第6話 騎士とは面倒な生き物である。

「これより第二次面接を開始します。」


「レイシアさん。何でここにいるの?」と、反射的に口から出かけた言葉を、何とか飲み込んだ。何故なら、今は一問一答、粗相を嫌う大事な面接の最中なのだから。


一次試験の後、二時間ほどして採点の通知が配われた。


勿論、結果は合格だった。すぐさま第二次面接が始まるとのことで、受験者の半数に満たない数が移動を開始した。


話によれば個人面接だそうで、現役教師と一対一で面接を期待した俺は、少しばかり肩の力を抜いていたのだが……。


この状況は明らかにおかしい。


本音を言うと、何で俺だけ第一王女様と面接せねばならんのかと、全力で不満を述べさせていただきたい。


加えて、なぜか一対一ではなく二人のお偉いさんがご参加されている。


一人は国の威光を表す王国騎士団の制服を纏った緑髪の男…か? 仮面で顔を隠しているのは何故だろうか。だが一つだけ言えるのは、恐らくかなり階級の高い騎士ということぐらいだ。


そしてもう一人の髭を生やしたエルフ。こいつだけは俺でも知っている。


名は『ガイウス・アル・ウィンター』


王国魔術師の最高峰の一角にして、王都魔術学院の創立者の一人だ。


やはり、これは間違いなく理不尽というやつだ。


状況に耐えかねた俺は、手を挙げてすぐさま質疑の許可を求めていた。


「はいアゼルさん。」


「あの……レイシアさん。何でここにいるんでしょうか?」

 

「質問の意味が分かりませんが?後、公私は慎むように。今の私は貴方の面接担当官です。次から礼儀を欠くような発言は減点とします。」


「あ……はい。なんかすんません。」


あぁ……なんかもうどうでもいい気分だよ。


この後の事なんて目に見えてる。散々言葉責めにあった、なじられて、泣かされるに違いない。


だが愛弟子よ!この程度で俺を倒せると思うなよ。耐えてやる、いや生き抜いてみせる!!


「見ていてくれシア!」と、俺は今頃田舎で寝ているであろう怠慢な娘に無意味な覚悟を捧げた。


「では早速。氏名、生年暦をお答えください。」


えっと。なんか意外と定型な質問が来たな。


もっと心を痛ぶる悪態が飛んでくると想像していたが……。


一次試験と比べると、どこか拍子抜けな感じだ。自然と強張っていた頬が緩んでしまう。

 

「アゼル・レヴァンネン。王国暦291年。」


「よろしい。では趣味を何でしょう?」


「……趣味?」


正直に答えるべきなのだろうか。いや、面接とは真実を語る場ではない。


とにかく、俺は完璧な人間を演じるのだ。

 

「…読書ですかね。」


「そうですか。先に言っておきますが、私が嘘をついたと判断した場合も減点とします。」


「いやもうそれお前の差し加減じゃん。」


「そうですよ。なので先生は私の機嫌を損ねないよう努力してください。」


無茶苦茶が過ぎるだろそれは。なぜこの場でお前のご機嫌取りをしなきゃならん。


だが考えてみると、過去に俺がレイシアの暴走を止めれたことはなどないのだ。

 

「次、好きな物は?」


「お金です。」


「それを何に費やしていますか?」


「畑とか将来の貯蓄とか?」


「娯楽では?」


「酒を少々……。」


「他にもあるでしょう。」


「……煙草もやってます。」


「シアちゃんの親としての自覚は?」


「まぁ程々に……」


「では止めるべきですよね?」


「……。」


「返事は?」


「……努力します。」


「よろしい。では次」


もう泣いていいかな。いつしか始まった誘導尋問に、俺はなす術なく自身の怠惰を露呈させていく。


これでは公私を慎むどころか、曝け出してるのとほぼ変わらないじゃないか。


緑髪の騎士様からは、仮面越しからでも分かるほどの軽蔑の視線を注がれ、逆に魔術師筆頭のガイウスは終始、鷹の目で睨まれる始末。


だがこんなクズでも元は勇者。数々の難業を乗り越えてきた精神力には、多少なりとも自負があったのだが…。


今や色々と削がれすぎて、目から涙が流れてしまいそうだ。

 

「もう十分ですよ、レイシア様。」


そんなズタボロな俺にさらに追い打ちが飛んできた。


口を閉じていた騎士様は、意外にも中性的な声をしているな。


「やはりこいつは生かす価値のない外道です。」


おいおい。なんだコイツ。初対面に大層な物言いじゃないか。


急な誹謗といい、俺は文句の一つでも言ってやりたいところだが……、この場に似つかわしくない明らかな殺意の視線を向けられていた。


「お前、どっかで会ったことあったか?」


俺の記憶の中に、目前の騎士様は見当たらない。


でも俺は聞かずにはいられなかったのだ。その翡翠のような髪は、ある一人の人物を想起させるから。


その直後、


「待ちなさい!!」


レイシアの号令が飛び交うと同時に、首を跳ね飛ばす勢いで、銀の刀身が俺に向けられていた。


「レイシア様。よろしいですね?」


「はぁ。リューク。」


レイシアのため息混じりに、その名を呼んで戒める。


おそらく、それがこの騎士様の名前だろう。


「その者の首をはねたいのなら、大義名分を掲げ名乗りなさい。」


「かしこまりました。」


大義名分って俺にそんな大層なもんは…いやあるわ。俺死刑囚だったわ。


これは非常にまずい。確実にまた面倒な方向へ進んでる気がする。


「宜しいですね。ガイウス卿?」


どうやら、状況の掴めていないのは俺だけのようだ。


ガイウスはただ、「はい。」と了承の意を下すだけ。


「アゼル先生、面接は一旦中止とします。」


そう言って、レイシアが立ち上がると、それに呼応するかのように騎士は地面に片膝を落とした。


「王国騎士リューク・エルドラド」

  

『エルドラド』、その姓を聞いた瞬間、俺の心臓は少し締め付けられ気がした。


「第一王女レイシア・アル・スカイフォード・アストランの名において、王令を下す。」


「はッ!!」


またこの流れか、と俺は正直、王令の一言を聞いて半ば気持ちを諦める。


殿下の宝刀を抜いた愛弟子を誰も止めることはできはしない。


「此度、王家はエルドラドの願いを聞き入れる。死罪人アゼル・レヴァンネンの死刑保留を一時撤廃とし、次期エルドラド家当主リューク・エルドラドを死刑執行人に命ずる。」


まぁ……そうなるよな。


あの殺意の視線はそういうことだったのかと、俺は今更ながら理解した。何故なら、俺は『エルドラド』の最も大切なものを奪い取った、憎き張本人なのだから。

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