第11話 愛弟子よ。それは反則というやつだ。
「二次試験通過を祝して」
これも些細な祝い事だ。今日ぐらい羽目を外しても誰も文句は言わないだろ。まあ羽目外すのはいつもの事なんだけど。
俺はミシェルにつられて、果実酒の入ったグラスを鳴らした。
「乾杯♪」
「乾杯。」
大人の夜はまだ続く。
乾杯の合図とともにグラスを口に運んだ俺たちは、一気に飲み干すことなく嗜む程度に止める。
きっとこの時間が終わってしまうのが名残惜しいからだろうな……、だなんてロマンチストな思考に浸りつつも、俺は積もり積もった今日の話題を口にした。
「まっとりあえず首の皮が繋がったって気分だよ。」
「アゼル先生ならあの程度の試験、何の問題もなかったでしょう?」
「馬鹿言うなっての。学歴なしだぞ俺。一次試験から首チョンパされるところだったわ。」
そう言って、俺は少し今日の出来事を整理してみる。
……うん。やっぱり最近の俺はどうも頑張りすぎている気がする。
急に裁判にかけられたと思えば、まさかの死刑判決に魔術学院への着任命令。
そして何も知らぬまま学力試験を受けさせら、なぜか決闘までさせられる始末。
ほんとどうしてこうなった。ただ田舎で黙々と畑を耕す生活から今に至るまで、俺が何か悪いことでもしたのだろうか。
生意気にも学院長様に啖呵を切ってしまった時はまじで終わったと思ったんだがな。よく二次試験を通過できたものだ。
学院長の奴め、何が「レイシア様のお言葉に意を唱えることなどありません。」だ。まったく何を考えているのやら。
俺は愛弟子に散々なじられた感傷に浸りながら、月明りが差し込む窓の外を見る。
「どうですか? 今の王都……いえ。この王国は?」
切り込んだ質問だな。
レイシアは少しためらいを見せたが、言葉を濁すことはなかった。
次期王の座を狙う者が率直に国の現状を問うたのだから、生半可な解答は失礼だな。
区切りをつけるように軽く果実酒を口に含んだ俺は、飾る事の無い素直な意見で答える。
「レイシア。リュークは今エメラルダで何席だ?」
そんな突飛良しな質問にも、レイシアが疑問を返す事はなかった。
むしろ真剣な面立ちで、ただ真剣に記憶を探る。
「たしか第七席だったかと。分家内では第三席であったと記憶しています。」
「七席か。エメラルダも堕ちたもんだな。」
「つまり?」
「今の王国は力不足だって事。」
「ふふっ。そのお言葉が聞けて満足です。」
それが俺の答えだ。
人界の両断、そして魔獣の群生地である境界線。『魔獣戦線』を守護する王国の剣。それが五代家のエメラルダ。
王国最強と名高い一族であり、優秀な戦士を輩出してきたエメラルダは、まさしく王国……いやアストラン大陸の守護者の一つといっても過言ではない。
竜王国のマードック家にも引けを取らない優秀な血族だ。だがその最たる一族も、今や衰退の一歩を辿っているようだ。
まあ半分、俺のせいってのもあるんだろうけどな。
「なあ愛弟子よ。今この世界は平和か?」
そんなふんわりとした分かり切った疑問を王女様に問う。
いや違うか。ただ俺は自分の罪を軽くしたいだけなのかもな。
「愚問ですね。元勇者ともあろうお方が何をおっしゃるかと思えば…。」
「そーいうのはいいから。で、どうなんだよ。」
だが聞いておきたい。この王国を背負う存在となるだろう王女に。
この世界は変わったのか、それとも変わっていないのか。進んでいるのか、それとも止まっているのか。どんな抽象的なものでもいい。
レイシアは少し考える素振りをしながら、困った顔を誤魔化すように視線をずらした。
「当然、平和になったと答えるべき。いえ現にこの世界は平和へと向かっているでしょう。」
「だがこの平和は仮初だろ?」
我ながら意地悪な返答だと思う。折角愛弟子が気を使ってくれたというのに。
だが意見を変えるつもりはない。この平和は本当に仮初のものであり、たった一つの揺らぎで崩壊してしまうような砂上のものでしかないのだから。
レイシアはこちらへと足を動かし、俺の傍に座る。
肩が密着し、髪が俺の足へと垂れ下がり、甘い吐息すらも感じ取れてしまうような近い距離。
もたれかかる重みを一身に受け止め、ついに頭が俺の胸元へと寄りかかる。
「平和ですよ。あの頃に比べれば。」
正直俺は驚いていた。
返答ではない。俺が驚いたのはレイシアの表情だ。
王女という仮面を外した懐かしいその素顔。酒の魔力に導かれてか、それとも夜の眠気に誘われてか。
そんなことはどうでもいい。確かなのはレイシアの言葉に嘘偽りがないことだ。
「ねぇアゼルせんせ。いっそ死刑になって死んじゃいませんか?」
……何を言い出すかと思えば愛弟子よ。怖いことを言うのはやめてくれ。
偽らない仮面を外したレイシアの言葉を聞いた俺は、その言葉が嘘のない真実であることを知っている。
だからとりあえず、少し冗談交じりの本音を漏らしてみる。
「やだよ死ぬのは。」
「いいじゃないですか。アゼル・ウィリアムズはここで終わっても。」
『ウィリアムズ』と聞いて、俺は身体を固めた。お願いだからそっちの名前で呼ばないでほしい。
「新しい名前を作って、住所も変えましょう。身分も私が作ります。後は一緒に余生を過ごすだけです。」
余生って……いやそういうことか。
レイシアが企んでいたことを、ようやく理解した。
「地位も名誉も酒も財貨も。全て貴方にあげます。だからアゼルせんせ。私と一緒に生きませんか?」
こんな男のどこがいいのやら。レイシアのような絶世の美女にお誘いを受けたのだ。当然、嬉しくないわけがない。
だがその程度の思いで、この真剣な眼差しを向けるレイシアの心を揺さぶるのはよくないことなのだろう。
赤裸々に紡がれる愛の告白。
俺を知り、仲間を知り、感謝と尊敬を向けてくれるこの王女様に俺は、どう応じるべきなのだろうか。
「まあ……そうだな。」
窓から覗く夜更けの城下は、帷に包まれようが綺麗なものだ。煌め飾りつく民家の光が、まるで一枚の夜の星空を描いてるようにも思える。
いや……柄にも無いことはよそう。
何をカッコつけて耽っているんだ俺は。まあこの夜景と飲む果実酒が、最高に美味いことは認める。
だけどそうだな。レイシアやシアと一緒に生きる道も……。
「それも……ありなのかもしれないな。」
「ふんっ!どうせ分かってましたよ。アゼル先生にとって私はまだ子ど……え?」
あれ? 俺さっき口走らなかったか?
このレイシアの反応といい、ヤバいやらかしたか!?
突如、素っ頓狂になったレイシアは、それはそれはもう真っ赤に染まっていた。
いやまあこれはこれでいいか。
思えば、今日の俺は理不尽な程の言葉攻めを受けたのだから。少し手のひらで転ばすぐらいのお仕置きは必要だ。
「おーおーどうしたレイシア王女?顔がまるで赤リンゴですよー?」
「!!」
うん、めちゃめちゃいい反応してくれるなこの子。
また数段と頬が紅くなりましたよ王女様。後、もう一捻りいってみようか。
「ああそれとも酔ってるだけですかー?どうなんですかぁレイシア様?」
あーこれはかなりのスッキリさんだ。
あのレイシアがなす術なく黙り込んで、こっちに目を向けようともしない。
「……駄目ですか。」
ん?何が駄目なんだろうか。まあ今日のところはこの辺で勘弁してやるとしま……。
「お酒以外で私が熱っては……。駄目なのですか。」
……愛弟子よ。それは反則というやつだ。
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