第7話 決闘だってよ。

 ここは戦士の檀上。

 闘技場の切り抜かれた天井より俺は、曇り空を仰ぎ見る。


 俺はこの場で戦った経験がある。だがお世辞にも気分が良かったなんて事はない。


 いつも通りなら周りが煽ぐ狂気の熱が、俺たちに降り注ぐが、今日の観客は王女様と学園長様しかいないらしい。


 そんな騎士様と俺はもちろんの事。円環に差し込む唯一の光でさえも、慈悲の手にはなりえない。


 ここは単なる殺し合いの場で、それ以上でも、それ以下でもないんだ。

 不思議なものだな。顔を顰めるほど忌諱する此処に、俺はまた立ってるんだから、人生何があるかわからないものだ。

 

「はやくやろう。鼻が曲がりそうだ。」


 一刻も早くこの場から立ち去りたい一心だった俺は、やる気満々の騎士様にそう言い放つ。


 実際立ってみると分かるんだが、かなり匂う。血の臭いが鼻を突き抜けるたび、顔をしかめそうになるほどだ。


 地面も何とかならないもんかね。最悪だろこれ。砂の所々から顔を覗かせる石ころのような白い欠片。おそらくここで戦った戦士や獣たちの歯や骨、牙の類だろうな。


 そんな場所で騎士様が決闘の場所に指定したのはなぜか。恐らく後処理が楽だからだろうなと、俺が考えているうちに、どうやらリュークは準備を済ませたようだ。


「何を言い出すかと思えば、それは私のセリフだ。」


 剣を抜き放ち地面に突き刺したリュークは、両手を添えながら俺を見下す。


 つまり……どういうことだっぺ?おら田舎育ちだからわかんないだっぺさ。

 

 なんかごめん。あ~うん。やる気があるかと言われれば当然ないよ。というか面倒くさいよお前等ほんと。


 だがこの状況が続く方が面倒だし、さっさと始めたいんだが。

  

「武器を取れ。貴様がいくら誇りを重んじない無礼者であったとして、そのくらいの時間は待ってやる。」


 俺が疑問の答えを出すよりも先に、リュークは言葉を繋げた。


 なるほどそういうことか。つまりこいつは俺を戦士だと思ってるってことか。まあ確かにそれなら一向に武器を持たない相手に、いきなり切り込むのは騎士道に反するってところだもんな。


 だがここで一つ、超絶賢い俺はある事に気づいてしまった。


「後からとやかく言われんの嫌だし一応聞いとくけど、この果し合いで魔術ルーンの行使はありか? それともなし?」


「なに? それは私を。いやこの決闘を侮辱しての発言か?」


「ば~か。んな暇なことしねぇよ。俺は騎士じゃないからな。お前の騎士道とやらも決闘のルールも知らないんだよ。」


 俺は浮かんだままの疑問を騎士様に包み隠さずぶつけた。


 この果し合いのルールを知っとかないと、勝った後でとやかく言われんのも癪だ。何より再戦とか言い出すのがこいつ等なんだよ。こういうのは相手の口から直接言質を取っておくのが有効なのだ。


 リュークは数秒俺と眼を合したうえで、自身に納得を飲み込ませ口を開いた。 


「了解した。罪人であれどお前には命を懸ける身として、決闘に挑む権利がある。」


 いや何だよその権利とやらは。こちとら死刑をちらつかされて勝手に闘技場に連れて来られただけなんだが。


 と俺はまた口走りそうになったが、それは言わない約束事として無理やり喉に封じ込めるとしよう。


 何か上手いこと話しを引き出せそうだし、ここは大人しくしておこうかな。

 

「決闘は本来、互いの誇りをかけて行うものであり勝敗の行方が和解の意を示すものだ。」


「和解ってことは、負けても俺の首は繋がったままってことか。」


「そんなはずがないだろう。貴様はそもそも罪人の身。戦士としての誇りを持たない貴様に、私の剣が慈悲をもたらすことはない。」


「なるほど。じゃあやっぱり殺し合いと変わんねぇのな。」


 はい話し合い終了。和解もクソない。


 やっぱし単なる殺し合い。誇りだ何だのと綺麗ごとで塗り固めれらたタダの言い訳だ。


 やっとわかった気がする。どうして俺がこいつらのことが嫌いなのか。その理由を。


 でも今はこいつのルールに従うしかない。


「じゃあ誇りに照らし合わせてみれば、戦士の壇上で魔術ルーンを使うのは不敬ってことであってる?」


「その通りだ。戦士の決闘は純粋でなければならない。己が武具と誇りをかけて打ち合うものだ。」


 こいつからすれば体裁を守りたいって意味もあるんだろうな。なんせ武器も持たない奴を決闘という名目で、容赦なく切りかかるっていうのは傍から見れば野蛮人のそれだからな。


 一応観客の居ないところを見ると、内密な果し合いである事は分かる。が、武器を持たない俺とでは、騎士様にとって後味の悪い結果になるのは間違いないだろう。


「なるほど。じゃあ俺がどんな武器を選んでも文句はないな?」


「勿論だとも。武具一式は控え室にでもあるだろう。取ってきたまえ。」


 まあとりあえず手ぶらで戦うのはよしておこうか。後からグチグチ言われそうだしな。


 さてどうしたものか。この騎士様は未だ俺がであると勘違いしているみたいだ。魔術ルーンが使えないとなると、俺が戦闘でとれる手段はかなり狭い。何せ魔剣士スタイルだから~俺。


 あれでも一応は王国騎士でバリバリの前衛だからなぁ〜。帰りたいな~ほんと。

 身体強化魔術アルスを行使できないのは割と痛手だし、ほんといじめに近いだろこれ。


 技能アクトを使っての応戦となると相手の熟練度にもよるが、なら問題ない。後は総合値パラメータと正真正銘、リュークとの業の差で決まるだろう。


 二つ返事で控室へ歩き出した俺は、リュークという未知の敵の像を戦闘の経験から呼び覚まし、模擬戦と駆け引きを思考の中で行うなかで勝利への前進を繰り返す。


 何度勝ち星を挙げようが、その度に欠点を模索し無駄を裂く。その繰り返しの先に勝利への可能性を上げる。


 気づいた時には、俺は控室へ。


「お~。やっぱ王国様は金持ちだなぁおい。」


 まるでコレクションのように並べられた武具を前にした俺は、その全てがリュークへの致命傷となりうると判断し、順番に消去していく。


「俺と一緒に戦ってくれるか。」

 

 そうして握られたのは端っこで乱雑にあしらわれた一つの武器。俺はそれを片手に早足で闘技場へと赴くのだった。

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