第4話 ベルゼスンの領主パスカル

 夜通しフィーナを担いだ強行軍ではあったが、朝にはそのベルゼスンとやらの門にたどり着くことができた。


 フィーナの重みは感じるがやはり身体が疲れる様子がない。この「健康体」スキルって意外と便利なのかもしれない。聖剣……ではなく毒剣EX狩刃エクスカリバーを手に入れた俺としてはやっぱり「剣聖」とかがよかったけど。


 朝早くから槍を手にした門番が警備をしている。転移してから毒沼しか知らない俺はやっと人類の文明的なものに触れることができて少し感動する。


 すると門番がフィーナを見て嫌なものでも見たかのような反応をした。


「げえっ! 『毒沼送り』のフィーナ!」


「これ以上あの危険なスカウト行為を繰り返すなら領主様に突き出すからな!」


 門番のAとBが同時に騒ぎ立てる。「毒沼送り」って酷い二つ名だな。


「違いますぅ〜! 私が毒沼に送り込んだ冒険者とはキチンと契約を交わしていますし、死者だって出してないんですから!」


「当たり前だ!」


 門番たちが同時に言う。そりゃそうだ。


「で? お前は通行証を持ってるとして、そこの立派な鎧のお方は?」


 どうしよう。通行証の話なんか知らなかった。フィーナの方を見ると今まで忘れていたかのような顔をして挙動不審になっている。


 門番たちは怪しむようにフィーナを見ている。この様子だとこのエルフは今までろくなことをしてこなかったのだろう。


「お二方、ちょっと話を聞かせてもらおうか?」


「勇者様! 勇者様が戻られたぞー!」


 視界の端に映っていた老人が杖を放り出して叫び出す。俺の鎧とEX狩刃エクスカリバーを見て反応したのだろうか。足踏みをしながら四方に同じ言葉を叫んでいる。興奮しすぎて倒れないか心配。


「勇者様?」


「五十年前のあの?」


「そういえば鎧がうちの爺さんの言ってた特徴と似てるなあ」


 門周辺がざわつく。門番たちも顔を見合わせる。


「失礼ですが、貴方様は『あの』勇者様なのですか?」


 門番の一人が声をかけてくる。フィーナは「話を合わせろ」と刺々しい視線を送ってくる。


「ええと、毒沼から来ました勇者の鎧に選ばれし者です……」


 嘘ではない。嘘では。


「それは失礼しました! すぐに領主様のところまでご案内したします!」


 信じてくれた。フィーナは小さくガッツポーズをしている。お前のせいだろぶっ飛ばすぞ。


「では至急馬をご用意いたしますので」


「徒歩で結構」


 乗れないしね。


 というわけで領主宅まで案内されることとなった。とはいえフィーナは何が目的なのだろうか。エルフと連絡を取るのではなかったのか。


「やっぱり顔が違ったわ」


 先ほどまで大騒ぎしていた老人がぼそりと漏らす。それあんまり大きな声で言わんといて。




 しばらく石造りの家の続くどことなく垢抜けない街並みを歩くと、周りの建物とは異なる奇麗な屋敷が目に入る。あれが領主の家なのだろうか。それを見てフィーナが小声でぼやく。


「もう……馬でも借りればよかったんですよ……! めっちゃ歩くじゃないですか……!」


「乗ったことないし。馬。『ガワだけ勇者』がバレるだろ。それにいいのか? 今のお前は一応従者だぞ、おい」


「くぅ~っ」


 フィーナがその美貌を歪ませる。性格が顔に出るっていうのは少なくともエルフには適用されないようだ。というかこんな性格だから毒沼の任務なんかに駆り出されたんじゃないのか?


 聞けば露出の多いこの服装も「毒耐性」スキルを持つ冒険者を色仕掛けで毒沼に送り込む作戦の一環だったらしい。人の心とかないんか? いやエルフだったわ。


 屋敷に着くと中年の小太り男が門の前で出迎えていた。


「おお! 勇者様! 長いお勤めご苦労様でした! 私はこの街周辺を治める領主のパスカルと申します。先代から子守唄のようにあなたのご活躍を聞かされておりましたとも! ……くっさ」


 今くっさって言った。しょうがないじゃん。毒沼に浸かってたんだから。


 あっ。今握手しようとした手を引っ込めたぞこいつ。そういうの意外とバレるからな。


「私は従者のフィーナと申します。詳細は中でお話しましょう」


 フィーナからはあまり喋るなと言われていた。五十年前の話なんか知らないし。下手にケントとか名乗ると大変なことになりそうだ。


 パンやスープ、肉などが用意された部屋に通され、会食を始める俺たち。と言っても話すのはほとんどフィーナ。


「して、勇者様。五十年もの間どうなされていたので?」


 フィーナから目配せがあった。話せという合図だ。


「……ヴェノムドラゴンの死に際の毒に侵された私は、長い間昏睡してしまったのだ。だが五十年も時が流れているとは思ってもいなかった。討伐の報を届けられず、余計な心配もかけただろう」


 今俺めっちゃ勇者! すごい勇者してる!


「とんでもありません! 毒沼の影響で魔物自体も減りましたし、ヴェノムドラゴンは無事討伐されていたと先代共々信じておりましたとも!」


「それでは、ヴェノムドラゴン討伐の報酬はいかがなされるのでしょうか?」


「当然精一杯のお礼をさせていただきます! ちょうど空き家もありますので。ここを訪れる際には好きにお使いください!」


 このエルフ。これが目当てだったのか。じゃなきゃ俺の従者役で領主と会食なんかしないよなあ~。性格的に。


「勇者様にお見せしたいものがあるのですが、いかがですか?」


「うむ。参ろう」


 フィーナと通されたのは壁を埋め尽くすほど刀剣が飾られた部屋。


「これは……」


「素晴らしいでしょう!? 父と共に集めた逸品の数々! そして……」


 パスカルは俺が腰に差しているEX狩刃エクスカリバーを見つめている。


「無理を承知で申し上げます。その聖剣。私に売っていただけませんか?」


「売りましょう!」


 フィーナが即答した。お前が決めるな。


 あまりに物騒なので俺もどう処分するか困っていた物だったが、こんなに危険な物を野放しにしていいのかとベルトから外したところで逡巡する。


 すると半ば強引にパスカルがEX狩刃エクスカリバーを奪う。


 その瞬間。


「ヴォエ!」


 パスカルは目、耳、鼻。それ以外の穴という穴から謎の液体を流して倒れた。


「わー! 何!? 食べ過ぎた?」


 あ、もしかしてこれが毒剣だったから? もしかしてこれ……殺人?


 え? この事態は流石の俺も「ああまたか」とは流せない。


 物音を聞きつけて衛兵が飛び込んでくる。


「領主様!」


「勇者様、ご乱心か!?」


「増援を呼べー!」


 俺もパスカルの手から手元に飛び込んできたEX狩刃エクスカリバーを抜刀する。解放のために「エクスカリバー」と叫んだことが余計に衛兵を刺激し、一触即発の空気になる。


「なにが起こってるんですかー!?」


「わり、言い忘れてたわ。あたし、毒剣だから『毒無効』レベルのスキルがないと装備できねんだ」


 唐突にEX狩刃エクスカリバーから前回同様に声がする。


「はよ言えや! え、じゃあ俺は?」


「あんたはほら『健康体』だからさ」


「そうなの!?」


 目の前の衛兵は三人。それぞれ槍で武装している。だがこの毒剣EX狩刃エクスカリバー、通常の兵士なら殴り付けただけで死ぬだろう。毒で。かといって武術の素人の俺が簡単に制圧できる相手とも思えない。


 こちらには戦闘力のないフィーナがいる。一応共犯である以上彼女も守らなければならない。


 あちらを立てればこちらが立たず。ある意味絶対絶命に思える状況だった。

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