第9話 勢いだらけの人生なもんでね。

「魔力解放」


 リュークが放ったその言霊には意味がある。魂を鼓動させ通常という鎖を解き、全ての魔力を放出する。

 『万象眼』が捉えた肉体的数値は。


総合値ステイタス 

ーーーーーーーー

筋力 C → B

敏捷 C → B+

耐久 C-→ C

器用 D → D+

精神 D → B

ーーーーーーーー

素質アビリティ

『剣士』

『エメラルダの血族』

『風の加護』

ーーーーーーーー

Level 54 総合 C


 現状、『筋力』は互角か。それに素質アビリティによる『Level』の向上が半端ないな。Bの壁目前って訳か。


 普通に立派なもんだな……。おっと。感心している暇はなさそうだ。 


「『流派発動ルーツ・オン』」


 それ加えて、まあ当たり前に『流派』も使ってくるか。クゥの同じ家柄だもんな。


 肉弾戦は少しきついかもしれん。俺も俺なりの業をもって応じよう。


『エメラルダ流剣術 風の三刃 D』


 やはり使ってきたのはエメラルダ流の真髄。

 原理は風の太刀の応用だろう。刀身からユラユラと三つの風の刃が現れ、その一つ一つが凶刃となりうる。

 以前闘ったエメラルダ流の猛者は三刃どころか五刃にまで至っていた。

 まあとにかく、厄介であることには違いない。

 これは俺も程度に力を入れる必要があるな。

 

「はっ!!」


 リーチを活かしたこちらの間合いの概念を潰す風の刃が振り飛ばされる。

 今の俺では流石に全ての風刃を捌き切れないため、なりの戦い方で応じる。


 『魔力戦術』と、そう俺は師匠から教わった。

 完全な前衛にも完璧な魔術師にもなれない俺に残された、唯一の古流武術。


 魔力は体外へと発露した瞬間に散ってしまうため、あくまで体内での操作が理想とされており、放出など何の意味を待たないとされているが……使いようによってそれは大きく意味を成す。


 魔力を纏うことで齎されるものは、身体の活性化、及び感覚の広域かだ。

 

「くッ…なぜだ!!」


 風の三刃を捌き切ったことでリュークは困惑の色を見せる。


 体外に魔力を発露するのではなく、纏うと言ったところかな。


 まあコツを言うなら、心の中で魂の形を少しだけ広げる感じなんだが、シアに何度説明しても疑問を浮かべられたものだ。


 だがそれでも通常以上かつ魔術以外で魔力を使用するわけだから、その総量は容赦なく失われていく。

 解決法としては魔力を体外で循環させることぐらいで、最低限の消費で抑えるよう努めることぐらいしか出来ない。だが習得すればかなり長時間の戦闘が可能となるだろう。


 俺? 勿論習得済みだ。これができるようになるまで5年かかった。


 鬼畜という名のスパルタ式戦闘術によって鍛え上げられたせいだろう。その甲斐あってか、死に直面しても大抵のことは冷静に対処できるまでになってしまうほどだ。


 まあ兎に角これでリュークの斬撃にも難なく対応可能。


 リュークの周りを右往左往とすること約数分。


 剣先に焦りの傾向が見え始めた。

 

(そろそろだな。)


 魔力解放とは言わば前衛職が取る最終手段みたいなもんだからな。


 魔力の縛りを解いて、総合値パラメータの限界を超える切り札だけど、禁じ手なんだなこれが。


 理由は簡単。これは命そのものを削る行為に等しいから。


 肉体という器を持つ以上、負荷に耐えれる許容量というのは決まっている。当然無理をすれば力尽きるし、それでも限界を出し続けるなら最後は命まで燃え尽きてしまうだろう。


 その事実は俺でなく、リューク自身が最も自覚しているはずだ。


 残り時間が短い上に、この間合いを活かした戦術では埒が明かない。

 この戦術が決定打になりえないとそう判断せざるを得ない時が、刻々と近づいてきている。


 故にリュークが取るべき、否、取らざるを得ない次なる手は……。


「うぉぉぉ!!!」


 一か八かの近接戦闘。『風の太刀』活かしながら戦う正真正銘、刀身同士の打ち合い。


 先の戦闘の雪辱を晴らすが如く。戦士の雄叫びが闘技場に響いた。


『筋力』互いの能力向上を鑑みても互角。


『敏捷』風を活かした相手の加速度的に俺のがちょいしんどいかも。


 考えはしない。ただ身体に刻まれた歴戦の情報から最適な構えが選択される。

 選んだのは……。


技能発動アクト・オン 居合 C』


 任意発動型の技能を発動。効果は円領域の敵に対する反応速度上昇。


『研魔戦術・針』


 それに加え俺は纏った魔力を針のように研ぎ澄ますことで、魔力に触れた相手に対する反射領域を広げた。


 ついに迫るその時、リュークの刀身が居合領域に入った。


技能発動アクト・オン 居合抜刀 C+』


技能発動アクト・オン 重撃破断 D』


 風の刃が居合領域を超え、研魔領域へと達したその時だった。


 研魔による自動反射と居合領域による意図的な遅れが合わさり、一種の業の極致手前へと木剣の一振りは至る。


 そして……。

 パキィンッ……。と鳴り響く甲高い金属音。

 居合領域による刀身の把握。

 研魔領域による反射の抜剣。

 剣に物理的なダメージを上乗せする『重撃破断』


 俺がリュークの騎士剣の側面を叩き折れたのは、全てが合わさった結果といえるだろう。


「そこまでッ!!」


 訪れた数秒の静寂の後、勝敗を見届けたレイシアが間合いに割って入った。


 うん。意外と尋常な勝負だったんじゃないかなこれ。


 相手の武器破壊を決め手とした決着だ。リュークもこれじゃ文句はいえないだろう。


 勝敗の結果に誰もが首を縦に振るであろう結果だ。ただ一人を除いては……。

 

「……」


 あのリュークさん。そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないでしょうか?


 いやまあそうだな。でも考えてみたら誇りをへし折るには十分すぎたかもしれん。


 ぽっと出の罪人に勝負を挑み、ご自慢のエメラルダ流剣術は全く歯が立たなかったことに加え、木剣と騎士剣との戦い。


 そして右目を隠した隻眼の俺に、見切りで負けたとなれば、ちょっと可哀想な気もしなくはない。いやしないわ。


 まあ自信の誇りともいえる剣を見事なまでに叩き折られ、王女様の目の前で勝敗が下されたんだ。心ズタボロだろうな。

 

「リューク」


 レイシアは手厳しい事で。項垂れる騎士に感傷に浸る暇すら与えることはない。


 それを無慈悲と捉えるのか、そうでないのかはこの壇上に立つものにしか分からないだろうな。

 

「負けを認めますね?」


 優しさはない。

 ただ淡々とした事実を吐かせるレイシアは、冷酷にすら見えるだろうな。

 

「わ…わたしは……」

 

 この剣を失った騎士に誰もが思うだろう。お前は負けたのだと。

 だがこいつとはあって数時間の仲だが、剣を交えたものとして、俺はリュークが紡ごうとしたその言葉に続くものを理解できた。

 

「まだ負けていません。」


 そうして騎士はまた立ち上がる。

 負けていない。そう言わしめるほどの言霊の熱意に応じるか否か。


 当然……答えは決まっている。


「来いよ。せめて一太刀ぐらい反撃入れてみな。」


 ここでコイツが廃るのは勿体無い。

 いい兆しだ。誇りなんてそこら辺に捨ててしまえばいい。それで必要ならまた拾ってやればいいだけのことだ。


 俺たちの決闘は後もうしばらくだけ続いた。


「はぁはぁ……。貴方は……いえ。私の負けです。」


 騎士らしからぬ仰向けの姿勢でリュークは背を着いていた。


 そこに毅然とした騎士の姿はなく、呼吸は荒く、整えていた髪は乱れている。だがその顔つきはどこか晴れやかなもので、最初の面接の時よりもいくらか好感が持てる。

 

「どうですかリューク。全てをかなぐり捨てて戦った気分は?」


 レイシアは汚れた砂に膝をつき、リュークの汗をぬぐいながら笑う。

 

「そうですね。……こういうのも悪くない。」


 今のリュークには身分や立場など関係ないのだろう。

 王女の御前で仰向けになるなど不敬罪にあたるのだろうが、今のリュークはその醜態を受け入れている様子だ。


 うん……こいつの今後の成長を促すことはできたかもしれないな。

 汗を拭き終え立ち上がるレイシア。


「お疲れ様です。アゼル先生」


「ああ。流石に今日は疲れたよ。」


「はい減点です。」


「は?」


「当然です。まだ一応面接中なんですから。」


「本当に容赦ないのな。」


「面接官ですから。」


「はしゃぐなよ。それで? 俺は合格か?」


 すまないがレイシア。俺が聞きたいのはそこなんだ。


 正直、気善に振舞ったいるが心臓が飛び出そうなほど緊張してるよ今!


 頼む愛弟子よ、俺を早く楽にさせてくれ。


「そうですね。私個人としては通過といいたいところですが……。」


 ん、通過?その前に何だ。俺はまだ確定合格じゃないのか?


 レイシアは言葉を濁らせながら、観客席の方へと視線を向けた。


 なるほど……。試験官はレイシア以外にもいたことを忘れていた。


「よろしいですね? ガイウス郷?」


 最初は虫けら程度の興味しか示していなかった学院長様だったが、どうやら少しは関心を持ってくれたらしい。


 だが依然として見下したような顔つきはそのまんまだ。


 実は言うと、何年か前にもこいつとは面識があるんだなこれが。エルフの血が流れているため、容姿にはほとんどの変化がないが、その興味なさげな眼だけは変わらない。


「君に一つ質問しよう。」


 そう重々しくガイウスは立ち上がると、口を開いた。

 

「君はこの学院に何をもたらす?」


 ……そんなことを聞かれても知らんけど。

 死刑になりたくないから志望しましたともいえないしどうしたものか。


 俺は深く息を吸い、吐き出す。頭を巡らせ考えていると隣から視線を感じた。


 レイシア、頼むからそんな目で見ないでくれ。お前の望み通り、優等生のように返答するよ。


 ……こんな時アイツらならなんて言うだろうな。


 ハクア。やっぱお前の生き様みたいに、俺も馬鹿をしてみるよ。


「試験受けたよ。流石は王国一の名門って感じだった。正直問題はさっぱり分からなかったしな。」


 レイシア、そう驚いた顔をするな。

 分かっている。この答えは悪手だ。もっと楽な立ち回りがある事も理解している。


 それでも……俺は続けた。


「でもさ。俺の隣に座ってた奴がさ、馬鹿正直にあの理不尽な問題を解き切ってたんだよ。たぶん相当努力したんだろうなって思った。」


 俺は知っている。一度はその子の頑張りを踏みにじるようなことをしてしまったからな。


 ペンだこのできたあの子の手は、間違いなく不正を嫌う真っ当な生き方をしてきた証拠だろう。


 だから俺はあの子から盗み見てしまったあの問題を消したんだ。


 なあクゥ。やっぱりあの選択は間違いじゃなかったよ。


「まあ何が言いたいのかって話だが……。」


 レイシア。親友も、あの馬鹿リーダーも、権力に抗い続けた俺の仲間達ならきっとさ。正面切ってこう言ったはずなんだよ。


「知ってんだろお前も……。不正だらけだってこと。」


 ごめんなレイシア。一緒に茨の道を歩んでくれ。俺はただ、あいつらの影を追うだけだ。


「真面目な奴が馬鹿みるような教育機関なんて、クソくらえってんだよ、学院長様。」


 啖呵は切った。喧嘩も売ってやった。

 さあどう出る。『アルス』の称号を持つ者よ。


 その答えは……。

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