第4話

▫︎◇▫︎


「………どうしてこうなったの………………」


 クーデターが起こった日、アリシアは王家の人間と共に殺されるつもりだった。なのに、蓋を開ければあっという間にヨハンに保護され、ラングハイム家の屋敷へと連れて行かれた。

 1度もお風呂に入ったことのない身体は垢まみれで汚いし、とても臭うだろうに、彼は嫌な顔1つせずアリシアを抱き上げて運んでくれた。

 後宮では靴を履くことを許されなかったために足の裏も怪我だらけで化膿していたからその配慮は正直ありがたかったが、でも、それとこれとはやはり話が別である。


「おもいの。だめなの」

「………重くないし、駄目じゃない」

「………不幸なの………………」

「ーーー、」


 アリシアは生まれた時から常に不幸だ。


 父には知られず、母には疎まれ、王妃や側妃には死を望まれた。

 それだけならまだいい。

 なのに、アリシアはしがらみの多い王家に生まれた。王家を継ぐ資格を持つ唯一の子供になってしまった。

 そのせいで母親は殺された。顔も名前も知らないけれど、赤子の時に乱暴された嫌な怖い思い出だけがかろうじて残っている。

 今回もそうだ。死のうと思ったのに結局は生き残って、変なところに連れて行かれた。

 大きなお屋敷の扉を開けたヨハンに連れられ、アリシアは彼の腕の中で屋敷の中に入る。


「おかえりなさい、ま、ーーー坊っちゃま!?その子供は?」

「………王家の“被害者”たる第5王女だ。ーーー戸籍にも名前がない、な」


 さあっと執事の顔が青ざめた。


「戸籍がない!?そんなバカな!!戸籍は貧民街の子供ですら持っている代物ですよ!?ということは、祝福名も………、」

「ない」

「ーーーそのお嬢さまは今後このお屋敷でお世話するのですか?」

「あぁ。父上も了承済みだ。この子は僕の義妹兼婚約者になることが決定した。こうすれば旧王権派も文句は言えまい」

「そうでございますが」


 何やら難しい話をしている執事とヨハンの話を右から左に聞き流しながら、アリシアはぼーっと屋敷の中を見回した。

 真っ白な蔦模様の壁に暖かな木目調の手すりや装飾品。毛の長いカーペットは裸足で歩いても怪我をしなさそうだ。後宮よりもずっと居心地の良さそうな空間に、アリシアは瞬きする。


「シア?」

「………アリシアなの」

「ん、アリシア。それが君の名前かい?」

「ーーーじじょがつけたの。バカとかアホとかアレとかソレは可哀想だからって。正直どーでもいいの。でも、シアはシアと死んだじじょしかよんじゃダメなの」

「分かった」


 あっさり引いたヨハンに眉を無表情を向けたアリシアは、途端に彼に興味を失ったように、再びぼーっとし始めた。


「僕の名前はヨハン・ロア・ラングハイムだ。さっきも言ったが、君、アリシア・ラングハイムの義兄であり婚約者だ」

「………衣食住をしっかりしてくれたらあとはどーでもいいの。興味ないの」

「そうか」


 苦笑した彼は、アリシアにことをメイドに預ける。


「足の裏を負傷している。歩かせたくないから悪いが抱いて風呂に連れて行ってやってくれ」


 アリシアを抱いたミルクティーっぽい印象を受けるメイドはヨハンの言葉に、丁寧に頷く。


「承知いたしました。いきましょうか、アリシアお嬢さま」

「………………」


 メイドは優しく丁寧にアリシアのことを抱っこして背中や頭を優しく撫でる。ぽかぽかとした暖かさがアリシアの眠気を呼び寄せる。


「眠っていて構いませんよ。でも、その間にお風呂に入れてしまいますからね?」

「………好きにすればいいの。どーせシアの意見ははんえいされないの」


 投げやりに言ったアリシアの言葉に頷いて、メイドは彼女を寝かしつけるように優しく撫でながらお風呂場へと連れて行く。ある瞬間からふわっと体重が増した彼女は、すやすやと穏やかな寝息を立てている。

 夥しい数の傷跡を負っているアリシアの身体は普通の子供の体温と比べてもずっとずっと熱かった。


(可哀想に。これだけの怪我をして治療もしていなかったら、お熱が出るのも当然だわ)

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