第10話 やはり俺の愛弟子は可愛い。 

「ねぇ~~アゼルせんせ?」


 あのレイシアさん。単刀直入にもう酔っておいでですか?


 ここはアストラン王国の中央に聳える建物、つまりは王城。

 その豪勢な一室に招かれた俺は、久しくレイシアとの夜の晩酌を楽しんでいた。


 テーブルの上には、空になった酒瓶がゴロゴロと並んでおり、ペースも早かったせいか俺も早々に酔いが回り始めている。


 はーい皆さん、こちらが世にも珍しい酔った状態のレイシアさんですよー。


 目がトロンと落ちかけながらも、必死に眠さに抗う夜更かしをする子供のような様相で左右に揺れている。勿論にやにや顔で。

 

「なんだぁ~愛弟子よ?」


 少し、いやかなり飲ませすぎてしまった。まあ飲ませたというより、勝手に飲み干していただけなんだがな。


 子供のようにくすくすと笑うレイシアは、まるで子供のころを見ているかのようだ。いつもの毅然とした立ち振る舞いはどこへ行ったのやら。やはり酒の魔力は凄い。


 こんな第一王女様を拝めるのは、今後レイシアが心を許した相手のみだろう。


 うん。そう考えると実に光栄だ。いやこの美女と酒を酌み交わせるだけで一生涯の運を使い果たしたといっても差し支えないのではないだろうか。


 そう言わしめるほどに、今日のレイシアは綺麗だった。


「あのね先生。私まだ処女なんです。」

 

「へぇ〜そうだったんだ……ん?」


 ん? 今なんて言った?

 思わず口につけようとしたグラスの手が止まった。


 だがレイシアの衝撃発言を頭で処理できず、俺は誤魔化すように葡萄酒を一気に流し込んだ。


 ……うん、そろそろお開きにしようか。これ以上レイシアの失態を外に漏らさないためにも、さっさと寝かせて明日は二日酔いという大人の後悔をさせた方がいい。


 とりあえずこれ以上レイシアに酒はまずいと判断した俺は、まだ葡萄酒が残ったレイシアのグラスに手を伸ばした。がこれをレイシアは見事に阻止。


 酔いが回っているとは思えない華麗な手つきでグラスを引き寄せ、自分の口元へ運んだ。


「こら返しなさい。酔いすぎですよ王女様?」


「どうやらそのようですね。この熱った私を介抱してくださる殿方は、何処かにいないのでしょうか。」


「任せろ。今エレナちゃん呼んでやるから。」


「私は殿方と言ったのですか?」


「じゃあイワンだ。」


「あの子にそんな器量があるとでも?」


 やはり酔っているとは思えない口のまわり方だ。


 目もどことなく獲物を狙うような……鋭いものを感じる。

 是非とも手加減いただきたいものだ。

 

「とりあえず水取ってくる。」


 何か雰囲気に流されそうなので一時撤退。それにレイシアもかなりの量のアルコールを入れている。水の一杯ぐらい飲ませないと体の水分が足りなくなるだろう。


 レイシアは俺の愛弟子であり、それ以上でもそれ以下でもないと、ほろ酔い気味の頭に何度も反芻させ、俺は水を取りに行こうと立ち上がった。

 

「……あのレイシアさん。この扉開かないんですが?」


 ドアノブを下げ開こうとしたが動かない。勿論押しもしたし引いたりもした。


 だが動かない。やはり動かない。


(やられた)


「心配なさらず。建て付けが悪いだけでしょう。」


「よし。では大工な俺が直してしんぜよう。」


「もしこんな夜更けに蹴破りでもしたら近衛の者たちはどう解釈するでしょうね。」


「さぁ〜想像もつかないな。」


「確かに言えることは。そうですね。」


 贄を切らしと言わんばかりに、ミシェルは優雅に酒を飲み干した。


「寿命を縮めたくないのなら、大人しく横に座ることをお勧めます。」


 ……嵌められたな。

 理解した時にはもう遅いんだよな~。この子ほんと手の回しようが凄いですよ。

 

「それにアゼルせんせ。水ならここにありますよ。」


 そう言って、ミシェルの手に作り出されたのは元素魔術による水の塊だ。

 空いた片手でお嬢様は机の上をノックする。

 言わずともわかる、だ。

 俺は元居た席に座り直すと、魔術を行使する。 


魔術発動ルーン・オン 道具作成イマージュン EX』


 作り出したのは少しおしゃれな蒼のグラスを二つ。


 レイシアは水を注ぎこみ、後半戦のささやかな乾杯を鳴らした。


 グラスの半分まで少しづつ水で喉を潤していく。可もなく不可もなく、普通の味だ。




 沈黙。いや静寂が続く。

 それは意図して起こったものなのか、そうでないのかは正直どうでもよかった。


 確かなのは、目の前に月明りに照らされた金糸の髪を垂らす美女がいるという事。

 

「アゼル先生。酔ってますか?」


 静寂の余韻を残したほんの小さな声。

 それはまるで夜の湖に落とされた一滴の波紋のように、心地よくこの部屋に広がり、そして溶けていく。


「まあ多少はな。レイシアほどじゃない。」


「じゃあもう少し飲みましょう。」


 そう言うと、レイシアはカウンターに用意されていた最後の果実酒の蓋を開けた。正真正銘、これが最後の一本だろう。


 注がれたのは黄金色の液体。林檎種の主張が強い王道といえるものだ。

 

「では改めて、第二次試験通過を祝して」


「乾杯」


「乾杯♪」


 持ち上げられたグラスが優しくぶつかり、気泡が浮かび上がった。試験通過を祝すか。まだもう少しだけ大人の夜は続きそうだ。

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