元勇者です。死刑寸前だったので、仕方なく落ちこぼれ教室に赴任しましたが、正直もう帰りたいです。
甘党の翁
一章 採用試験編
第1話 俺死刑だってよ。
「判決を言い渡す。主文アゼル・レヴァンネン。此度の王意への沈黙を反逆罪とみなし斬首刑を言い渡す。」
俺、アゼル・レヴァンネンはどうやら斬首されるらしい。
正直、何でこうなったかよくわからない。王都へ連行されたと思いきやこの様、トントン拍子であれよこれよと死刑求刑ときた、ほんとふざけてると思う。
だが法の執行者様とやらはどうも本気なご様子で。俺、ほんとに何かしたっけ?
「おい髭野郎。首切られる前に一つ言わせてほしいことがある。」
「なんだ、今となって王への反意を詫びようというのか。」
うん、言わせてくれ。大いに言わせてほしい。いや、言ってやろうじゃないか。若干見下し気味で、ふんぞり返ってるあのお偉いさん方に。
「どうしてこうなったぁっ!!」
思ってた数倍大きな声が出たな。
その後に続く沈黙がまあ痛いのなんの。見渡せば周りからは冷ややかというより、明らかに人間以下を見るような目を向けやがる。
「き、貴様!ふざけているのか!!」
困惑の色を示し、執行官(髭野郎)は怒り交じりの声をあらわにする。
貴様とは失礼なことだ。こっちはいたって真剣だというのに。
だから俺は思う存分言い返してやろうと思う。
「こちとら人生終わりかけてんだぞ。なめてんのか髭!!」
あぁ…やってしまった。本日二度目の沈黙がやってまいりました。
法の執行者たる厳然とした風格はどこへやら。髭野郎様は顔面を殴られたかのように顔が引きつっておられる。
もうほんと、それはそれは。見ていられないような現場でして。周囲の貴族院の方々からも卑下の視線を向けてくる。
「っ……。ふふ……。」
この空気を読まずして、静謐なこの場に聞き覚えのある笑い声がする。
振り返って上段の席。そこには顔を背けて笑みを必死で堪える見覚えのある姿が。
なるほど。厄介ごとの種を蒔いたのはこいつか。
「あの笑ってる暇があるなら助けてくれませんかね。レイシア・スカイフォード・アストラン王女様?」
つい我慢できずに、俺は助けを乞う気持ちで、その薄情な愛弟子に視線を向ける。
ふと交わされる視線。相変わらず、笑う姿ですら絵になってしまう絶世の美女。
金糸の光沢を宿す金髪に、恐ろしく整った容姿。瞳の奥には蒼石の藍を宿し、わざとらしく上目遣いなどされた日には、性別問わず理性が飛んでしまうだろう。
しかし、そんな容姿端麗な美女も笑いすぎて涙を流すような、不作法もあるのだ。
ここで「命の恩人に対して、死刑判決を笑うとは何事だ!」と、言ってやりたい所だが、そんな事を言ってしまえばレイシアの名誉に傷がつくだろう。
俺は配慮を込めて口を閉じていたが、そんな俺とは裏腹に、レイシアはオモチャを見つけた子供のような笑顔で返してくる。
「『アル』が抜けてます、アゼル先生?」
あ〜あ。ほら言わんこっちゃない。場が凍りつきましたよ王女様。先ほどまで野次を飛ばしていた貴族連中も、今だけは驚きのあまり顔が歪んじゃってるよ。
先生とは敬称の一種であるといえる。第一王女様がこの訳ありな俺に、敬意を払ってそう呼んだのだ。
俺との関係がバレてしまうのはいささかまずいと思うが…。
どうにか言及されるのは避けたいところだ。最悪、レイシアの王位継承権に罅が入るかもしれない。
今更ながら、やはり俺は随分な嫌われ者だよ。兎にも角にも今は話をズラすのが先決か。
「名前が長すぎる。」
「残念ながら、私の名を知らぬ国民など幼子ぐらいです。」
「それじゃあなんだ。俺の頭が幼子以下って事か。」
「はい、そうですが?」
即答即決のお言葉どうもありがとうございます。もう何も言い返すまいよ。
こんな生意気な弟子には、今度師匠として軽く泣かせて差し上げよう。
先生と呼ぶわりに、本当に敬意を微塵も感じさせないが…まぁこれぐらいの距離感が一番いいんだろう。これ以上距離を縮めない方が、お互いのためでもある。
「はぁ〜。愛弟子の名前すら忘れてしまうとは。いくら命の恩人とは言えど、感謝の念も尽きるというものです。」
「!! おい…。」
どうやらこの王女様は俺を使って何か企んでるらしい。
やれやれ、と首を横に振りながらレイシアは、宣告台へと上がる。法廷の中央に絶賛死刑執行予定(俺)の罪人と、高慢にも意見具申を通そうとする王女が今揃った。
嫌な予感しかない。止めようとした時には、時すでに遅し。どこか邪な思惑を潜ませた横目をちらつかせた王女は、お達者な口を走らせた。
「裁判長、そしてお集まり頂きました貴族院のお方々。第一王女レイシア・アル・スカイフォード・アストランの名において、王の御言葉を代理させていただきます。」
いやほんと待ってくれ。
そんなにも改まるということは……。確実にまずい方向へ進んでいる気がする。
愛する長閑な田舎生活から、急な死刑宣告に加えて、愛弟子の大暴走。流石に悲惨すぎませんかね俺?
「アゼル・レヴァンネンの死刑判決を一旦中止し、王都魔術学院の教育任務を与えることを宣告する。」
俺を置き去りにして運命の針は刻々と動き出した。
ほらな、俺の人生はいつもこうだ。波風立たない生活を望んでも、いつも周りが許しちゃくれないんだ。
俺の役目はとうの昔に終わったというのに。
「いやほんと……どうしてこうなった……。」
すまんシア。しばらく帰れそうにない。俺は無気力に見上げた天井に、届くはずもない思いを募らせるのだった。
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