第7話

 鷺山殿に向かってくる未言鬼みことおにがいなくなった。去っていく者は見逃す。

 ドラシルによって回復はされるだろうが、のう一門のメンバーなら誰でもHPを損なわずに倒せるような相手しかいなかったので、戦場に戻って来ても来なくても関係がない手合いだ。

 鷺山殿は怯える鬼巫女おにみこ達の視線に見送られながら、お市の方と戦っている仲間の元へと向かう。

 あここは金棒から芭蕉扇に武器を持ち換えている。これ以上のダメージは与えると〔怨念〕であここのHPが一発で全損するところまで来てしまったのだろう。芭蕉扇はダメージこそ与えられないが、淀の炎も体も吹き飛ばして完璧に足止め出来ている。

 撫子の指揮と回復の元で崇源院そうげんいんを取り囲っていた七人の内、二人が戦闘不能に落ちていた。欠員によって出来た空隙から崇源院はドラシルの方へ逃げようと、じりしりと後退している。

 崇源院に向かって一人の器士が槍を突き刺し、そしてすぐに飛び退さる。

 その一撃で崇源院のHPはゼロに陥り、くたりと体を脱力させて。

 そして新緑の光が芽の形を取って崇源院を包み、その葉が開いて内側から再び崇源院が浮かび上がる。

 芽来めく。一度は枯れたように見えた草や花が、再び芽ぐむこと。何度でも何度でも、廻り来た季を感じ、姿を見せる。その役目を果たすために。

 崇源院がお市の方から与えられたもう一つの未言霊みことだまだ。効果はたった今見せた通り、HPがゼロになった際に自身を復活させる。しかも復活した時、崇源院の場合はHPを二十七パーセント、数値にして四百以上を取り戻すのだ。

 これを持っているから器士は何度も崇源院にダメージを与えなくてはならなくて、その与えたダメージが自分へ返って来る恐怖に付き纏われる。

 もし崇源院がドラシルの元へ行って継続して回復されれば、そのプレッシャーは計り知れない。

 撫子と共有しているメモに崇源院のリソース使用カウントが書き込まれる。

 これで芽来の使用回数は二回目。

 他に接触した器士のHPを問答無用で一割削る〔怨霊〕の特性は二回とも使い切らせている。

 その一方で肝心の〔怨念〕はまだ一回も使わせられていない。

 崇源院はまだまだ芽来を使用に余裕があるようだ。これまでの戦闘で得たデータからも、崇源院は神秘力という未言鬼が未言霊を使用するのに消費する能力値が、浅井三姉妹の中でもずば抜けて高いと判明している。

 ならば、と鷺山殿は武器を持ち換えて淀に斬り掛かった。

 取り出したのは薙刀『巴御前』。巴型の大きく湾曲した刃を持ち、純粋に攻撃力に優れた鷺山殿の主兵装だ。

 あここの芭蕉扇に吹き飛ばされないように大蛇化していた淀は頗る斬り付け易い。

 淀は大きなダメージエフェクトを噴き出し、傷の痛みで目を吊り上げる。直ぐに頭を回らせて鷺山殿を捕捉し、噛み付いて来る。

 しかし威圧力を浴びせて動作の鈍くなった淀の反撃を鷺山殿は余裕を持って避ける。

「淀を先に仕留める!」

 撫子を中心に他四人の器士が淀に向けて駆け出した。

 当然、崇源院はその背中を狙おうとするが、一人の器士が全身を隠す程に大きな盾を取り出してその動きを阻む。

 崇源院に盾が激突したが、次の瞬間にその器士は崇源院に抱き締められて〔怨念〕によってリタイアさせられた。

 しかしその一瞬で濃一門は陣形を整え、器士が取り出した弓と銃が淀に向かって放たれる。

 淀は大蛇から華奢な姫へと転身して器士の射撃を空振りさせる。

「下がれ!」

 鷺山殿は追撃ではなく後退の号令を掛ける。

 射撃のために足を止めた器士は声に応じて淀を中心に置いて円の縁を辿るように移動する。

 器士のところに追い縋ってきた崇源院はその足の遅さで器士に手が届かないのを恨めしそうに睨め付けつつも、息締むの未言霊を発動してHPを削り取る。

 撫子の側まで後退していたあここが芭蕉扇を仰ぐ。

 その風は崇源院が纏う息締める熱気と湿気を払って効果を打ち消した。

「あここ、よく耐えた」

「あーい。さっすがにHPがキツイから後ろで回復してるね」

 元より鷺山殿もそのつもりで崇源院の包囲を崩してでも撫子を呼び寄せたのだ。

 ここからしばらく、あここには白兵戦ではなく芭蕉扇での妨害に務めさせる。

 淀の残りHPもあここと鷺山殿の攻撃で崇源院と同程度の数値まで減っている。

 ここから他のメンバーで攻め立てて〔怨念〕を返されたとしても即死には至らない。HPが少しでも残っていれば撫子の神楽鈴で回復が出来る。

 しかし問題は崇源院だ。今も淀に向けられる射撃に自ら盾となってダメージを受けている。

 かと言って接近戦を仕掛ければ、淀の機動力に圧倒されて全滅する算段が高い。

 崇源院が残り二回の〔怨念〕さえ使ってくれれば、鷺山殿とあここが押し潰せるのに、崇源院の冷静な戦略を弁える知能が憎い。

 今はこうして遠巻きに攻撃をするという持久戦が適切な戦術だ。

 しかし崇源院に直接攻撃を受けないように距離を置いて淀を狙う状況では、未言鬼の移動まではコントロールしきれない。

 お市の方は巧みに戦場を牛歩させて、ドラシルへと近付けている。

 淀や崇源院が回復する状況は頗る拙い。回復した分もダメージがかさむというのは、〔怨念〕の威力が上がる事に他ならない。

 しかし無理を徹せば負けるのが必定だ。

 鷺山殿はお市の方を追い詰めつつも誘導に乗せられて、ついにお市の方の背後の林、その隙間からドラシルの巨体を目視する。

 お市の方の顔に微笑が浮かぶ。

 そしてその背後に砲弾が撃ち込まれ、無情にも〔窯街かまちまた〕の炎が天までも炙った。

 着弾の爆音がお市の方の背中をアディショナル・エフェクトAEで押して踏鞴を踏ませ、火の粉が爆ぜる音が彼女を振り返らせ、燃え上がる炎が彼女の顔を朱色に光景ひかりかげた。

 信じられないと立ち上る煙を見上げるお市の方の視界の中で、ドラシルが絶叫を上げて根元を切られて、巨体を傾けていく途中で消え去った。

「二人共、良くやってくれた」

 鷺山殿は通信を繫いでいた二人の功績者に労いの言葉を掛ける。

 一人は当然、ドラシルを一撃で刈り取る為にずっと身を潜めて機会を伺っていたくノ一であり。

 もう一人は遠くの狙撃ポイントに到達して砲撃を成功させたカズだ。

 林の中に隠れていた濃一門の本隊が銃弾の雨花あまばなを崇源院に浴びせ掛ける。

 崇源院は裾や袖の広がる着物も使って淀の体を羽包はくるんで庇い、咲いては散る弾雨を一身に受ける。

 一発一発は、〔モブ〕の未言鬼を撃ち漏らす事もあるような威力だとしても。

 絶えず浴びせ続ければ防御力の低い崇源院のHPは見る見る削れていく。

 崇源院はHPが尽きる度に芽来りて立ち直り、それでも濃一門の銃撃は緩まずに夕立ちのような激しい音を一切途切れさせずに続く。

 その様を鷺山殿は武器を仕舞ってじっと見詰めていた。

 林の中で武器の強化が進んでいて命中精度も高かった器士が二人、崇源院から〔怨念〕を返されてAR装備が剥がされた。

 しかし、それもこの場に四十九人いる濃一門の内の二人だ。銃撃を止める理由にはならない。

 鷺山殿が展開したARウィンドウの一つに、遠く東の戦場で鬼柴田が討伐されたと報告が書き込まれる。

 その後を追うようにして鷺山殿の目の前で崇源院が崩れ落ちた。

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