第10話

 そして、この日を境にアリシアとヨハンの婚約破棄騒動が起きることになった。しかし、どうにも2人は嘘をつくことに向いていない。


「アリシア・ラングハイム!!不幸を呼び寄せる女め!今日という今日はもう限界だ!!君との婚約を破棄する!!」


 婚約破棄騒動開始からちょうど4年経った10回目の婚約破棄騒動でもそうだった。

 1回目よりも見えるものになったとはいえ、彼の叫ぶセリフはロマンス小説のヒーローの台詞をそのまま引用しているし、表情も地味に作れていない。今にも泣きそうな引き攣った顔でカンペを見つめながら無表情のアリシアを罵っていた。


「承知いたしましたの、ヨハンさま」

「婚約破棄をされても涙ひとつ見せないとは本当に不気味な女だ!!さっさと出ていけ!この不幸王女!!」

「………不幸王女………………、言いえて妙なの」


 どうにもアリシアの胸にセリフが響いていないことに気がついたヨハンが必死に探し出した罵倒すらも、アリシアは納得するように聞いているだけだった。


「そういうのはどうでもいいから、ササっと出て行ってくれ!!もう限界なんだ!!(君を罵ることが………!!)」


 そう言ったヨハンにアリシアは頷いた。

 けれど、その無表情は心配に揺れている。アリシアが巻き込んだ不幸に対して申し訳なさそうにしている。ヨハンは、その不運を被っているのにも関わらず。


「ちゃんと分かっているの。それにしても、毎度のことながらものすごい汚れ方なの」

「誰のせいだと……!!」

「シアのせいだと思うの」

「分かっているなら、さっさと僕から離れてくれっ!!(君のドレスをよごしてしまう………)」


 茶番劇のような棒読みのヨハンのセリフに、けれど次の瞬間アリシアの雰囲気が揺れる。


「あ、ヨハン、そこに立ったら危ないの」

「………は?」


 アリシアの言葉にヨハンが眉を顰めて首を傾げる。

 そんなヨハンの反応を無視して、無表情のままのアリシアは彼の腕を自分の方にぐいっと引っ張った。

 次の瞬間、ヨハンの真上にぶら下がっていたシャンデリアがぎいぃっと嫌な音を立て、そして、シャンデリアを支えていたチェーンが切れた。


「ーーーぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ガラスが割れる激しい音を立てながら、王城の中央を飾る大きなシャンデリアがヨハンが先程までいた位置で砕け散る。

 毎日のようにアリシアのせいで不運に見舞われているのにも関わらず、いまだに不運に襲われるたびに大きな叫び声をあげて恐れている。怖いのならば、アリシアを捨てればいいのに、彼はアリシアのことを捨て切ってくれない。


「大丈夫なの?ヨハン義兄さま」

「これが大丈夫に見えるか!?(ガラスで君が怪我をしたらどうするんだ!!)」

「怪我はしていないから大丈夫なの」

「そういう問題じゃ、なあああぁぁぁぁぁあああい!!」


 きぃんと耳にこだまする叫びに、アリシアは眉を顰める。


「じゃあ、どういう問題なの?」

「こういう問題だよ!こんの!馬鹿義妹アリシア!!(君が怪我をしたら、僕はガラス職人を皆殺しにしてしまう)」


 彼はもう1度叫び声をあげて、そしてはぁはぁと肩で息をする。


(なんだかとってもお疲れなの)


 ヨハンは息を整えるとぐしゃっと髪をかき上げて泣きそうな表情になった。とってもド下手に演技で行っていた意地悪な婚約者の顔は、あっという間に剥がれ落ちる。


「………もう、ーーもう無理だよ、アリシア。僕は君を捨てられない」

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