幸せにしてやれない。」
「……。幸せにするのは貴方で、幸せになるのはレイシア様ですよ。」
「それが出来るだけの器用さが俺にあると思うか?」
「現在進行形で泥酔した王女様を籠絡して、寝かしつけた貴方に言われたくありません。」
「こりゃ手厳しいことで。」
ハァ、とため息をつかれたメイド様。
「折角ですのでお部屋に運んでください」と言われたので、俺は渋々応じることにする。
もう夜も遅いことだし、誰ともすれ違うことはないだろう。
エリナの後に続いて俺は歩く。
王家御用達の高級品が並び、所々に施されたガラスの装飾品が月明かりに照らされた回廊を黙々と進んでいく。
だが俺の足は前から向かってくる人影を察知し、エリナと横並びになって止まっていた。
一歩、また一歩と近づいてくる二つの足音。
どうやらこちらの存在にも気づいたようだ。
形の曖昧な雲から覗かせる月光が、真の輝きを取り戻した時、色細工のガラス光が闇という影を払いのける。
そこにいたのは……。
第一王子マルクス・スカイフォード・アストランと、絶賛喧嘩中の王都魔術学院の学院長ガイウス・アル・ウィンターだった。
なあ王子様よ。その疾風のような翡翠の瞳は羨ましいことこの上ないが、頼むから睨まんでくれ。
相手側も俺たちが誰か、どうやら気づいたらしい。
沈黙が続き、歩き出したのはマルクス。
それと同時に、俺達も隣をすれ違うように進む。静謐な空間に走る緊張感を感じ取ったエレナちゃんは、一歩出遅れたようだが、ちゃんと俺の後をついてきているようだ。
正面を過ぎ、互いの背中が離れていく。だが必然といえるほどに俺たちの足は止まっていた。
「何をしにきた。アゼル・ウィリアムズ。」
『ウィリアムズ』か、できるのならそっちの名前で呼んでほしくはないんだがな。
相手さんも俺の素性を当然把握済みという事だろう。
「さあ何しに来たんですかね。自分でも正直わかりません。」
とりあえずここははぐらかそうか。
それにできれば、レイシアを除いて王族やら貴族やらとは関わりたくない。生憎俺は、国政や継承権争いなどに興味がないし巻き込まれたくはない。
だがもし王子の後ろ盾がガイウスとなると面倒そうだな。王都魔術学院と何らかの関係を持っていると考えてもおかしくない。
「ガイウスよ。この大罪人の首を貴様は刎ねることができるか?」
これだから貴族連中は。本人の前でまあ物騒なこと言うもんだ。面の皮の厚い俺でもビックリだよ。
本当に洒落にならないお言葉だ。形式的には俺は死刑保留の身。首を刎ねたところで、後からいくらでも大義名分の言い訳ができるだろう。
「はい。お望みとあれば。」
王子の言葉を聞き入れたエルフは、射殺すような眼光を研ぎ、荒々しき魔力の波動を押し出す。
それは余波だけで周囲のガラスに罅が入るほどだ。折角のガラス細工がなんと勿体無い。
「やめとけよ。」
流石はエルフ様。ご長命であるが故に魔力練度が桁違いのようだが、態度と行儀の悪い事この上ない。やだねーほんと。無駄に歳を取るのはさ。
だから俺も、この無作法な老人へ魔力を荒げた。
「レイシアが起きちまうだろが。」
全く。すやすや眠る王女様が起きたらどうすんだ。酔いも回っているだろうし、起きたら誘惑の強行突破もありえるんだ。酔った俺じゃ自制心が機能するか不安でしかない。
「行くぞガイウス。」
あー王子様の命令には忠実なのね。
ガイウスは何事もなかったかの様に魔力を納める。
だが王子様は未だ言い足りない様だ。
「一つだけ忠告しておこう。」
王子からの忠告なんて言わば、死刑宣告よりも恐ろしいものだろ。場合によっては本気で俺を消しにくる可能性すらある。
「私の邪魔をするなよ大罪人。」
そんな気は更々ないんだがな。あーもーほんと帰りたい。
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