第8話

▫︎◇▫︎


 次にアリシアが目覚めたのは1週間後の出来事だった。


 目が覚めた瞬間琥珀の瞳に映ったのはこれでもかというほどに顔面に迫ったヨハンの顔だった。碧の瞳にお顔がぶつかりそうなくらいすぐ近くで見つめられて、アリシアはぱちぱちと瞬きする。


「僕は怒っている、アリシア。分かるか?」

「………?」


 怒っている人はこんな切ない瞳をしないと口にしかけて、けれど今は軽口を言っていい場面ではないと気がついたアリシアはぐっとくちびるを結んだ。


「ーーー僕は僕の意思で君のそばにいる。君に飽きたら、その時は僕から君を捨てる。だから、君は僕の言うことを聞いていればいい」


 真っ直ぐな瞳に射抜かれて、アリシアはため息をついた。


「………死んでもしらないの」

「あぁ」

「………ケガしてもしらないの」

「あぁ」

「………不運になってもしらないの」

「分かっている」

「………………捨てるときはこっぴどくぼろぼろにすててほしいの」

「ーーー分かった」

「………………………あと、シアに好きなひとができたらこんやくしゃじゃなくなってほしいの」

「はい?」

「分かってくれてなによりなの」


 アリシアはそう言って、ヨハンの前で、そして人生で初めて微笑んだ。

 花が綻ぶようにふわっと口元が緩んで、垂れ目な琥珀の瞳がなおのこと下に下がる。

 その笑みに、雰囲気に、声に、身体に、ありとあらゆる彼女という生き物に、ヨハンの意識は飲み込まれる。


「やくそくなの。ヨハンさま」


 そう言って小指を差し出したアリシアに、ヨハンは小指を絡めてしまった。

 あまりにも自然で、あまりにも違和感のない出来事であった。

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