第6話

 アリシアは数日間うなされていた。

 身体中どこもかしこも熱くて痛くて苦しい。蹴られるのよりは痛くない。踏まれるのよりも苦しくない。でも、熱いのが辛かった。普段味わうことのなかった苦痛に苛まれて、アリシアはぐっと顔を顰める。


「ーーーアリ、」


 わずかに意識が覚醒する瞬間には、いつもヨハンがいた。


(うざいの。いらないの………)


 口を開こうにも開けないし、耳は周囲の音を拾わない。


 何度も何度も目覚めては眠ってを繰り返して、やがてアリシアの意識はしっかりと覚醒した。


「あ!おはようございます!お嬢さま!!待っていてください!今、お坊ちゃまを………!!」


 メイドが大きな声をあげてバタバタ走ってどこかに行ってしまう。


「不幸、なの………、」


 口の中が渇いて苦しかったからお水を貰おうと思ったのに、どこかに行かれてしまうなんて思いもしなかった。声が掠れてしまっているアリシアは、生まれて初めて寝っ転がった大きな可愛らしいパステルピンクのベッドからひらりと飛び降りて、井戸を探す。

 けれど、お部屋の中にはもちろん井戸なんてものはない。


(喉が渇いたの………)


 ゆらゆら覚束ない足取りで歩いていると、ガチャっと扉が開かれた。


「アリシア!!」


 耳がキーンとするような叫び声に、アリシアはビクッと身体を震わせてから少しだけ不機嫌そうな無表情で無遠慮に乙女のお部屋に侵入したヨハンを見つめる。


「………………」

「おはよう、アリシア」

「………おはようなの、ヨハン」

「そこはヨハンお義兄さまだ」


 ぺちっとデコピンをされたアリシアは不機嫌さマックスで垂れ目な琥珀の瞳をわずかに細めてくちびるを舐める。


「………ヨハン、にーさま」

「あぁ!」


 嬉しそうに破顔した彼にアリシアは果実水をもらった。

 身体中の怪我には丁寧な治療が施されているらしく、全身から草の匂いがしたし、包帯が巻かれていた。アリシアはその事実に不思議そうに首を傾げてから、くんくんと自分の腕の匂いを嗅ぐ。


「………葉っぱのにおいがするの。やなの」

「文句を言うな。そのままにしてたら腕や足が腐り落ちるぞ?」

「………………それはそれでめんどーくさいの」

「だろ?」


 アリシアはそれから怪我が完治するまで草の匂いがする包帯を撒き続けた。


 食事は柔らかいスープから始まった。

 マナーも何も知らないアリシアはスプーンをグーで握り込んで食べ物を食べた。こぼさないように一生懸命に食べても、たくさんこぼしてしまったし、存外お腹に溜まってしまって、毎日お残しをしてしまった。


 ヨハンはアリシアがどんなにできない子でも文句を言わなかったし、怒らなかった。それが心地よくて、アリシアの心はぐらぐら揺れる。


 でも、その頃になってアリシアはようやく気がついた。

 ヨハンの手にいつも包帯が巻かれていることに。

 血が滲んでいることに。

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