第3話 時に愛弟子とは可愛くないものである。

「あっ……。」


「やっぱり、思い当たる節あったんですね。」


 ここに分不相応で可哀想な罪人が一人、王国謹製の馬車で護送兼尋問を受けている。


 光栄かどうかは定かではないが、畏れ多くも尋問官様はアストラン王国第一王女様であり、おそらく後にも先にもこんな場面に出会すのは俺だけだろう。


 レイシアの言う通り、一ヶ月ほど前に送ったらしい信書とやらの行方について俺は、記憶の的を完璧に射抜いていた。


 あの、あれだ。真夏の朝にシアが持ってたやつだ。……やばい完璧に忘れてた。


 難儀な物だと想像はついていたが、まさか国王御璽印章付きの王令だったなんて、一体誰が想像できるんだ。


 思い返せば、あの日から俺の愛する安寧は脅かされていたんだ。

 そしてとにかくレイシアの視線が痛いのなんの。


「まぁあれだ。俺は内容なんて知らなかったわけで……。」


「嘘はダメですよ。一度文字を読んでしまえば、既読したか分かるように術式を組み込んでおきましたから。」


 また我が愛弟子は厄介な魔術を……。

 本当に才能の無駄遣いが過ぎると思うですが。

 

「え~自作でしょうか?」


「勿論お手製ですよ♪」


「それはそれは愛が深いわけで。」


 うん。やっぱ天才だわこいつ。

 お遊び程度で新しい魔術を発明するのは、ぜひ止めていただきたい。尚且つそれを俺に向ける事もやめましょう。


「嘘はお見通しです。白状してください。」


 と言われても困る一方だ。

 かという俺も、そもそも書巻など開いていない訳だし、文面に目を通すこともしていない。

 なぜなら、すでにあの書巻は……。


「いやマジで知らなかったんだって。てかシアが暴れたせいで破れて読めな……。」


 口を滑らせたと認識した頃には、すでに遅い。

 必然と訪れた沈黙という拷問が、俺の胸を容赦なく縮めてくる。

 そんな空気に耐えかね、俺は愛弟子の方をチラリと覗く。

 お願いだから、そんな目を細くしてこっちを見ないでほしい。


「破いたんですね。態々私が認めたというのに。やはり今からでも死刑執行を。」


「いや違う違う! シアが反抗したのが悪い。」


 俺は手錠付きの手を必死に振り回し弁明を訴えるが、レイシアの顔が軽蔑に近いものへと変わっていく。

 最後には、心身を抉るような長い溜息に晒される始末だ。

 

「なるほど。先生は保護者としての責務すら全うせず、剰え子供に過ちを擦りつけるということですね。」


「えっ……いやそういうわけじゃ。」


「控えめに言わせていただきますと、今までは程良くクズだと思っていましたが、ゴミに評価を改めようと思います。」


「あの控えめって言葉の意味知ってる?」


 まったくこの愛弟子は師に対しての敬いなど一欠片もない。


 確かにクズと言われればそうかもしれないし、人並みに徳を積んでいるとは、頷けないが……。

 

「てかシアのやつ。知ってて俺に渡さなかったのかよ。」


「言っておきますが、術式は正常に作動してましたよ。」


「じゃあ普通に嫌がらせじゃん。」


「さてそれはどうでしょうか。」


 疑問を解すように姿勢を正したレイシアは、肘掛けから手を離した。

 こちらを見つめては、何かを期待するような愛らしい仕草さだ。


「私はただ先生と離れ離れになりたくないから、シアちゃんは駄々をこねたんだと思いましたよ?」

 

 予想通り俺の反応を楽しみにきたな。でもそう簡単に俺を手篭めにできるとは思うなよ愛弟子よ。


「……なんだそれ。んな訳ねぇよ。」


「え〜顔真っ赤ですよ、アゼルせ〜んせ?」


「うるさい。」

 

 やっぱり照れ隠しというやつは、照れた時点で負けなのだ。


 屈辱だ。まさかあのレイシアにいじめられる日が来るとは。ただでさえ死刑判決を受けたばかりだというのに、この仕打ちは流石に酷くないだろうか。


 羞恥の視線に耐えかねた俺は、目を逸らさように流れる外の景色へ意識を向けた。


 車輪の音と共に過ぎゆく壮観は、紙芝居のように趣深い印象を頭に残しつつ、意志に反して蘇ってくる過去の記憶と重なった。


(五年ぶりぐらいか…)


 この王都の街並みが見慣れるということは、決してないのかもしれない。


 ほぼ白煉瓦で統一された建物に、色とりどりの装飾が施された硝子の光が木漏れ日のように揺れていて。


 それはまるで一つの芸術のように。いつか旅した神聖国に遅れを取ることはないだろう。

 幻想的で浪漫に溢れた王の国、それがこのアストラン王国だ。


「ほらアゼル先生。見えてきましたよ。」


 刻々と過ぎる時間に、眠気を帯び始めたその時だった。


 何処か自慢げな高揚でレイシアはこちらの窓へ勢いよく身を寄せてくる。


 その蒼玉の瞳に映る白亜の影に気づいた俺は、視界に入ってきた二つの巨塔に重い首を持ち上げる。


 まるで教会……いや、大聖堂のような造形で、学び舎とは到底結びつかないその建物。

 

「ここはな~んも変わんねえのな。」


「当たり前です。ここはアストラン大陸最高峰の教育機関、王都魔術学院なんですから。」


 アーチ造りの鉄格子が重々しく開かれ、馬車は速度を落としながらゆっくりと停車した。


 言っておくが、晴れて入学を果たした新学徒のような気持ちではない。強いて言うなら、檻に入れられた鳥の気分だろうか。


 やっぱり足は動かない。豪勢な座席に腰は沈んだままだ。


 単にこの状態では入りづらいだとか、そんな幼稚な抵抗をしたいわけではない。ただ俺には、この門をくぐる前に消化しなければならない事がある。


「レイシア、一つ聞いておきたいことがある。」

 

「すみません。扉を閉めていただけますか。」


 流石は王女様。理解が早くて助かる。


 一瞬にして厳格の仮面を繕ったレイシアは、完璧なまでの社交術を披露する。


 対面する俺たちの間には、豪勢な食事も、交渉の契約書もない。


 だが、確かに存在する表裏の舌先を滑らせて、最初に切り出したのは俺だった。


「俺が聞きたい事分かるよな?」


「ええ理解しているつもりです。」

 

「なら聞いてもいいか?」

 

「ご自由に……。」


 俺は王都へ来た時から、ずっと聞こうとしていた言葉を再び頭によぎらせる。 

 

「なんで俺なんだ?」


「と言いますと?」


「とぼけんな。俺が王都でどういう立場にあるか知ってんだろ。」


「承知しております。アゼル先生は王国一、いや世界一の嫌われ者といっても過言ではありませんから。」


「じゃあどうしてお前は嫌われ者ランキング一位の俺を、今更立てようとする。俺たちの関係は秘めるべきだろ。」


「そうですね。確かにあの発言は私の経歴に汚点を作るやもしれませんね。」


 淡々と告げられる会話の中、俺たちの間には確かな熱の境界線があった。


 レイシアは凄腕だ。王女としても、愛弟子としても、これほど才覚に恵まれた者はそう現れないだろう。


 故にレイシアは愚者ではない。俺の目が映してきたレイシア・アル・スカイフォード・アストランは自らの意思で行動する者だった。


 だからこそ、俺が追求の姿勢を崩すことはかった。


「レイシア、お前の夢は王女となってこの国を変えるんじゃなかったのか?」


「ええ。私の夢は今も昔も変わりません。」


「なら何故だ? どうして自ら不利な状況へと踏み込む。」


「不利? 御言葉ですがこの程度で揺らぐ半端者が国を背負う王になれるとお思いで?」


 この程度か……。

 多分、痩せ我慢だろう。

 覚悟は良し。だが状況が変わるわけでもあるまいし。

 その回答で俺が納得いくはずもなかった。


(どうしたものか…)


 考え事をする時に、俺が目を閉じるのは珍しい。大人しく生きていれば、頭を抱える機会など滅多にない。頭を最大限回すのは疲れるし、いつだって悩みの種が付いてくる。


 やはりどれだけ頭を回そうと今は明確な答えは出せないな。故に癒着しかけた俺の唇が動く事はなく、これ以上の言及はしなかった。


 代わりに落とした嘆息が、その場しのぎの了承の意を示し、レイシアは社交術という仮面の裏から安堵の色を覗かせた。


「アゼル先生。この国に、この世界に、今必要な事は何だとお考えですか?」


 突飛良しな質問だな。

 そんなことを聞かれても片田舎で村長をしているだけにすぎない俺にとっては、難しい話だ。


 まあでも少しは考えてみるか。

 ……世界とはおそらく人界を指すのだろう。ならば人界を脅かすのはいつだって魔界の恐怖だ。俺たちの人間に必要なのは対抗しうる群としての、そして個としての力を保持し続けることにある。


 つまりは……だ。今も昔も変わらず、世界は勇者のような英雄を求めている。


 そして国は英雄を輩出するために、英雄を作り上げなければならない。


 世界は個を、国は群を。いつだって人類の脅威を退けてきたのは紛れもない英雄たちだ。

 

「富国強兵。それを担うためには教育の変革が必要です。」


 俺の回答を待たずしてレイシアが刻々と告げた答えは、あながち的外れではない。それも一つの答えとも言えるな。


 賛成の立場としては背中を押してやりたい所だが……。


 俺の腰はまだ重いままだった。

 

「今の人界には貴方のような本物が……。が必要なんです。」


「本物か。田舎の村長には過ぎた評価だな。」

 

「全くその通りです。ですので先生には偉くなって頂きます。」


「既に執行猶予付きの訳ありなんだが。別に俺は偉くなんてなりたかねぇよ。」


 レイシアの偉くなるとは、社会的地位としてだろう。だが日々平穏な生活を望む俺としては、面倒事は避けたいところだ。


 まあ俺がどれだけ駄々をこねようと、待っているのは首チョンパだが……。


 こんな後悔だらけのクソ人生を送ってきた俺にも、死ねない理由の一つぐらいはある。

 だが断ろうものなら、雨あられの襲撃に見舞われながらの逃避行となるだろうし、当然元の生活には戻れないだろうな。


 やはり俺の選択肢というのは、理不尽なまでに仕組まれているのかもしれない。


「従って頂ければこちらで勝手に進めておきますが?」


「生憎地位や名誉なんぞ欲しくないもんでね。」


「偉くなればアゼル先生の大好きなお酒が沢山飲めますよ?」


「まぁそれは捨て難いが。見合ってなさすぎるかな。」


「後はそうですね。お給金は期待してもらっても構いませんよ?」


「今更、金に目がくらむとでも?」


 うん……。金で釣ろうとは全く失敬な話だが、生きていく上で金は必要だ。


 これっぽちも邪な気持ちはないが、愛弟子がここまで懇願してくるなら協力もやぶさかではない。

 

「ほら何したんだ。さっさと行くぞ!」


 気づいた時には、重い腰は羽がついたように軽く、外へ飛び出していた。


 弟子の反応は予想通りなもので遺憾ではあったが、


「はい。やっぱり先生はクズですね。」


「悪かったな。守銭奴なやつで。」


 こればかりは認めざるを得ないな。

 俺はどこか嬉しげな王女様の手を拝借し、同じ日の元へ立つ。

 

「ホントお願いしますよ?王国の未来は貴方の体たらくに掛かってるんですからね、?」


 仕事は受けるが愛弟子よ、その呼び名は本当に勘弁してくれ。

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