第9話

 鷺山殿と撫子が息も付かせぬ攻めを見せて、常高院がそれを弾き避ける。更にそこにあここが跳び込んできて雷を振るう。

 そんな決戦を間近で見ていて目を細めるお市の方の横に、くノ一が腰を下ろした。

 今さっき自分の切り札の一枚を落としたプレイヤーが、肌にぴっちりと汗で張り付いたアディショナル・リアル・インナーARIだけのあられもない姿でやって来て、お市の方は胡乱な視線を横に落とす。

「あ、既にリタイアしていますので、今はただの観客です」

 くノ一はすっと手を上げてもう無害だと主張する。

「……そう、ですか」

 自分の手持ちだけでも藤懸と淀の二体、自分の未言鬼みことおにではないけれどこのフィールドで新規に取得出来たドラシルまでも撃破した相手に思う所は幾らでもあるけれど、あくまでゲーム、しかも未言鬼は公式見解から倒される側だ。目くじらを立てるのはマナー違反だと、お市の方は自分を懸命に宥める。

 それに未言鬼は独自のAIで行動するけれど、鬼巫女おにみこからの指示も重要だ。あの三人を相手にしているのが常高院とは言っても、気が抜けるものではない。

 鷺山殿が上段から振り下ろす巴御前を、常高院は半身になって避ける。

 鷺山殿と立ち位置を入れ替わった撫子が続けて静御前を突き出し、常高院はその刃を殴って撫子の体勢ごと軌道を反らす。

 それは反撃の好機に見えるが、既に鷺山殿とあここが撫子を目晦ましにして左右から迫っているので、常高院は素直に大きく後ろに下がる。

 あここの振るうヴァジュラが地面にぶつかると同時に雷の網を走らせた。

 常高院はその範囲の外で四つん這いになり突撃する態勢を構えている。

「こんのぉ!」

 あここはそこから更に足を踏み出して地面を擦りながらヴァジュラを突く。

 腕ごと手元を捻ってヴァジュラを回転させる事で雷を嵐にしてぶち撒けた。

 しかし常高院はその寸前に四肢の発条を弾いて姿を消していた。

 荒れ狂う雷の暴威に掠りもせず常高院はあここの背後を取る。

 その更に常高院の背後を鷺山殿と撫子が取っていた。

 鷺山殿が逆袈裟、撫子が袈裟斬りに薙刀を振り下ろしている。

 常高院は咄嗟に振り返り、二人の刃を叩き弾く。

 だが鷺山殿は常高院の拳が当たる直前に手首を締めて巴御前を止め、肘から引き戻して切っ先で弧を描き、逆風を斬り上げる。

 常高院は上半身を反らして刃を避けるが、頬に切っ先が触れて傷が開く。

 その一瞬だけ、鷺山殿と常高院の瞳にお互いの顔が映る。

 常高院は鷺山殿が睨み付ける目前でバッと身を翻す。

 あここが振り向き様に勢いを付けて振るうヴァジュラを、常高院は素手で掴んで振り抜かれるに任せてわざと吹き飛ばされる。

 三人は距離を置いて着地する常高院を追いかけ、鷺山殿と撫子、あここと二手に分かれて挟み撃ちにする。

 常高院は離脱を防がれて睨み合いが始まる。

 鷺山殿は肩で息をして昂った熱を吐き出して意識を落ち着ける。撫子もあここも、それぞれ程度の違いはあっても息が荒い。

 未言鬼と違って器士きしは生身の人間だ。当然、長期戦になって体力がなくなるのは大きな欠点である。

 特にこのような少数精鋭で強力な未言鬼を討ち取る場面では、ペース配分を考えなくてはならない。攻めるのに夢中になって逃げに徹する未言鬼を追い駆け過ぎると、体力が尽きて逆襲に遭う。

 逃がさない。

 攻撃を当てる。

 ペースは乱さない。

 焦らない。

 時間切れまで引っ張られない。

 全てをクリアしなければ常高院は倒せない。

 鷺山殿は止まった筋肉が冷えて固まる前に動く。

 鷺山殿が素早く繰り出した三連撃を常高院は拳を振るって弾く。

 四撃目の刺突を常高院が身を引いて避けた所に、撫子が踏み込んで来て草刈りのように薙刀を振り回して足を掬おうとする。

 常高院は後退りをしながら巧みに足踏みをして撫子の攻撃を避ける。

 撫子はそのまま常高院をあここの攻撃が届く位置まで誘導した。

 あここが常高院の背後からヴァジュラを振り下ろし、撫子は巻き添えを食らわないように飛び退いた。

 しかし常高院は刃と雷光の隙間にするりと身を滑らせて後ろからの攻撃を潜り抜ける。

 あここは返しの刃、ヴァジュラの柄から伸びる反対の刃で追撃を伸ばす。

 雷刃であるのも関係なく常高院は獣のような爪でヴァジュラを弾き、あここは反動で体勢を崩す。

 自分が作った好機へ常高院は一歩踏み込み。

 左から飛んで来た銃弾に撃たれた。

 前のめりになって地面に落ちそうになる常高院に向けて銃弾が更に連射される。

 水面に当たる雨がそうするように、衝撃の波紋を咲かせる雨花あまばなの乱射を、それでも足りないとばかりに常高院は回避していく。

 そして遂に常高院は射線から狙撃手の居場所を突き止め、林の中に身を潜めたカズを睨み付けた。

 カズは〔怨念〕を当てられて、〔呪怨〕によるダメージとARIの拘束を受ける。当然、射撃も手も止めさせられる。

 銃撃から解放された常高院は恨めしそうに、喉の奥から息を吐き出す。洞窟を吹き抜ける風がそうであるように、息が口腔を抜ける音はおどろおどろしい。

 しかも常高院の全身から靄が立ち上り、彼女自身に纏わり付く。その靄は黒いのだが、揺らめく度に光を滑らせて、暗い、使い古されたパレットにこびり付いた絵の具のように様々な色を魅せる。

 これこそ常高院が与えられた未言霊みことだまであるいろの発動だ。

 積み色。パレットにこびりついて落ちなくなった、たくさんの絵の具が混じってその色味を覗かせる黒。思った色が出来なかった苦しみや思った色が出来た喜びを積み重ねる度に、黒に限りなく近付いて、そして同じだけ黒から遠ざかっていく色の妙。

 それは、攻撃を命中させた分だけ攻撃力を、ダメージを受けた分だけ防御力を、攻撃を避けた分だけ機動力を強化させていく。

 元から鷺山殿にとって時間は敵であったのが、さらに厄介さを積み上げられたという訳だ。

 こうなればカズの〔呪怨〕を待っている暇もない。

 いやそれ以前に、動けないカズをなぶられて戦力を失うと同時に常高院に回復をさせる訳にはいかない。

 鷺山殿と撫子は積み色の靄を吸い込み切るまで動きを止める常高院へと突貫する。

 しかし常高院の硬直は一秒足らずで過ぎ去り、二人が呼吸を合わせて刃を振るった時には常高院の足が地面を蹴っていた。

 それでも鷺山殿も撫子も常高院の動きをしっかりと目で追って、その視線をなぞるようにして巴御前と静御前の刃を突き出す。

 その刃を常高院は左右の前腕部で受け止めていた。さらに常高院は傷が開くのも構わずに二人に向けて拳を振るう。

 常高院は本来、崇源院そうげんいん程ではないが、他の能力値に比べて防御力が低い未言鬼だ。なので器士から受ける一撃一撃が大きな意味を持ち、持ち前の機動力を活かして攻撃に当たらないように戦術を組み立てる。

 それはカウンターだったり押し切るだったりという、攻撃の圧を上げる戦法が取れないという欠点でもあった。

 しかし積み色によってダメージを受けるだけ防御力が上昇していく今の状況であれば、常高院は攻撃を繰り返し受ける事でいずれダメージを受け付けなくなる。

 その結果として現れた猛攻を、鷺山殿も撫子も恐怖に押し潰されそうになりながら必死に立ち向かって致命傷だけは避けていく。

 特に撫子は懸命に反撃を織り交ぜている。

 器士の持つ武器には、良く錬気力と対比される連鎖力という能力値が設定されている。

 器士の武器はそれぞれの制限時間内に連撃を当てると『連鎖』が発生して攻撃力が上昇していく仕様だ。

 その武器ごとの制限時間と攻撃力の上昇幅に参照されるのが、連鎖力だ。

 鷺山殿の巴御前は基本の攻撃力に秀でていて、錬気力も高く、しかし連鎖力はレア度の低い武器と同等なくらいに低い。

 対して撫子の静御前は錬気力が貧弱で元の攻撃力も巴御前に一歩譲るが、錬気力はその分高い数値を誇っている。

 だから鷺山殿は常高院の攻撃に合わせて巴御前を繰り出して相殺し、刃が弾かれても時に体を差し込んでダメージを負ってでも撫子に連鎖を繋げさせている。

 撫子も鷺山殿に応え、守るべき主君が傷を負う悔しさに歯を食い縛りながら、ただただひたすらに常高院の体を刃で狙い続ける。

 常高院の増えていく防御力に対抗するために、撫子は連鎖を途切れさせずに攻撃を与え続けなればならないのだ。それがどんなに胸を破りそうな緊張を伴い、今すぐにでも静御前の柄を手離したくなる状況でも。

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