第5話

 メイドは眠ったアリシアのことを手早く、そして迷いのない仕草でお風呂に入れた。元はこの屋敷の奥方の侍女をしていたとても優秀メイドだ。眠っている幼子を1人でお風呂に入れられないほど無能ではない。


 アリシアは5度もお風呂のお湯を溜め直さないといけないほどに、泥と垢と汗と血に塗れていた。髪もぐしゃぐしゃ絡まっていて、それに加えて無惨に切り裂かれているために、手入れするにも長さがバラバラだ。


「ん、」


 髪にも身体にもたっぷりの保湿液を塗り込み終わって息をついた瞬間、アリシアが目覚めた。

 ぼんやりと感情を持たない琥珀の瞳を見つめながら、メイドはこの子を連れて帰ってきたヨハンの言葉を思い出す。


『………王家の“被害者”たる第5王女だ。ーーー戸籍にも名前がない、な』


 この国では生まれてすぐに戸籍を作り、祝福名をもらう義務がある。


 けれど、この子はそれをしてもらっていない。それは、親に望まれず生まれ、そして捨てられた証だ。孤児でも大体は持っているこの2つは、この国で最も重要なものであり、祝福名に至っては、生まれて1ヶ月を過ぎればどう喚こうとももらえない特別な代物だ。

 この幼き王女は、一生祝福名がないという事実を持って生きなければならない。


「おはようございます、お嬢さま」


 メイドが挨拶をすると、アリシアが少し多めに瞬きをした。

 意味がわからない初めて聞く単語を耳にしたかのような反応に少し驚き、そしてメイドは納得する。


(この子は挨拶の仕方すらも習っていないのね………)

「こういう時は『おはよう』と返すのですよ、お嬢さま」

「………………」


 メイドがじっと穏やかに微笑んで見つめると、アリシアは僅かにぼーっとしたかのような表情をしたあとそのぽってりとした桜色の美しいくちびるを開く。


「………おはようなの」

「はい、おはようございます、お嬢さま」


 その後アリシアは、メイドにざんばらな髪を切ってもらった。腰より下まであった黒茶の髪はふわふわ癖っ毛のボブにしてもらった。髪も綺麗に洗ってもらったからか黒茶からチョコレート色に変化していた。

 可愛らしい水色のルームドレスを着せてもらったアリシアはその場で鏡の前に立ってくるくる回ってみて、そしてものの数秒で倒れた。


「お嬢さま!?」

「ふこう、なの………」


 ぐるぐると回る視界、はふはふと熱い呼気、明らかに熱が上がってきてしまっている。

 メイドが悲痛な叫び声を上げる声が聞こえる。

 ドタバタと地面が揺れる感覚がする。


(そん、なにしんぱいしなくても、しなない、の………)


 声にならない言葉をあげながら、アリシアの意識はどこかに行ってしまった。


▫︎◇▫︎

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