第7話 アス(2)

 鏡の男は、スリムな体躯と引き締まった筋肉が際立つ魅力的なスタイルを持っていた。髪形は以前の俺と同じだが、顔は以前よりもあきらかに整ってる。

 俺は、自分の身体の動きを確かめるために腕や指を動かしてみた。

 すると、鏡の中の男も同様に反応し、俺の動きと一致していることが分かった。


 ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 これ俺じゃねえか!!


『て、テンマ。あのねぇ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……』


 ぬわぁぁぁぁぁ!

 またノルンの声が聞こえた。

 まだゲームの中なのか? ログアウトに失敗した!?


『ちょ、ちょっと落ち着いて。気持ちはわかるけど、落ち着くのよ!』


 俺は周りを見渡す。間違いない。ここは俺の部屋だ。

 【絶剣乱舞】の世界大会で優勝したときのトロフィーも飾ってある。

 ということは……なんでノルンの声がするんだ?


『わ、わたしだって、わからないわよ!』


 ノルンがいるってことは、もしかして……アイテムボックス。

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!

 う、うそだろ。ポーション取り出せちゃったよ。

 マジでどうなってるんだ。


 トルルルル、トルルルル

 

 スマホの着信音が鳴る。

 このタイミングで電話? 嫌な予感しかしない。

 スマホに表示された電話番号は、知らない番号だ。


『テンマ……電話に出て。アス王国からの電話よ』


 は? さらっと意味不明なこと言いやがって。

 どこの王国だよ。

 俺はドキドキしながら電話に出た。


「……こちら【アカシックワールド】を運営しているアスといいます。八神 十真とうま様のお電話でよろしいでしょうか?」


 女性の声だ。運営?

 あっ、確かにゲームの運営会社はアスって名前だったはず。

 しかも俺のフルネームを知っているとは。

 そうか、運営には身バレしているんだっけ。

 一体、俺が何をした?


「はい。そうですが……」


「たぶん、今いろいろと困惑していらっしゃると思いますので、一度ご説明させていただけないでしょうか? もし、よろしければこの後すぐにでも如何ですか?」


「わかりました。それで大丈夫です」


「では、御手数ではありますが、ゲームにログインしていただき、アス城へいらしてください。城門に兵士がいますので、名前を告げてもらえば大丈夫です。場所はノルンが案内しますのでご安心ください」


 ゲーム内のアス王国の正体って運営会社だったのか。


「はい。わかりました……」


「あと、大切なことを伝え忘れました。八神様が本日ゲーム内で体験したことは、一切口外しないようお願い致します。過去に不幸な事件もありましたのでご注意くださいませ。それではお待ちしております」


 電話が切れた。

 最後のは脅しだよな?


『わ、わたしも口外しない方がいいと思うかな。アハハハハ』


 ……何コレ怖いんですけど。

 とりあえずアス城に行ってみるか。


 念のため明とミドリにスマホでメッセージを入れておく。

 『現実世界の21時に冒険者ギルド前で集合。スマホ連携すればゲーム内でもスマホ使えるよ』ポチッとな。

 今が20時だから、こんなもんで大丈夫だろう。


 ゲーム中では時間が3倍に加速されていて、ゲーム世界の3時間は現実世界の1時間にあたる。つまりゲーム内の1日は、現実世界の8時間ってわけだ。

 その特性を活かして、勉強、仕事、習い事などゲームと関係ないことにも【アカシックワールド】は利用されている。


 さてと、そろそろゲームに戻りますか。


 ◇


 ――目を開けると、目の前に噴水が見えた。

 ちゃんとゲームの世界にこれたようだな。

 前とは微妙に違う。ログアウトしたときとは違う公園にいるようだ。

 

『お、おかえり、テンマ。……早速だけど行ってみる?』


 そうだな。身バレしてるから逃げられそうにないし。

 とりあえず行ってみるか。ノルン案内よろしく。

 こうして俺達はアス城へと向かった。


 ——アス城の門衛に名前を告げると、城内へ案内された。


 お城はゲームとかによく出てくる中世ヨーロッパ的な外観だった。

 庭園らしいものはお城の正面には無く、訪れた者に無駄な時間をかけないよう配慮されている気がする。


 俺達はお城の1階にある応接室に通された。

 贅沢なカーペットにクッション性のあるソファ。

 家具も気品のあるものばかりだった。


 しばらくすると扉が開き、いかにも貴族という風貌の細身の男が入ってくる。その後ろからスーツ姿の秘書のような女性も付いてきた。

 男の髪はオールバック。口髭くちひげは横に弧を描くようにピンっと張っていた。美術の教科書で似たような顔を見た記憶が……ダリって名前だったかな。

 不思議なことに俺の視線は、あの目立つ髭よりも男の目に吸い寄せられた。


「突然呼び出しちゃって申し訳ない。ボクはアス王国のクロイといいます。こっちは秘書のリカくん。先ほど電話したのは彼女ね。さあ、まずは座ってくれ」


 リカと呼ばれた彼女は、俺に向かって会釈をした後、クロイの席の後ろに立つ。

 黒いパンツスーツにネクタイがビシッと決まっていた。デキる女性って感じが凄くする。

 

「さてと堅苦しいのは無しにして、ずばり本題から入るけどテンマくん、ボクに協力してくれないかな?」


「……はい?」


「テンマくんは既に気づいてると思うけど、アス王国というのはゲームの運営のことね。あっ、このことは内緒なので誰にも言わないでね」


 茶目っ気ある笑顔だが、目が笑っていない。

 後ろに居るリカさんからも圧が凄い。

 

「我々運営にも実は目標というものがあるんだ。なんだと思う?」


 とりあえず無難に答えておくか。


「……売上No1とか?」


「ブッブー! このゲームの攻略だよ。正確には謎を解き明かすこと。あっ、このことも内緒なので気をつけてね。このあたりのレベルになってくると、口外すると政府から消されちゃうからね」


 クロイがニヤリと笑う。

 まずい……この人、俺が引き返せないように話を運んでいる。


「我々はゲームという形で世界中の人々の力を借りて、ある謎を解こうとしているんだ。だからプレイヤーのログ行動記録は常に監視している」


「だから【リアル】な俺に声をかけたんですか?」


「半分正解で半分外れ。【リアル】は我々には珍しくもなんともない。参加者を全員【リアル】にすることもできるんだ。それをすると世界中でパニックがおきるから、フィルタリングしている。どうでも良いことを見つけられるようなプレイヤーにだけ【リアル】のチャンスを与えているんだよ」


 チャンスを与えている……確かにプレイヤーにはリアルを選ばない選択肢もあるからな。


「けど、ボクから連絡をとったのは君が初めてなんだよ。テンマくん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る