第2話 我が愛しき田舎ライフ

 時間は少し遡る事、約一ヶ月。


「ひと段落ついたか。」


 突然だが、俺は覇気がないとか、やる気がないだとか、側から見ればどうやらヨレヨレな感じらしい……? 


 まあ周囲からは散々な印象評価を受けがちだが、俺自身としては然程気にしていない。


 やる気の出ない事に対しては、確かに怠けがちだし、覇気がないと言ってくる奴には、「じゃあお前は日頃から威圧感でも振り撒いてるのか?」と言い返してやりたいところだが、生憎言い返す元気も活気もないのだ。


 何にせよ、物事には緩急と切り替えが大事だと思う。


 やる時はやる、やらない時は休む。これがほんと大事。


 だから好きなことにはとことん向き合えばいい。


 日が登り始めてすぐの早朝。

 早起きは俺にとって難業であるものの、毎日寝床との格闘を経て、今日も洗面台で歯を磨く。


 汗を流すことは嫌いじゃない。つけ加えると、畑仕事でだ。


 今年も変わらず季節は巡り、夏風に扇がれた草の匂いが鼻をくすぐる。

 雲一つないカンカン照れの太陽が肌を焼いてくるので、日射除けの麦わら帽子は必須だ。


 しかし、時折吹いてくる朝方の風が特別涼しく感じてしまうのは俺だけだろうか。


 こんな時は皆さま、是非とも目を閉じて感じていただきたい。

 汗で染みた服の間を通り抜ける風に身を委ねて、耳を澄ませてほしい。


 感じるだろうか。風の旋律に大地の脈動を。

 聞こえるだろうか、……俺の名を呼ぶ風情台無しの声が。

 

「お〜〜い。アゼル君や〜。」


「…はぁ。」


 突如爛漫とした世界に入り込んできた不調法者。


 聞き慣れたよく響く老人の声に振り返ると、


「やまびこか。そんな叫ばんくても聞こえてるわ!」


「おお、アゼル君や。今日も精が出るな。」


 こちらへ近づいてくるのは、此処ニーナ村、最年長のヨー爺さんだ。


 年を感じさせない元気な歩幅でそそくさとやってくると、お手製のバスケットを俺に突き出した。


「これうちの野菜な。食べれ食べれ。」


 これは普通に嬉しい差し入れだな。

 すぐ様今日の夕飯にでも採用させていただくとしよう。


「いつも悪いな。どれも上手そうだ。」


「魔獣さ追っ払ってくたお礼。さぁ食べれ食べれ。」


「ありがとな。家で食うよ。」


「今年は豊作でよぉ〜味が熟しとる。さぁ、遠慮せんと食べれ食べれ。」


「分かったって。」


 どうやら一口食べないと永遠にこの定形文が続きそうだ。


 バスケットの布を捲ると、そこには俺の期待通りの光景。


 ふと熟したトマトと目があった俺は、たまらず手に取り一齧り。

 

「なぁヨー爺。どうやったらこんなに上手く作れんだよ。正直勝てる気がせん。」


「そりゃぁ〜もちろん愛よ。」


「愛ねぇ〜。」


 本当に愛とやらで出来前が左右されるのだろうか。まあ実際、ぐうの音も出ないほど美味い。


 やっぱり技能アクトの熟練度なんかな? いやでもそれなら素質アビリティも考えられるか。

まぁそれなら歴の差がでてもおかしくないな。


「今年は豊作じゃからのぉ。女神様に感謝せんとな。」


 女神か。確かに今年が豊作なのは事実だし、感謝するのもやぶさかではない。


「まぁ……悪くはないな。」


 改めて自作の畑を見渡してみると、豊穣の年も相まって、それなりの出来前と言える。


 丹精を込めただけあってか、俺は珍しく満足げで柄にもなくやり甲斐を感じていた。


「ハイハイ感謝ね。恵の神様に代わってありがたく頂くよ。」


「そうじゃな。お主に罰が当たるのが楽しみじゃ。」


 罰とは失礼な。とは言え、この爺さんと仲が悪いなんてことは微塵もない。


 一頻りくだらない世間話をした後は、野菜の品定めや収穫の手伝いをしてもらった。


 本当に気さくな爺さんだ。茶を入れると誘ったが、毎度の如くふらっと何処かへ行ってしまう。この時だけは随分と世話になっていると自覚せざるをえない。


 ヨー爺の手もあり、随分と仕事が捗った。

 また今度お返ししないと。

 さて……。もう村の住人も起きて朝食を取り始める時間だ。


「よし。そろそろあの寝坊助ニートを起こさんと……ておい。」


 今日俺は腹巻きでもしていただろうか。

 まあそんな訳ないんだが。


 胴に不自然な生暖かさを感じた俺は、腰元へ視線を落す。


 そこには見覚えのある華奢な腕が絡まっていた。


「シアよ。非常に熱いんだが。」


「……ん。おんぶ。」


 首を捻れば、スライム並みに身体を愚だらせたシアがいた。


 怠け者にこの陽光はどうやらキツイらしく、寝起きも相まって目がトロンと落ちている。


 まあ懐いてくれるのは嬉しい事なんだが……取り敢えずクソ熱い。シアには申し分けないがマジで熱い。


 このぐうたら娘を引き剥がすのは後回しでいい。今はとにかく一刻も早く家に戻りたい。


 麦わら帽子をシアに押し付けた俺は、いつもの流れで身体を屈ませると、背中にずっしりと重みが被さった。


 若干、重くなったか? いや気のせいか。何せエルフの成長は遅い。

 

「働き者の背中におぶさるとはいい御身分だな。」


「……眠い。」

 

「頼むから自分で歩いてくれよ。ただでさえ暑いんだから。」


 顎を肩に乗せて、腕は垂れた状態で完全に身を預けられている。


 どうせだしこのまま仰け反って悪戯でもしてやろう。いや無駄か。


 一度痛い目をみた時から、足だけは腹元でガッチリと交差しているのだ。


 なんだろう。この死んでも降りないという不動の意思は……。でもそういうところが、俺の娘の可愛らしいところでもある。

 

「ん? 何それ?」


 揺れる視界の片隅、寝坊助の手に何かある。

 何だこれ?巻物?いやじゃなくて書巻か。


 杜若の糸で結ばれ、一見するに紙も一級品。そして何よりこの一段と目を魅かれる赤い封蝋。


 この土地に住むものならば、誰もがその封蝋に刻まれた赤色の国章に、ふんぞり返って万歳三唱でもするところだろう。


 やばいなんかあるな。

 何かを察した俺は、干上がった喉に一筋の唾を飲む。


 本音を言わせてもらうと見なかったことにしたい。今すぐに、「どこで拾ってきたの。すぐに捨ててきなさい!」と、人生で口にすることはないだろうと括っていた言葉を、存分に丸投げしてやりたいが……。


 一応、保護者としてはそうもいかないのだろう。


「まじか。俺何かやらかしたか?」


 王国から個人宛への通達など碌なことにならないと想像がつくが……。

 腹を括った俺はシアの手元へ、徐に手を伸ばした。


「おいこら見せろって。」


 だがどうやらこの娘は反抗期のようで。駄々をこねて渡そうとしない。


「……拒否。……これは宗教の勧誘……みたいな?」


 わぁ何と凄いことだ。あのシアが俺の教えつけを守って、宗教の勧誘を断ろうとしているが、そんな見え透いた嘘をつくんじゃありません。


「あ~ならいいか。じゃねーよ。ほらさっさと貸せって!」


 この駄々っ子の言うことを一々聞いていられるものか。


「……拒絶。」


「ちょっ、髪の毛引っ張んなって! お父さんがハゲ散らかしてもいいのかっ!」


 振りほどこうと体を揺らすが、親に背負われた子供が素直に聞くはずもない。


 直々に鍛えてるだけあって、無駄に体重移動が上手くなっている。絡めた脚を主軸に背中を巧みに使って、間合いをしっかり管理してくるのだ。


 こうなっては仕方ない。必殺のあれだ。

 準備体操は必須。指先を機械仕掛けのように動かし、隅々まで鳴らす。


 そのまま後ろのシアの脇の下へと手を忍ばせ、脇から横腹まで手を仕切りに滑らせた。


「…!?……!!!」


「ほら! さっさと渡せっ!!」


「……んっ」

 

 あ、ちょいやりすぎたかな。その声は少し卑怯だと思う。


 堪らず漏らした年相応とは思えない声に、俺は若干の罪悪感を覚えた。


 シアはエルフだ。エルフからすれば子供だろうが、人間の歳では……いや考えまい。だが謝罪がベターなのは間違いないかな。


「なんかすまん。」


「不埒。」


「ごめんて。」


 まあ何だかんだで、結局シアはダルそうに背中から降りた。


 なんだか物凄く疲れた気分だ。朝の始まりでこの調子とは、一日思いやられるな。


「おいシア。手紙は?」


「……あれ?」

 

 俺はシアの手にあるはずの物がない事に気づく。


 シアは眼球を左右に動かしたが、どこにも見当たらない様子。


 必然かと思えるほど、同時に目が合った俺たちのシンクロ率は凄いもんだ。


 振り返れば、無惨な紙切れと化した書巻様がそこにおわされたとさ。


 そんな最中、俺たちは目の前の問題、いや大問題に呆然としているだけだった。


「まああれだ。とりあえず朝飯食ってから考えるか。」


「……!パンケーキ♪」


 さっきまでの事が無かったかのように清々しい満面の笑みを見せるシアだったが、先にこの野菜を傷む前にどうにかせねば。


 村長かつ守り人ともなると、それなりに感謝される場面が多いんだなこれが。


 家にはまだ沢山のお裾分けが残ってるし、どうしたものか。


 野菜嫌いのシアには申し訳ないが、今日の献立は無慈悲な皿で確定している。

 

「紙破いた罰。朝から晩まで野菜フルコースな。」


「……もう寝る。」


「好き嫌いすんなって。ほら家戻んぞ。」


 そうだ。今思い返してみれば、何でもかんでも後回しにするのは良くないのだ。


 シアに朝御飯を意地でも飲ませようと奮闘していた頃には、書巻のことなどさっぱり頭から消えていた。


 まさかヨー爺さんの罰がこんなにも早く当たってしまうとは……年長様のお言葉には本当に恐れ入るな。


 まあ要するに、あの書巻がであった事など知らずに、俺たちは畑を耕すだけだったのだ。

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