第7話 eスポーツ部

 陸にとって日本での三日目の授業が終わると、千代は最後の授業である英語の教師と黒板の前で何か話し込んでいた。教科書を持ってのやりとりなので、学級委員の仕事というより、授業中の疑問を確認しているのかもしれない。

eスポーツの部活見学に行くチャンスと思った陸は、急いで荷物を鞄に詰めると、ある生徒の後を追った。陸と同じクラスで唯一のeスポーツ部員、のはずだ。まだ彼とは話をしたことがないが、放課中に聞こえた会話で彼がゲーミングPCを持っており、eスポーツの大会にも参加していることが分かった。

 彼は教室を出てすぐに鞄からヘッドフォンを取り出し、それを頭に着けた。何か音楽を聞き始めたようだ。そのため、陸がついてきていることに気付かない。彼は渡り廊下を使って別の棟へ移動し、その三階にある教室に入っていった。ここがeスポーツ部の活動を行っている部屋なのだろう。陸は期待に胸膨らませながら目の前で閉まった戸に手を掛けた。

 教室の中にはすでに10名ほどの生徒がいた。皆で机の上の何かを囲んで見ていたが、一斉に顔を上げ、陸を見た。

「服部君じゃないか。うちの《会》に入りたいのかい」

 陸のクラスメイトがすぐに話しかけてくれた。

「そうなんです。僕もゲームが好きなので」

「おっ、いいね。どんなゲームが好きなんだい」

「ウイイレやAPEXです」

「APEXはいいとして、ウイイレって、サッカーのゲームだよね」

「スポーツゲームはやらないのですか」

「やらないというか。ちなみにウイイレだと押しのとかいるのかい」

(日本だと、ゲーム内であれば、チームや選手もキャラというのかな)

陸なりに質問を解釈して、

「クラブチームだと、アーセナルです。選手であれば、スイス代表のジャカが好きです」

 陸のクラスメイトだけでなく、ほかの生徒たちも皆鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている

「ごめん。サッカーの選手はよく知らないんだけど、マスコットやナビゲーター的なキャラはいないのかい」

質問の意図が分からず陸が戸惑っていると、

「その、ジャカは男子キャラだよね。かっこいいのかい」

 別の生徒が聞いてきた。

「プレースタイルが好きです。少し激しいですけれど」

 生徒たちが額を寄せ合って、ひそひそ話し始め、すぐにその輪が解かれた。

「APEXで好きなキャラクターは誰だい。レイスかな」

 尋ねてきたのは、三年生だった。夏を過ぎても、運動部でないのでまだ引退していない。

「いえ、レイスは使わないです。オクタンを使っています」

「まあ、オクタン使うのは分かるけれど、そうだとすると、うちの部はあまり合わないかもしれないね」

「えっ、どうしてですか。使うキャラクターが影響するのですか」

「せめて女性キャラ押しなら可能性はあるんだけど」

 訳が分からず困惑顔の陸に、陸のクラスメイトが最初から感じていた疑問を陸にぶつけた。 

「うちらが何の《会》か分かってるかい」

「eスポーツ部ですよね」

「ああ、やっぱり誤解してたか」

 皆顔を見合わせて頷いた。

「誤解って」

「うちらは、アニメ同好会だよ」

「あにめどうこうかい」

「そう。もちろんゲームキャラもOKなんだけれど、アニメやコミック、ゲームの、分かりやすく言うと、美少女キャラを愛でる集まりなんだ。もちろん、イケメンキャラもありだけどね」

教室にいるのは全員男子生徒であった。

「ゲームはしないのですか」

「皆ゲーム好きでもあるけれど、eスポーツレベルまでやるかは個人次第」

 三年生が申し訳なさそうに答える。

「ここではアニメやゲームを論評したり、二次創作したり、キャラクターのフィギュアの出来栄えを話したりしているんだよ」

 陸のクラスメイトが活動内容を説明してくれた。自らの勘違いにうなだれる陸に、

「eスポーツ部は、去年休部になったんだよ」

 三年生が残念そうに教えてくれた。

「きゅうぶって、活動停止ということですか。なぜなんですか」

「みんな一生懸命やりすぎて、学業どころか、日常生活にも支障をきたすほどだったんだ」

「ゲームのやりすぎで、休部、ですか」

 陸が呆然としながらつぶやいた。

「そう。部活だからと、いつまでもゲームばかりしていたから、部員たちの保護者からクレームがあったんだよな」

 アニメ同好会とeスポーツ部を兼部していた生徒も何名かおり、ばつが悪そうにしている。

「高校のホームページにはまだ載っていました」

 陸はどうしても納得がいかず、日本に来る前に調べたことを伝えた。

「そんな事情で休部になったとは、校内の関係者以外には言えないので、形としてはeスポーツ部は存続しているはず。それでホームページには残したんじゃないか」

 陸はがっくり肩を落としてアニメ同好会の教室を出た。

 今日はこのまま家に帰ろうかとも思ったが、それではもやもやした気分が晴れないので、サッカー部の練習に参加することにした。


 今日は体育の授業があったので、陸は体操着に着替え、校庭のサッカー部の練習エリアに向かった。グランドの小さい半蔵門高校は300Mトラックの内側を、サッカー部とラグビー部が半分ずつ分け合って使用している。しかも、一日おきに野球部と陸上部にグランドを譲る必要もある。その上、サッカー部に至っては、その割り当てられたスペースを男子と女子で共用しているため、ゴール前に集まった男女総勢四十名の部員にはかなり手狭な環境であった。

陸を見つけた男子サッカー部のマネージャーがボール回しやリフティングをして練習開始を待つ部員たちに呼びかけた。

「一昨日に練習見学に来てくれたから、もう知っていると思うけれど、今日から正式にサッカー部に入部してくれた服部くんです」

 顧問から陸の入部を伝えられていたマネージャーの春日が陸を紹介する。

「1年の服部陸です。改めまして、よろしくお願いします」

声を張りすぎない程度に初々しく挨拶をした。陸の事前の研究では、受け狙いで面白いことを言うのがよい、とか、つかみは印象に残るコメントで、などとネットの記事では勧められていたが、陸の性格には合わない。すでに一昨日の練習見学で披露した蹴鞠の芸で十分にインパクトを残してしまっている。なんでも祖父に助言を求めることは極力避けたい陸であったが、蹴鞠騒動もあったので、挨拶の仕方を相談し、教えられたとおりにしてみた。

 女子部員からは黄色い声援とともに大きな拍手が、男子部員からは、

「スイスからの助っ人」

「蹴鞠職人」

そんな声が掛けられた。

 陸の正面にはいつの間にか千代が来ており、二人の目が合う。千代が親指を立ててサムアップしてくれた。「サッカー部に歓迎」と「挨拶は大丈夫だったよ」という意味が込められていた。教室での千代と少しキャラクターが違う印象もあるが、陸のことをいつも気にかけてくれることには変わりない。

 そこから部員たちが男女に分かれていく。男子が十五名、女子が二十五名で女子の方が多い。

 見学した初日よりも多いこの人数でどうやって練習するかと不安に感じた陸だったが、それは杞憂に終わった。女子部員たちは、並んでランニングに出かけた。

「女子の方は皇居の周りを走ってくるのよ」

 春日が説明してくれた。

「男子はいかないのですか」

「そう、男子はみんな走るの好きじゃないみたい」

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