第8話

 崇源院そうげんいん羽包はくるまれていた淀は、儚く消える妹を目の当たりにして悲鳴を上げる。

 その悲痛な声はそのまま炎となり妹を殺した下手人達を火祭りに焚べた。

 炎に捲かれた器士達のHPは勢いよく燃やされていく。

 あここが芭蕉扇を振るって暴風が淀の炎を掻き消した。

 そして鷺山殿はお市の方に向けて弓を引き絞る。

 遠くからカズが放った砲弾が淀の所に着弾して爆炎を巻き上げた。

 その轟音を合図に鷺山殿が矢を放つ。

 矢は真っ直ぐにお市の方の胸へと飛んで。

 そしてお市の方の体を擦り抜けて地面に突き刺さった。

 鷺山殿はバッと髪を翻して淀の方へと顔を向ける。

 鬼巫女おにみこへの攻撃が出来なくなる状況はたった一つ。その鬼巫女が既に未言鬼みことおにを五体送り出して、控えの意味がなくなった時だ。

 ARで立ち上る砲撃の煙が風によって晴れていく。

 そして肌の黒い鬼婆が砲弾を地面に叩き付けた格好のままそこにいる姿が見えた。

 浅井三姉妹の最後の一体にして、ただただ能力値高いだけの純粋な『最強』、それが黒塚の鬼婆を元にした常高院じょうこういんだ。

「撫子!」

「はい!」

 常高院の姿を見てすぐに鷺山殿は撫子を連れて駆け出した。

 鷺山殿は巴御前を、撫子は巴御前よりも刃の反りが浅い『静御前』の薙刀を、全くの同時に振るい、刃をぶつける寸前まで近付けて交差させる。

 しかし常高院は全くの無傷で一歩退いた位置に立っていた。

 鷺山殿と撫子、ほぼ同じ装器を設えた二人分の威圧力を受けても、常高院の機動力は半減もしていない。

 だからこそ、鷺山殿と撫子は舞うよりも更に流麗に、野菜を切り刻むよりも更に素早く、或いは交互に動きを連ねて、或いは寸分の狂いもなく重ね合わせて、攻めて攻めて攻め立てる。

 常高院はその間断のない攻撃を避けて弾き、ダメージは回避している。しかし攻撃に転じる隙もなければ他の器士を狙う余裕もない。

 むしろ、鷺山殿としては攻撃もそうだが、他の器士を狙われるのは何としても食い止めなくてはならない。

 常高院が持つ特性の中でも凶悪なのが〔人喰い〕と〔シリアルキラー〕だ。

 〔人喰い〕は器士にダメージを与えた場合、自身のHPを回復させる。〔人喰い〕を三つ重ねた常高院の回復量は与えたダメージの三割だ。

 さらに〔シリアルキラー〕は器士を戦闘不能にした時に、攻撃力と機動力を永続的に上昇させる特性だ。

 常高院にとって器士は回復アイテムであり強化アイテムでもある。生半可な人海戦術での対処は常高院のボーナスタイムにしかならない。

 だからこそ、最初から鷺山殿と撫子だけが常高院を相手する作戦にしていたのだ。

 この場で二人の他に常高院と対等にやり合えるのはあここくらいである。

 しかしあここにはまだ淀を落としてもらわなければならない。あちらだって放置すれば大勢の器士を一方的に蹂躙する怪物だ。

 あここは、また武器を取り換えていた。前と後ろに真っ直ぐ一本の刃を雷が象ったヴァジュラはあここの持つ最強の武器であり、その雷刃は淀の炎も切り裂き相手を追い詰める。

 大蛇の姿ならヴァジュラの長く伸びた刃で簡単に切り刻めるのだが、相手もそう単純ではなく姫の姿で丁寧に攻撃を避けて反撃の機を窺っている。

 こうなると白兵戦で割った入るなんて以ての外、射撃でさえ淀に命中させるのは困難なので、濃一門の器士もほとんどはこの場を離れて他の未言鬼の討伐に向かった。

 迂闊に残って常高院の餌食になるのを避ける意味もある。

 だからあここが追い詰めて足を止めさせた淀を狙撃するのは、カズの砲撃だ。

 淀が自分に迫る砲弾に炎を浴びせて誘爆をさせるが、その爆炎の陰から連射された二の弾が追撃する。

 それも淀は辛うじて飛び退いて回避するも、地面に着弾したそれは辺りを一瞬で凍り付かせる。

 淀はその余波で〔凍結〕し掛けるが、炎を吐いて周囲の氷を溶かし〔状態異常〕を回避する。

 淀の炎がじわりとあここのHPを炙り始めた。淀の持つ未言霊、〔火包ほくるむ〕が発動したのだ。

 火包む。火などの熱源に当たって、じんわりと毛布に包まれるように体が温まること。

 淀がこれを発動すると、吐き出した炎に当たる者にダメージを与え続ける。

 さらに淀は大蛇の姿へと転身して炎を拡大させた。

 炎はこの周囲だけではなく、常高院の相手をする鷺山殿と撫子までも包み込む。

 いよいよ時間を掛ける訳には行かなくなった。

 あここは淀に〔怨念〕を返されるのを覚悟で、ヴァジュラの出力を上げて雷を更に迸らせて辺りの大気を引き裂く。

 けたたましく泣き喚くヴァジュラを握り、あここはアンダースローのフォームを取る。

 ヴァジュラはインドラの雷霆を表した武器と伝えられる。ミコトキでもこの武器は投擲して着弾時に内包した雷を全て解放する事で最大威力を発揮する。

 当たりさえすれば、淀のHPが満タンでもオーバーキルするだけのダメージを叩き込める。

「ぐぎっ!」

 しかし、あここがヴァジュラを放つのは叶わなかった。

 淀があここの投擲の途中で〔怨念〕を差し挟んだのだ。〔怨念〕とは正確に言うと相手に〔呪怨〕の状態異常を与える特性である。

 〔呪怨〕の効果はずっとあここが警戒してしたように受けたダメージを全て合計して相手に与える事、そしてさらにアディショナル・リアル・インナーARIを強く締め付けて器士の動きをしばらく停止させる事だ。

 あここのHPはまだ残っているが、その動きは足を大きく開き、ヴァジュラを握る手を後ろに回した所で固定される。

 そんな隙だらけのあここに向けて、大蛇となった淀は大きく顎を外して口を開く。

 淀の昏い喉の奥にちらちらと炎が踊るのが、あここにはやけにはっきりと視えた。

 あここの全身を包もうと炎が吐き出される。

 そしてその炎はあここに触れる前に、割って入ってきた砲弾に衝突した。

 砲弾に込められた冷気と炎の熱気が相殺して激しい風圧で氷の粒と火の粉が散乱する。

 その閃光を眼前に受けて、淀とあここは視界を一瞬失う。

 しかし淀は視えなくても接近した相手を察知して、ぐるりと首を巡らせて牙を突き立てた。

「……これだから〔追跡〕持ちの相手は嫌なんですよ」

 敵の攻撃を受けてくノ一のAR迷彩が剥がされ、腕に噛み付かれたまま姿を現した。

 〔追跡〕は目標として相手を確実に発見して追い詰める未言鬼の特性だ。この特性を持つ未言鬼は隠れた相手を見付ける能力が高いという副次効果があり、加えて言えば蛇とは元来視覚だけでなく熱覚や嗅覚によっても獲物の位置を精確に捉える生き物だ。

 淀は格好の獲物を丸呑みにして、くノ一のHPを全損させる。

「痴れ者が」

 淀の身の中でくノ一は低くぼやく。

 そして淀はHPを全て失って、呆気なく消滅した。

 淀の巨体も自分の装備もAR表示がなくなった事で、ARIしか着ていない無防備な少女が現実に晒される。

「忍びは己の死もお役目に使う生き物なのだ」

 受けたダメージを返すというのは、何も未言鬼の専売特許ではない。

 鷺山殿が一門の棟梁としてメンバーの情報を統括するシステムを持っているように、器士はそれぞれに称号を一つ選んで〔特徴〕を手に入れる。

 くノ一の称号は〔忍び〕、その〔特徴〕は〔最期の奉公〕と言い、効果は見ての通り、戦闘不能になった時に自分が触れている未言鬼に自分の最大HPと同じダメージを与えるという死が前提のカウンターである。

 当に自分を犠牲にして敵を討ち取ったくノ一に、淀が消滅して〔呪怨〕の拘束が解けたあここが抱き締める。

「あんたはもう、また自爆なんかして……」

「自爆ではありませんし、まだお館様が戦っておられるのですから、貴方はさっさと手助けに行くんですよ、この最強戦力」

 高がゲームで戦闘不能になっただけで、実際のくノ一は怪我の一つも負っていない。

 この戦場で任された役目は全て果たし、それ以上の戦果も出して見せたのだ。

 何の悔いもないくノ一は冷たくあここをあしらう。自分を構うのなんて、打ち上げの時にして欲しいと、引っ付けられる肌を強引に引き剥がす。

「まっかせて! あんたの無念も晴らしてあげる!」

「だからやるべきを全て果たして何の無念を持てと言うか。いいからさっさと行け、このあほ」

 いい加減時間も勿体なくて、くノ一はこの友達の頭をどついてやろうかと真剣に考えた。

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