第3話 毒剣エクスカリバー

「ええ! 外れないんですかその鎧!? えええ!? ハア!?」


 突然フィーナに大声でまくし立てられて頭がガンガンする。


「言ったじゃないですか。試しに籠手を着けようとしたら全身に鎧が引っ付いたって」


「試しに! 装備を! するなーっ!」


 思わず敬語になる俺。いや、フリーの鎧があれば身に着けてみたくなるだろ。男の子だぞ。いい感じの木の棒で盛り上がれるんだぞ。


【麻痺】パラライズ!」


 フィーナが俺を指さして何か叫ぶ。が、こそばゆい感覚がするだけだ。


「ケントさんが『健康体』だから状態異常が効かないのですね! こうなったら!」


 フィーナが自らの手で俺の鎧を引き剥がそうと格闘戦の姿勢に移る。


 だが個人的には「呪いの装備」の勇者装備一式を身に着けた俺の敵ではない。そして攻撃を繰り出すごとに激しく主張してくるものがある。胸だ。エルフの風習なのかは知らないが、フィーナは露出の多い服装をしている。


「返して! くだ! さい!」


 フィーナは激しく俺の体を揺さぶる。その揺れと共に豊満な果実も揺れる。目のやり場に困る。が、ちょっと見る。


「それを里に戻さないと、今まで必要経費として巻き上げていた仕送りの返済義務が! あー! 追放されるのは嫌ですー!」


「そういうのは返そうよ」


「ケントさんが返すんです!」


 平行線のまま大騒ぎをしていると、いつの間にか無数の視線に囲まれているのを感じる。


 殺気? 転移者基本ギフトに探知能力でも入っていたのか、勇者の鎧の影響か?


「レッドウルフです……!」


「強いの?」


「いや弱いです。森にはグリーンウルフがいるので、わざわざ森に住むレッドウルフは縄張り争いに負けて移り住んだ弱い群れですね」


 ギリギリと指に力を込め俺の籠手を奪おうとしながら冷静に解説するフィーナ。


 赤い毛並みと闇に光る眼が特徴的な狼たちが、森から次々と現れる。


 他の狼より一回り大きな、眼に傷のある片目の一匹が唸りながら俺に近寄ってくる。リーダー格の様子。


「どうするの、これ」


 とりあえずフィーナに聞いてみる。だって野犬に出くわしたことすらないし。公園でデカい飼い犬に追いかけられたことならあるけど。


「スパっと無敵勇者のエクスカリバーでやっつけてくださいよ。これじゃ私の出る幕はありませんね!」


「戦闘が苦手なんだろ」


「うぐぅ……!」


 さっきの取っ組み合いでわかった。フィーナは直接的な戦闘力が低いということ。まあ弓と魔法がイメージのエルフに剛腕怪力個体なんて基本いなさそう。


 飛び掛かる片目の狼!


 そして俺は抜刀……あれ、抜けない。


 あっという間に狼にのしかかられてしまう、首筋をガブガブやられているが全く痛みがない。流石勇者の鎧。なんともないぜ!


「なにやってんですかー!? 聖剣を解放するなら名を唱えないと!」


「最初から言ってよ!」


「鎧泥棒に教えることなんかないですよーだ!」


 俺は片目の狼を難なく押しのけ、絶叫する。


「エクスカリバー!」


 何も起こらない。そういうの恥ずかしいからやめてよ。


「正式な『刃命』じんめいで呼ばないと!」


 何それ。「じんめい」? 初心者に専門用語を浴びせるの、やめてもらえませんか?


 既に俺は狼の群れに囲まれ腕や脚に食らいつかれているが、ダメージがないので抜刀を目標にまじまじと剣の鞘を見つめる。


 ん? なんだこれ「EX狩刃」……?


 鞘に文字が刻んである。何故漢字?


 それにこれで「エクスカリバー」って読むの……?


 ダサっ。


「……『EX狩刃』エクスカリバー


 不発だと恥ずかしいので小声で唱える。


 一閃。


 解き放たれた煌めく刃が、俺に食らいつく狼たちの首を全て刎ね飛ばしていた。


 すると俺の身体は剣に突き動かされるように、逃げ回る狼たちを斬って斬って斬って回った。これ、暴走では?


 驚いて俺は少しでもヒントを得ようと狼を切り刻む方とは逆の手で鞘を見る。


 そして驚愕した。


 そこに赤く発光していたのは「殲滅形態」の四文字。


「ちょっと! ケントさん! もう止めて、止めて! あとこっちには来ないでくださーい!」


 背後でフィーナが叫んでいる。俺も必死で言葉を紡ぐ。


「『殲滅形態終了』『殲滅形態ストップ』『殲滅形態止め方』『殲滅形態停止』……」


 思いつく限りの言葉で殲滅形態を止めようとする俺。困ったときは総当たりだ。


「なんだ。新しいご主人は皆殺しがお好きじゃないのかい? ならこの辺にしておいてやるさ」


 謎の女の声が脳裏に響くと「殲滅形態」の文字は消え、「待機状態」の青い字に変化する。


「なんですかそのバカ危ない剣は!? 本当に聖剣なんですか!?」


「え……知らないし。『EX狩刃』エクスカリバーでやっつけろって言ったのはそっちじゃん」


 こんな暴れ馬が聖剣とはどういうことだ。しかも自律した意思すら持っているように思える。


「と、に、か、く! 鎧は返してもらいますからね! まずは近くの町へ行って解呪のできるエルフと合流する準備をします! ケントさんもレッドウルフの素材を少しでも集めて解呪代の足しにしてください……って何これえ!」


「何これって……何これえ!」


 今しがた斬ったレッドウルフの死体が泡を立てて溶けていく。まるで薬物でも浴びせられたみたいに。


「これじゃ素材にならないじゃないですか!」


「え、こわ。こんな剣持ってられんわ」


 すると「刃命」じんめいを呼んでもいないのに「EX狩刃」エクスカリバーが鞘から飛び出し俺の手に収まる。


「おうおう! 言ってくれるじゃんか! そこのエルフの姉ちゃんが煽るから全力を見せてやったのにさ!」


「えええ!?」


 このエルフ、さっきから驚いてばかりだな。


「確かにあたしは聖剣だったさ! だがな、五十年もあんな毒沼に放置されてみろ! 毒属性が付与されて当然ってもんだろ!」


「じゃあ。これって聖剣じゃなくて毒剣ってこと?」


「そういうこった。まあ取り扱いには注意してくれよな!」


 やだよ。人を斬るのもだけど、斬った相手が溶けてくのなんて。


 城下町とやらでさっさとこの鎧を外して、この物騒な剣も売り払いたい。


 礼金くらいもらえるだろうし。元の世界に帰る手段を探すのはそれからでもいい。せっかく健康になったんだしな。


 俺はそう考えてフィーナに同行することにした。

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