第5話 真面目な奴ほど損をする。
「よしカンニングしよ。」
これは死刑を免れるためだ、と己に大義名分を課した俺は、若干の憤りを感じつつも行動に移した。
問題の数から察するに、残り30分で全ての解答欄を埋めるのは、少々時間が心もとない。
証明必須の問題は後回しにしよう。
さて、問題はどうカンニングを遂行するかだ。
達成に必要な条件は二つ。
一、頭の良さそうな奴に目星をつける
二、どう解答を把握するか
(とりあえず観察だな。)
気取られぬように頭は下げたまま、紙との空に筆を動かした。
受験者・監督役の配置を確認する。
手始めに左席の男を鴨にさせて頂こう。まぁ期待値は低めだが。
腕は動いているようだったが、手先の羽がタップダンスのように上下運動を繰り返しているだけ。
一見すると余裕げに振る舞ってはいるものの、額に帯びた脂汗が難色を隠そうとしているのは見え見えだ。
当然、左は条件に該当しない。
(次だな…)
右に座っているのは若々しい女性。正直、俺の本命はこっちだ。
うん、この言い方はなんかマズイ気がするが……まあよしとしよう。
問題開始の合図から、名も知らぬ彼女の手は休むことはなく、動き続けている事を俺は知っている。
表情の強張りから険しさが滲み出ているが、このテストの難易度に比例したものだろう。
しかし焦りのない真剣な顔つきは、厳格に己を律してきた自信の証拠だ。
今彼女は、思う存分力を発揮しているのだろう。
おそらくこの子は受かるな。
証拠も確証もないただの直感であるが、一概に馬鹿にできない。未開のダンジョンでは、よく仲間たちに先頭を立たされたものだ。
目星はついた。この子には悪いが、解答を拝見させて頂くとしよう。
『
俺は昔悪友から教わった盗賊系技能を何年かぶりに発動した。
この技能は発動そのものに隠密補正がかかる上、盗賊系技能を詰め合わせたお得パックのような優れものだ。
対象を凝視すれば透けて見えるし、耳をすませばかなり遠くの距離まで頑張れる。
魔術師寄りの俺からすれば、諜報魔術でサクッと終わらせたいが、仮にも王国一の学術試験。何か不正対策が施されていてもおかしくはない。念のため魔術の行使は避けるべきだろう。
後はさっさと適当に書き写して……。
「第3の答えは4-5-1-3-2……んっ?」
この気配は……。
俺に手を止めている暇はないし、その余裕はもっとない。だが技能を発動させた事で気づいた周りの不自然さに、筆先は用紙の上で縫い付けられる。
(まるで下手くそな合唱だな)
不自然の正体、それは音。
(二列目右斜め前、三列目前、八列目左後ろ……まだ他にもいるな。同じ音を鳴らしてるやつが。)
少なくとも七、いや八か。
ペン先を走らせる事で生じる小さな音も、俺の技能は聞き逃さない。ズレはあるものの、全く同じ音が軌跡続きで鳴っているのだ。
つまり……。
「俺以外にも不真面目な奴がいるってことか。」
俺は二列前の男の背中を見透かし、男の筆の等身に焦点を当てる。
『
俺は目利きにはちょっとした自信がある。この
故に、羽ペンに組み込まれた術式を読むことなど容易なのだ。
おそらく魔道具だな。魔力を込めることで予め仕込んだ文字を描くって所だろ。
予想通り、細工が施されている。
今日は運がついてないなんて言わない。だが道具作りは俺の専売特許だ。
一眼見た武器や道具なら複製可能だし、魔道具作りも大したことはない。
隣で頑張っている彼女には申し訳ないが、前の奴と同じ品物を複製させて頂こう。
『
術式を模倣した俺は、無詠唱で魔術を発動。
ついでに技能で隠蔽補正を掛けつつ、今回は精密と静寂重視で行使する。
まあここまですればバレないだろ。
(終わらせるか)
左手から密かに作り出した新品の筆を自慢げに回した俺は、羽ペンに魔力を込める。
するとあーら不思議なこと、ペンが勝手に動くではありませんか。
まあこれも実力の内。知恵を力にして問題を解くわけだから……。
これは決して不正じゃない。権力とか賄賂とか汚い手を使ってはいないし、気持ちグレーと言ったところだろう。
そう頭に都合のいい解釈を自分に言い聞かせた俺は、時間が許す限り機械的に腕を動かし続けた。
「とりあえず首は繋がったかな。」
残り時間2分前。
ようやく俺の手が止まり、一頻り難は去った。
周囲も所々、安堵の溜め息や苛立ちの吐息が混じり合い、試験の幕閉めを感じさせる。
とりあえずこれで満点だな。最初は本当にヒヤヒヤしたが、やはり人間踏ん張りでどうにかなる。
そんなことより。王国一の学校がこの様では聞いて呆れるな。蓋を開けてみれば早々不正入試とはこの先思いやられる。
今なら愛弟子の言葉の重みを理解できるよ。
「教育の変革か。」
世の中なんて器用な奴が得をして、不器用な奴は喰い物にされてしまうような、不平等な理不尽で満ち溢れてる。
だけど……。
真面目なやつが損をする教育機関なんて、本当に糞食らえって話だな。
「残り一分前!」
懐中時計を掴んだ監視官が終わりの時間を告げる。
終わったことだし、後は適当に休もう。
(なんか……魚の骨が喉に刺さってる感じだな。)
何となく目を向けた右側。
無事解答を終えたであろう彼女の顔は、何処か誇らしげで小賢しい俺には眩しく見えてしまう。
直後、なぜか俺は解答用紙に睨まれているような気がして、衝動的に残りわずかな時間を前に筆をとっていた。
いくら後悔しても悔いだけは残してはいけないだったか、クウ。
「これで俺も少しは近づけるか、友よ?」
そして、ある一問を筆で消した俺は、九十五点の点数で学力試験を終えたのだった。
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