第8話 実力拝見

「お待たせ。待った?」


 そそくさと闘技場へ舞い戻った俺は、立ちながら瞑想に浸る騎士様に猫なで声で応じる。

 まるで待ち合わせをしていた恋人のように演じてみたが、どうやらお気に召さないのか華麗に無視されてしまった。


 まったくユーモアの無い奴だといってやりたいところだが、この状況では仕方のないことだろう。なんせ今から切りあうんだからな。互いに切り替えが必要だろう。


 立ち合いならこれぐらいの距離で始めるのが妥当だな。


 結局先ほどの位置とほぼ変わらない場所に立った俺。

 ゆっくりと開かれる騎士の眼光。

 明確な興味を宿した二つの視線。

 すべてが揃った時、静寂は砕かれる。


「貴様、私の慈悲を無碍にする気か!!」


 開口一番に吠えたのはやはりリュークだった。


 そこそこ予想通りな展開だな。俺は冷静に受け取る。


 リュークの怒りの原因は一つ、俺の手持ちによるものだろう。


 相手に致命傷を負わすことなく勝てると判断し、俺が選別した武器。

 それは……


「そんなに悪いかこれ?」


 リュークに見せびらかすように突き出しだしたのは競技用の木剣。使い方次第では相手の手首をへし折ることも、切ることだってできる。

 

「あのさ。さっきから慈悲がどうだか言ってるけど、お前言ったよな。どんな武器を使っても構わないって。」


「っ……。」


 こういう時のために言質取りは必要なのだ。どうやら騎士には有効打なようで。


 こいつが誇りを重んじるプライドの高い奴である事はほぼ確定。ならそこを盾にしてやればいい。


 自分で言い出したことだ。今更引っ込めるなんてことはしないだろう。


「了解した。これで惜しみなく貴様を切り捨てることが出来る。」


「そうか。できるといいな。」


 それが俺たちが交わした言葉。

 待ち望まれ、ついにやってきた訪れの時。静寂を噛みしめ、密な数秒を味わった俺たちは互いに最適と判断した構えを取る。


 リュークの構えは予想通り見覚えのある型。一度手合わせしたことのある剣技なら、経験からあらゆる行動パターンを模索できる。


 かという俺は意図的に肩の力を抜いていた。いわゆる脱力という奴だ。


 これといった型をもたない俺にとって、先手の一撃は不発に終わる可能性が高い。なら確実に受けきれる無の型に転じるのが最善であると判断した。

 

「整ったようですね。」


 突如俺たちの真ん中に降り立ったレイシア。

 どうやら審判役を買ってくれるらしい。王女様が勝ちと判断すれば勝ち、負けと判断すれば負け。周りに有無を言わせない合理的な行動で助かる。


「勝敗の判断はこの私が。双方尋常な勝負を心掛けるように。」


 尋常な立ち合いというのがいまいち掴めていないが、魔術を使えないハンデだけでとりあえずは納得してほしいものだ。

 

「それでは。」


 間合いの外に出たレイシアは左手を仕切りのように、前へ突き出した。

 

「始めッッ!!!!」


 決闘の火蓋が切られた。

 早くも初手で切り込んでくると思っていたが……。


「エメラルダ流剣術、押して参る。」


 リュークは自信満々に名乗り上げ、戦闘が開始される。


 戦士の踏み込みが肉に熱を与え、魔力が膨れ上がった。俺はすぐさま左目に魔力を集め、『素質アビリティ 万象眼』を発動。 


流派発動ルーツ・オン 風の太刀 C−』


 魔眼が捉えたのは流派ルーツの概要。

 経験から予測はしていたが、やはり常時発動型の流派ルーツによる接近戦。


 リュークの騎士剣に突風が集い、風の刀身が伸ばされる。


 そして踏み込みとともに、間合いを無視する風の大上段が繰り出された。

 恐らくこの木剣では耐えきれず真っ二つだろう。


 速度もまあまあ早いけどっ!!


「っな……。」


 俺は真正面から重い騎士剣を受け流す。


 相手の速度は想定済み。だがリュークが驚いたのはそこじゃない。おそらく武器破壊を狙った一撃だったが、この木剣を断てなかったことにあるだろう。


 まあこんな古い戦い方をする馬鹿はほとんどいないから、リュークの驚きも無理ないだろう。

  

『研魔戦術・波流し』


 アストラン王国を支える五代家。その流派剣術は神秘アベルに強く影響される。言わば魔剣に類似するもの。


 故に、魔力を纏った木剣は神秘アベルに効果覿面だろう。


 かといって、間合いを無視した風の刀身は侮れない。そろそろ終わらせるか。


 驚きに顔をしかめたリュークを置き去りにした俺は、ただ真っすぐ懐へ入り込んで間合いを殺す。そして魔力を纏った木剣を存分に振るった。

 

「がっ……」


 直撃だな。肋を砕く感触を手に残した俺は、静かに前を向いた。


 約数メートル吹っ飛ばされた騎士を近くで捉えた時には、リュークはすでに呼吸のままならない悶絶に、身体を震わすだけだった。


「なあ騎士とやら。一つだけ人生の先輩として忠告してやる。」

 

 容赦のないことをした。それは分かってる。だがそれでも、苦汁を顔に垂れ流す騎士の姿を、ただ意味もなく見つめる冷たい自分がいる。


 俺はただ……甘ったれた屑に言葉をおとした。


「全力でこい。誇りなんぞで自分を縛るな。」


 怒りに任せ目にありったけの血を宿した男は、無様という恰好を承知で再び立ち上がる。 


 元気な奴だ。肋骨は確実に逝ってるはずなんだがな。まあ上位の前衛職は虫並みの生命力を持っているし、驚きはしないが。


「お前は……何者なんだ。」


「勝ったら教えてやるよ。」


 怪我を顧みず再び構え直すリューク。

 これは侮れないな。どうやら俺の言葉が火をつけてしまったようだ。


「もう私は貴方を格下だとは思わない。」


「それでいい。今持てる全力でぶつかってこい。」


 先程とはとってかわり冷静に息を整えたリュークは、数秒目を閉じ真っすぐ俺に覚悟の眼光を飛ばした。


 その数秒の内に、凹してしまえばよかったが尋常にという言葉が頭に引っかかったため、身体を鎮める。


 さて。リュークもギアを上げてくる事だしな。そろそろ俺も本腰を入れようか。

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