第9話 不純な成り上がり志望
「わらひが成り上がってエルフの里なんかぶっ潰ひてやりますよ!」
このエルフ。真昼間からめちゃくちゃに酔っている。
泣きながら帰ってきたフィーナの言う「エルフの追放処分」というものがどれほど重いものか俺には想像がつかなかった。そして彼女があまりにも泣くので流石のフィーナ相手でも不憫になり飯でも奢って話を聞こうとしたのが悪手だった。
そして宿屋の一階でフィーナはランドタートル討伐報酬の残りを遣い、ありったけの酒を飲んで飲んで飲みまくった。
聞くところによるとフィーナの領主殺害容疑でエルフの里は騒然となり、彼女が勇者の鎧探索に費やした五十年間の全てが調査されたという。
毒耐性の低い冒険者を薬で耐性を上げさせ毒沼に放り込んだり、個人でギルドより安く雇った冒険者の差額で飲み歩いたり、五十年もの間一日働くと三日休むといった所業の全てが明らかになり、満場一致で追放が認められたという。
「そもそもケントさんがパスカルのおっさんを殺さなきゃ全部バレずに済んだんじゃないれすかぁ!」
「その話題は大声で言わないで欲しいのと、仕事は真面目にした方がいいってことだよねえ」
「わらひが成り上がる手伝いをケントさんにもしてもらいますからねえ! わらひが口利きしないとその装備だって外れないんれすから!」
困ったことになった。フィーナを上手いこと誘導しなければ「成り上がる」まで彼女に振り回されることになるだろう。このエルフ、一度言ったら聞かないところがある。
でもこのダメエルフを切り捨てるわけにはいかない。俺が呪いの装備と呼ぶこの「勇者の装備」を外してもらわないと、仮に現世に帰る方法を見つけても一生鎧装備のままだ。就活とかも鎧でするんか。いくら服装自由でも無理があるだろ。
「ちなみにフィーナさん。成り上がるとは具体的にどんな手段で?」
「一番手っ取り早いのは『冒険者協会』のAA級か、特A級の冒険者に上り詰めることれす。ここまで上り詰めればわらひたちのことをバカにできる存在なんていませんよ。彼らの実力は人外どころか災害レベルれすからあ!」
「はあ。それでその後はどうなされるのですか? 地元に凱旋して見返すとか……?」
それを聞くとフィーナはけひゃひゃと異形の鳴き声のような笑い方をし、立ち上がって俺に宣言した。
「燃やすんれすよぉ! あの腐れた里をおおお! けひゃ! けひゃひゃひゃ!」
「白騎士チョップ!」
暴走を始めたフィーナの首元を手刀で打つ。そして崩れ落ちるフィーナを支え、椅子に戻す。周囲の視線が痛い。
エルフがエルフの里を燃やすってなんだよ。悲しき過去を持った復讐者か。こいつの場合全部自業自得だけど。
「すいませんお会計お願いします」
「いででで……」
翌朝フィーナが頭を抱えている。二日酔いだろうか。俺を金欠にするくらい飲んだんだからそのくらいの痛い目を見てもらわないと困る。恨むなら昨日の自分を恨め。
「ううーん……
そう唱えるとフィーナはすっくと立ち上がる。アレって二日酔いにも効くの? まあアルコールはどっちかといえば毒の部類だと思うけどさあ。
「行きますよケント! 冒険者ギルドに!」
「忘れてなかったんだあ、その話。でももう里を燃やすとかそういうのはやめてね」
一階の食堂兼酒場に下りると相変わらず周囲の視線が痛い。自分がどれほどの醜態を晒したのかを忘れたか、あの程度気にしない精神なのかは知らないが、フィーナは平然と朝食に手を付ける。
朝食を互いに口に運びながら今後の展望についてフィーナから話を受ける。
「いいですか? 私は成り上がりのために冒険者ギルドに入会します。ケントさんにもメリットはありますから手伝ってください」
「メリットって……?」
気になったことは全てその場で確認しなければならない。それがフィーナとやっていく上でのルールだ。
「冒険者としてランクが上がれば上がるほど、この世界に集積された色々な情報を閲覧することができます。始めは『薬草と毒草の見分け方』くらいでしょうけど」
そしてフィーナは俺の耳元で小声で言った。
「やがては異世界転移の情報についても何か得られるかもしれません」
なるほど。何者かにより転移者狩りが行われているという現状では大っぴらに情報を集めることはできないし、公的機関っぽい場所で閲覧できるという情報なら出所としては信頼できる。
しかし今まで様々な転移者がいたというのに、それに関しての情報がフィーナとの会話以外から余り出てこないのはどういうことなのだろうか? 転移者狩りの変な集団がいるから大っぴらに話せないのか?
「とはいえ一定のランクの情報を自由に情報を閲覧できるまでにどれだけかかるんだ? それに俺。身分証ないぞ」
「身分証に関しては問題ありません。私が偽造します」
「問題あるよ」
当たり前のように犯罪行為の実行を宣言するな。ギルドで作れるって聞いたしそうするよ。
「ランクについては? ちまちま小物を狩って最初から上げていくつもりか?」
「それも問題ありません。私たち、ペアで災害級を倒したんですよ? 少なく見積もってもA級からのスタートで間違いないでしょう」
「はい。身分証の作成と冒険者ギルドのメンバー登録が完了しました。お二人ともFランク冒険者からのスタートになります」
「ええ!?」
「私たち、ランドタートルを二人だけで倒してるんですよ!?」
そう詰め寄られた受付嬢は迷惑そうに顔を歪める。
「規則ですから」
このような自称腕自慢が「ランクを上げろ」と恫喝してくることもあるのだろう。受付嬢の対応は手慣れたものだ。
「災害級を倒したということは私たちだって災害のようなものですからね! A級スタートでもおかしくないでしょう! このままならどんなことが起きても知りませんよ!」
その様子をギルドに仕事を受けに来ている者たちは笑わないように神妙な顔をしている。俺たちが本当に災害級のモンスターを倒したことを知っているからだ。いいよ笑って。おバカさんなのでこの娘。
「それ以上騒ぎを起こすようであればあなたのメンバー資格を剥奪します。それでもよろしければ続けてください」
「くぅ~……」
そして俺たちが始めて受注した依頼は「薬草収集」だった。
詰まるところ草むしりである。
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