冬に思い出す

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 夏がはみ出してきた。


 私たちが暮らす地域は、一年の半分が冬である。夏の間に、うんと働き、ありとあらゆる蓄えをする。冬の楽しみと言えば、手仕事の間にするほら話くらい。これは、明らかに嘘だと解るもの、かつ馬鹿馬鹿しいものほど良しとされる。

「でも、大人たちは、ほら話に作法があるなんて、教えてくれなかったじゃ!」

「そりゃあ、大人には大人だけの楽しみがあるすけなあ…」

 言わずもがな、子作りである。雪の切れ目にやって来た行商。何でも、ものすごく効くらしい媚薬の登場。特定の相手がいる人も、そうではない者も、今はそのことに夢中なのである。よって、子供たちは、村長宅に押し込まれた。ここなら、薪も食材も、貴重な書物もある。大人に言いつけられた分の手仕事もすべて終えてしまった。と、おかっぱ頭を揺らして、少女が言った。

「面白そうな本があったすけ」

 車座になって、本を囲む。

「黒…って何?」

「これ、もしかして、本っこでない?」

 年長の少女、が言った。

「わがんねえ(駄目)って、何が?」

 年少の竹男たけおが尋ねる。

「ほら、東京の学校さ行ってら、村長の娘っこが…」

「ああ…」

 一斉に、声が洩れる。実は、村の子供らに貸し出しされている本のほとんどがその娘の持ち物なのだ。

「実はね…」まりは、声をひそめる。みんなが、近寄る。「大人たちが今、夢中になってら薬っこ。これでねえがな?」

 まりが指差す。

「あっ、これ、行商人が持ってきたやつだじゃ! 薬の材料だったんだ!」

「だすけよ!」まりの声が、俄然、大きくなる。「この本は、本物でねえがってこと!」

「ええ~?」

 それでも、子供たちは半信半疑だった。

「薬が本物だがらって、他のもって、なあ?」

 まりより一つ、二つ下の草太そうたが鼻で笑う。

 草太をじっとにらむまり。

「まあ、いいじゃ。やってみれば、わがるし」

 再び、車座になって、本の頁をめくっていく。

かおるは、何か叶えたい願いってねえのが?」

 草太は、竹男と同い年の香に訊く。

「うーん、香は、今すぐ夏に行きたい!」

 それは、いいと一同から笑い声がわく。

「だったら、これだな」

 草太は、ある魔術を指差した。

 曰く、「境破リノ法」。

 方法は、簡単。冬に行う場合には、「百物語の逆打ち」をすれば良いとある。一つほら話を終える度に、ろうそくの火をつけていく。幸い、ここにはろうそくの備蓄もある。儀式の簡略のために、話は十三で良いとも。

「夏を呼ぼう!」

「おおー!」

 子供たちの声が上がった。

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冬に思い出す 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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