第4話 カンニング勇者。

「これより試験を開始する。制限時間は50分。始めっ!」


 どうしてこうなった。もう一度言おう、どうしてこうなった。


 監督官の合図と共に一斉に裏返される紙。そして皆揃って羽ペンを動かし始める。


 いや訂正しよう。皆揃ってではない。いまだ状況の掴めないまま、試験会場へと放り出された俺を除いて、だ。


 王都魔術学院の講師となることは承諾したが、まさか採用試験からスタートとは……。


 いや普通に可笑しくないか。そもそも、向こうさん(王国)が俺に死刑保留のために、教師をやれっていってきたのまさかの採用試験スタートですか。


 文句は言わない。だけど次レイシアに会った時、頭上に雷を落としてやるのが楽しみだ。

 

「さてと…。」


 時間は有限、さっさと終わらせようか。仮にも勇者などと持て囃されていた俺。今更試験などで遅れを取ることはない。


 自信満々に唸る指先を机に、いざページを捲る。

 

問1 マルザァークの分解定理より、図に示された情報をもとに、物質の正体を解明せよ。

 

「……ん?」


 あれ、俺さっき問題文読んだっけ?

 まるで素通りしたかのような感覚に、俺は思わず目を擦った。


 とりあえず、もう一回読んでみよう。


問1 マルザァークの分解定理より、図に示された情報をもとに、物質の正体を解明せよ。


「え……んんっ?」


 おかしい。一つの単語すら頭に入ってこない。というか、まずマルザァークって誰?


 持ち手のペンが小刻みに震え始めた。先に言っておくが、決して武者震いなどではない。ましてや、手に汗握る緊張感などという大層な事ではない。これは予想外の事態への焦り、つまりは焦燥感という奴だろう。


(やばい、全くわからんわこれ。)


 だが数々の修羅場を超えてきた俺にとって、机に座って頭を動かすだけの試験など生温いものだ。


 そうだ、俺は今までの戦闘の中で、何度も死を味わい続けたんだ。


「ふっ……だが所詮相手は紙切れ。この程度で俺が慄くとでも……。」

 

 震える手に言い聞かせようとブツブツと独り言をこぼした俺だったが、突如頭によぎったのは断頭台に立つ自身の姿。


 執行猶予の身であるという理不尽な現実を突きつけられている事を自覚した時、俺の汗腺は一気に悲鳴を上げた。

 

「あ、これ落ちたら首チョンパじゃ…」


「おいそこっ! 何を一人でボソボソと話している。黙らねば不正行為とみなすぞ!!」

 

 いかん小言が漏れてしまった。

 次の瞬間、お叱りのお言葉が俺の鼓膜を叩いてきた。


 反射的に顰めると、そこにはいまだ白紙の解答欄。


 俺は焦燥感にかられながらも、ふと周りの音が気になりだす。


 監督官の怒声が響いたというのに、周囲は興味の色を示さず、ただ均一に筆を走らす音だけが、合格という競争を物語るように鳴っていたのだ。


(もしかして、この中で解けてないの俺だけか!?)


 焦り流れる汗を無視して、俺は再び問題へと立ち向かう。


問2 マルザァークの分解定理について、近年新たに証明されたアルキミスの物質構成定理と比較しながら、その概要を説明せよ。


 いやだからアルキミスって誰だよ……何で偉い奴はこう自分の名前をつけたがるんだ。


 非常にまずい状況だ。この難問は親友のクゥでも解けな……いやあの文武両道ならいけるか。


 とりあえず、全体に目を通して解けそうな問題から攻めなければ。


 がしかし、そう簡単にことが進むはずもなく……。すでに20分という貴重で時間を無駄にしていた。

 

(仕方ない…。)


 よし、割り切ろう。俺はクズだ。今まで、それだけの事をして、その数だけ堕落してきた。


 だから今日も、俺はまた一つ堕落しようと思う。


 死刑とならない未来を掴み、明日を生き抜くためという大義を己にかし、邪道を進む。

 俺は今日、また堕落を積み重ねることに決めた。


「よし。カンニングしよ。」

 

 やはり俺は、それでも俺は、本物のクズなのだ。

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