第5話

 お市の方との直接戦闘を見送った鷺山殿は、鬼巫女おにみこ達を護衛して移動する彼女の追跡を始める。

 くノ一を先導としてお市の方を目視で追い駆けさせて、鷺山殿と撫子は彼方あちらに見付からないように距離を取った上でくノ一と同じルートを辿って行く。

「まるでストーカーですね」

「言い方」

 随分と楽しそうな声で撫子に揶揄われて鷺山殿は憮然とする。

 お市の方の姿を見失えばまた捜索する手間が掛かるし、くノ一だけに追わせたら鷺山殿自身の移動が遅れて後手に回る破目になるかもしれないし、こうしてお市の方の後をこっそりと付けるのは戦略的な意図がきちんとあるのだ。

 撫子も当然それを分かった上で軽口を叩いているのは分かっても、当人としては堪ったものではない。

 淀が時折、遭遇した器士きしを蹴散らして何処かを目指している。進路は真っ直ぐ北西にあった戦場から東の方角へ向かっている。

 くノ一から鬼巫女達の行軍が止まったと報告が入る。現地の状況を綴ったメッセージを目で読み上げて、鷺山殿は表情を険しくした。

「ドラシルがいただと?」

 鬼巫女達が逃げ込んだのはホールを区切る林の中でも特に植木の混み合った奥だそうだ。

 背の高い木に紛れて隠れている未言鬼みことおにを分かりやすくマーカーで囲った写真をくノ一は添付して寄越した。その姿は地面から生えた樹木がドラゴンを象って成長したといった風情をしている。

 ミコトキでは、ドラゴン系統の鬼因子は大きく九つに分類される。そのどれもが強力な未言鬼であるのはゲーム業界のお約束であるのだが、くノ一が発見したのはまさにその一つ、植物の特徴を持つドラゴン種『ドラシル』だ。

 ドラゴン系統として基礎能力値が高いという前提があり、さらにドラシルタイプは植物らしく光合成を行って自己修復や他の個体の回復や強化に秀でている。拠点を作り上げるならこんなにも向いているものはいない。

「ドラシル持ちなんてどこにいたんだ、くそ」

 今までこの地方でドラシルの目撃情報はなかった。想定してなかった敵戦力が発覚して、鷺山殿は事前に組み上げた打ち筋を頭の中で見返す。

 ミコトキの回復は、器士側も未言鬼側も微々たるもので時間が掛かる仕様になっている。攻撃で減らされる以上に回復して実質的な無敵状態、なんて事態には絶対にならない。

 なので鬼巫女達もこうして前線から離れて休憩込みで回復をしてまた打って出る方式にしたのだろう。ドラシルを隠れさせているのも、攻め込まれるとジリ貧になるからだ。

 だが、そこにお市の方がいるとなると話が変わって来る。単体でも大勢の器士を相手取れる淀や崇源院がそこにいるだけで、器士側は攻めるのに大きなリスクを負う。

 特に崇源院は長期戦に持ち込めば攻めて来た相手を確実に消耗させられる。ドラシルと組み合わさってほしくない未言鬼の性能を全て備えていて、作戦を考えるのに頭が痛い。

 他の戦場が変化してお市の方が離れるのを待つ手もあるが、淀だけを連れていって崇源院はこの場に残す可能性もある。

 攻めるとするならば、濃一門だけで行うか他の器士を巻き込むかという選択肢が出て来る。

 濃一門だけで攻めるメリットは当然、指揮系統が十全であり不慮の事態が起こっても柔軟に対応して突破する可能性が大きく上がる事だ。デメリットは戦力が限られる事にある。

 他の器士を巻き込んで攻める場合、最も苦労するのが情報の伝達だ。ぶっちゃけて言って、鷺山殿が号令を掛けたとして濃一門以外のプレイヤーがそれに従う義務はない。鷺山殿にも伝手があるので、説得すれば他の一門、それこそ安土一門やオルカ一門が相手でも合流するように働き掛ける方法は幾らでもあるが、交換条件で大物を譲れ、くらいなら当然のように申し出てくるだろう。

 その辺りの折り合いを付けるのに時間を掛けて、攻めるのに必要な時間がなくなってしまうというのも、有り得ない話ではない。

 攻めるか攻めないか、助けを求めるか求めないか。

 それをじっくり考えられるのは、差し迫った脅威がない今の時間しかない。

 決断は早くするべきだ。そうでないと戦況の変化に流されて場当たりの対応しか出来なくなって、戦況をコントロールする事が出来なくなる。

 鷺山殿はもう一度、手元にある情報を目で浚う。

 南西にいる安土一門の戦場では、リリスの他にもランキング上位の鬼巫女も襲ってきているようだ。器士も多くがその戦場に入り、恐らくこのイベントで最も大規模な戦場になるのはそこになるだろう。

 北西のヘカトンケイルはゲーが回収したそうだ。未言鬼は出現させてから三十分が経過した段階で、鬼巫女が回収出来るようになる。回収された未言鬼はその戦闘の間は再使用不可だ。ゲーはその戦場を放棄し、勇者も現在は移動中のようで、どちらも現在地が分からない。

 そしてオルカ一門を中心にした器士の勢力と鬼武者の軍勢が衝突した東の戦場、濃一門の戦力とお市の方の鬼柴田が介入したそこは、鬼柴田を落とすまであと一歩というところまで来ていた。

 あここはもう十分役目を果たしたと見て、自分の足に付いて来れるメンバーを率いて既に鷺山殿に合流しようと走っている。

「お館様」

 くノ一が声だけを鷺山殿の隣に現した。

「必要があればあのドラシル、くノ一が一撃で落とせます」

「そうなのか?」

「どうやらこの戦場で獲得した未言鬼らしく、強化が一切施されておりませんでした」

 くノ一は武器の枠を使って未言鬼の情報を暴く『鬼鏡おにかがみ』という望遠鏡型のアイテムを持ち込んでいる。それで確認したドラシルのHPは彼女が出せるダメージ以下であると言うのだ。

 くノ一が愛用する短剣『無明むみょう』は『攻撃の直前まで継続させた〔隠密〕の秒数』をダメージに上乗せさせる『奇襲』の特殊効果を持つ。藤懸の首を落としてから既に十五分以上が経過している。九百以上のダメージを加算された攻撃であれば、確かに強化なしのドラシルを一撃で撃破されるだろう。

 折角手に入れた強力な未言鬼を持ち帰れない鬼巫女は可哀想だが、戦場とはいつの時代も非情な世界だ。

「あここの到着を待って、二方面から攻める。くノ一、ドラシルを落とすタイミングは任せる」

「御意」

 鷺山殿が決断すると同時に、隣にあったくノ一の気配が消え去った。

 くノ一の後を追うようにして、鷺山殿も反転攻勢のために撫子を連れて再び足を踏み出した。

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