第6話

 鷺山殿がドラシルの姿が目視出来る場所まで辿り着いた時には、もうあここは暴れていた。流石は現役女子高生の硬式野球部、若さとトレーニングによる身体能力の高さを遺憾なく発揮して単騎で特攻をし掛けている。

 連れて来ると報告していた他のメンバーも置き去りにしている。鷺山殿が棟梁として特別に持っているマップを確認すると七人が疎らな塊になって三百メートルは離れて走ってきている。

 そんな過激な足の速さを見せ付けたあここが跳び込んでいる戦場では鬼巫女おにみこ達の悲鳴が木霊している。

 身長百九十一センチで高笑いしながら鬼の金棒を振るって未言鬼をボールのように軽々と吹き飛ばすような見た目が金髪のヤンキーに襲撃されたら、怖くて仕方ないだろう。

 あの光景には、鷺山殿だって鬼巫女の女の子達に同情する。

「活き活きとしてますね」

「あそこに入っていくの、物凄く嫌だな……」

 あここが造り出した阿鼻叫喚を呑気に眺める撫子と違って、鷺山殿は素の声でぼやく。

 あここも当然、のう一門四天王の『鬼娘』として鬼巫女陣営にも有名な器士きしであるし、さらに言えばあの鬼娘の上役が鷺山殿だというのも知られているし、今あそこに鷺山殿が行けばあの恐怖を造り出した元凶をけしかけた諸悪の根源だと非難の目を向けられるのは必至だ。

「お館様、くノ一は先程、戦場は非情、という言葉を耳に入れました」

 くノ一は姿も見せないで、さもどこかの誰かがそんな事を言ってましたとばかりに鷺山殿に耳打ちする。

 言うまでもないが、それは鷺山殿の口から出た言葉である。そしてその戦場の非常が行った本人にも平等に牙を剥いただけだ。

 鷺山殿が足踏みをしている間も、あここは楽しそうに未言鬼を蹂躙している。いつ見ても思うのだけれど、あいつ一人でいいんじゃないか、とそんな諦観が鷺山殿の胸にうたぐんだ。

 味方でも思わず引いてしまうようなあここの凶行だが、攻め入られている側としては躊躇う程に被害が拡大する。

 お市の方は鬼娘が嬉々として暴れる戦場へ、淀を先行させて勇ましく参陣した。

 淀が吐き出した炎が大蛇おろちを象って自在に襲ってくるのを、あここは軽々と避けていく。

 それでも炎はあここを退けるのに成功し、その上目晦ましとして視界を塞ぐ。

 その間にあここに襲われていた未言鬼達は急いでドラシルに傷を看てもらおうと逃げ帰る。

 淀の炎が鎮火した時、その影から跳び出したのはあここではなく、彼女に置いて行かれてやっと追い付いた七人の器士だった。

 彼人達は眼前の淀を素通りして、お市の方の脇も通り抜け、足が遅く出遅れていた崇源院そうげんいんに向かう。

 お市の方が慌てて振り返り、その首の動きに応じて淀が妹を取り囲む不埒な敵へと向かって疾走する。

 しかしあここが淀の眼前を遮って金棒を振るい未言鬼の足を吹き飛ばす。

 淀は般若の面の如き怒りの形相から自身を大蛇へと変え、あここは鬼の如く凶暴な笑みを浮かべて強敵に歓喜している。

 崇源院は未言霊みことだまを発動したようで、そちらを取り囲む七人は苦しそうに表情を歪めるが怯みもせずにそれぞれの武器を振るっている。

「……と、流石に呆けてられないか。撫子は先に行ってみんなの回復を」

「承りました」

 鷺山殿は端目はしめに撫子を見送って梓弓を取り出して構える。

 あここと一緒に走って来た七人が濃一門でも上位に食い込むメンバーだと言っても崇源院の相手は荷が重い。

 それは淀をたった一人で相手しているあここも同様だ。

 いや、現実の蛇以上の素早さで迫る大蛇の攻撃を紙一重で避けてはしゃいでいるあここの何処を心配しろと知らない人間なら言うかもしれないが、そもそも未言鬼は器士が複数人協力して倒せるように設定されているのだ。あここでも淀は押さえておくのが限界ではある。

 しかも淀も〔怨念〕を二発持っている。あここは一見闇雲に攻撃を当てているようだが、実は与えたダメージが自分のHPを越えないように攻撃をコントロールしている。彼女が最強の武器をまだ取り出していないのがその証拠の一つだ。

 勿論、崇源院に息締いきしめられて継続ダメージが入っている七人の方の苦境はあここよりも更に辛い。

 弦を引き絞ってから、二十一秒五九。鷺山殿は梓弓の錬気を最大まで蓄えた矢を放ち、崇源院の肩を撃ち抜いた。

 その一撃でわざと防御力を成長させていない崇源院のHPは三分の一が削れる。

 崇源院の瞳が鷺山殿を捉え、睨んで来る。

 〔怨念〕が来るかと鷺山殿は身構えたが、特に衝撃がない。崇源院はまだ切り札を温存したようだ。

 どうせならここで浪費してくれればいいもの、と崇源院の知能の高さに鷺山殿は舌打ちをする。

 そのタイミングで神楽鈴を持った撫子が七人の器士の元に到着した。彼女が鈴を振るって鳴らす度に、器士達のHPが僅かずつ回復していく。

「リーダー、おっそーい!」

 淀の炎と追い駆けっこしていたあここが、離れた位置にいる鷺山殿にもばっちり聞こえるような大声で不平を漏らした。

 あここの振る舞いが余りに非道で介入を躊躇ったんだよ、というのは打ち上げで言うとして、鷺山殿は弓から長巻拵えの太刀に武器を持ち換えて忍び寄っていた未言鬼を無造作に切り捨てる。

 鬼巫女が拠点としている場所の近くだ、居場所が割れれば続々と有象無象が寄ってくる。

 しかし浅井三姉妹はおろか、藤懸程の脅威もないような格下ばかりが遠巻きに威嚇してくるだけだ。

「一切が無意味だが、それでも私と戦いたいか?」

 長巻の長い柄の先に取り付けられた刃を持ち上げて見せ付ける。それだけの脅しで一部の鬼巫女は未言鬼を引かせた。

 鷺山殿は情けを掛けてもまだ行く手を阻む未言鬼へと踏み込み、切り捨てる。

 鷺山殿が振るう長巻は太刀の刃と同じ長さの柄を持つ。柄尻の方を持って横薙ぎすれば、刃の軌道は大きな円を描いて、未言鬼を一振りで三体、四体、五体と切り付ける。

 さらに円運動に身を任せて舞えば、鷺山殿の動きは更に加速して直ぐに嵐へと変貌する。

 鷺山殿の動きを先読みして未言鬼に回避行動を取らせようとした鬼巫女もいたが、未言鬼は退くのが遅れて斬撃の餌食となる。

 自分の未言鬼の動きがいつもと違って遅い、とその場にいる鬼巫女の誰もが感じた。

 それは鷺山殿の装備の効果だ。

 器士の装器には〔威圧力〕という数値が設定されている。これは周囲にいる未言鬼の〔機動力〕、つまり動きの素早さを下げる能力値だ。

 鷺山殿の〔威圧力〕は装器全てを合計して三百近い。これは淀であっても〔機動力〕が半減する数値だ。

 格下の未言鬼など、鷺山殿を前にすれば文字通り止まっているようなものだ。

 だけど、鷺山殿はこうして攻撃に手を取られて指揮を取れていない。それで淀や崇源院を相手取る一門の動きが鈍る――なんていうのは鬼巫女の甘い願望だ。

 そもそも鷺山殿は先程まで本隊と別れて撫子と二人で行動していた。

 濃一門は誰もが棟梁の指示がなくても最善の行動を獲る猛者であり、鷺山殿以外にもカズ、撫子は同等の指揮能力を持っている。ついでに言えば、あここも勢いのある行動力と決断力、そして声の大きな激励で士気を上げる才能があり、分隊を任せられる実績がある。

 つまり鷺山殿を足留めした程度では、濃一門の武勇は陰りもしない。

 鷺山殿が最初に宣言した通り、この場の未言鬼達は一切が無意味に切り捨てられていくだけだった。

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