第3話
くてっとアリシアの身体から力が抜ける。
同時に規則正しい寝息が聞こえてきて、少年ヨハンは目をぱちくりさせた。
(………隠密魔法を使ってたのに気づかれるなんて………)
今現在、べラード王国は荒れに荒れ果てている。
国王は美女を侍らせることに夢中になり、王妃はそんな王の女への嫉妬に駆られて浪費に走り、側妃もまた似たようなものだ。王妃と側妃の娘と息子は王位継承に向けてお互いを害すことに夢中になり、勉強も何もかもをほっぽり出して常に嫌味を言い合っている。
王家がその調子では、当然貴族たちも荒れる。税収を上げ、領民を顧みることのなくなった領地もとても多い。おかげで、ここ数年で、ベラード王国の国力は周辺諸国1位から最下位まで転落した。
国民たちは日々貧困に喘ぎ、裕福な者たちは国外へと逃げる。毎日たくさんの老人や子供たちなどの弱いものから普段ならば簡単に助かる流行り病で、次々と死んでいく。盗みや暴動は当たり前。1歩裏路地に入れば、そこには土気色に染まった人間だったものらしき泥人形のようなものが阿鼻叫喚に転がっていて、ガリガリに痩せた骨と皮だけになった人間が食べ物と水を求める。
周辺諸国に蹂躙されていないのが不思議なくらいだ。
そんな王家への叛逆を決めた侯爵家ラングハイム家は、長子であり隠密魔法に優れたヨハンを王城の内部を詳しく知るために王城内に送り込んだ。
ヨハンは、まずは王城内に蔓延る不正を全て報告し、その後、後宮に潜り込んだ。
後宮は外の平民の状況など知らないと言わんばかりに豪華絢爛だった。
ぎらぎらと金銀がふんだんに使われていて、至る所から甘い菓子の匂いや美しい花の匂いが広がっている。耳障りのいい楽器の演奏も常に聞こえてくる空間は、まるで絵本の中に出てくる天国のようだった。
ヨハンはそんな王城に、後宮に、歯噛みし憎悪した。
ヨハンの母は領民を守るためにお金を使ったことによって栄養の高い食べ物を食べられず、流行り病の薬が買えず、そして死んでしまった。そもそも流行り病に罹った原因も王家の暴動によって荒れた領地を立て直すために寝る間をも惜しんで働いたせいなので、母の死の原因は全て王家にあった。
だからこそ、ヨハンはこの手で今すぐにでも、全ての王家の人間を、王家に加担している人間を、酷く殺してやってしまいたかった。
ーーーでも、今はその気持ちが僅かに揺らいでいる。
ぼろぼろで傷んでいて、ザンバラに切り裂かれた黒く汚れた、ごわごわのモップのような焦茶の髪に、感情を何も写さない空虚な王家の象徴たる琥珀の瞳。王妃に金切り声と罵声、そして大人でも音を上げるであろう暴力を受けながらも無表情で受け流した高潔で小さな少女。
『………そこにいるのはだぁれ?』
シアという名前らしい少女は隠密魔法で隠れていたヨハンにそう尋ねてきた。驚いたし、偶然かと思った。けれど、少女の瞳は間違いなくヨハンのことを映していた。
「………戸籍にも、誰の記憶にも残っていない、
この国では琥珀の瞳を持って生まれた王族の子供のみに王位継承権が与えられる。よって、この国には今現在王位継承権を持つ子はいないとされていた。
「………瞳が原因で母親は惨殺、子供は生殺与奪の権を奪われて傀儡として子飼いされる未来が決定しているってところかな………」
ヨハンはため息をついてから、父に報告するために屋敷へと戻る。
そして1週間後、予定通りにラングハイム家主導でクーデターは行われた。王家は名もなき第5王女を除き全て公開処刑に処された。
悲劇の王女と呼ばれる第5王女は、新たな王家として君臨するラングハイム家に引き取られ、第1王子ヨハン・ロア・ラングハイムの婚約者であり、義妹となった。
ーーーこれが不幸王女の伝説の始まりだった。
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