第4話

 炎を吐き出した後、淀は大蛇おろちの姿を縮めて人の姫の姿に成り変わっていた。

 大蛇の時は巨大な炎を吐き多数の器士を一網打尽に出来るがその巨体故に敵の攻撃が当たりやすい。姫の姿は淀の攻撃も範囲が狭まるが敵の攻撃も当たり難くなる。

 攻勢と延命、二つの姿を使い分けて戦況のリズムを制御するのが淀の戦術だ。

 この戦場にいるレベルの器士では、淀の手玉に取られて蹂躙されるしかない。

「全員邪魔だ、下がれ! 距離を取って淀が大蛇になった際に射撃! 用意しろ!」

 だから鷺山殿は戦場に飛び込み、強い語調で叫ぶ。

 周囲にいた誰もがその声に従わなくてはならないと思わされて動き、結果として円陣の中にお市の方と淀、鷺山殿と撫子を取り囲んだ包囲網を形成した。

 お市の方は包囲網の向こうの鬼巫女おにみこ未言鬼みことおににちらりと視線を投げ掛ける。

 何人かの器士がそちらに攻撃を仕掛けているが、淀の奇襲で半数が脱落し残りも殆どが包囲網を作っている。あれならお市の方がいなくても逃げられるだろうと判断する。

 救助に来た相手の安全を確認した後に、お市の方は鷺山殿に目を向ける。

「お姉様にお叱りを受けるような悪いことをした覚えはありませんけれど」

 お市の方は優雅なロールプレイをして微笑を浮かべる。まだ成人しているかどうかといった若い見た目のお市の方に余裕ぶった態度を取られると、お人形が懸命に動いているみたいな微笑ましさが勝る。

「済まないが、戦場は非情なんだよ」

 対して、どう見ても仕事が出来るオンナの雰囲気を見せ付けている鷺山殿の返しは、控え目に見ても新人に圧を掛けているようにしか思えない。

 若干、周囲の器士が引いている。

 鷺山殿の隣で撫子が弓を装備して弦を引き絞って淀を狙っているのも、脅しに見られる事に拍車を掛けている。

 撫子の構える破魔弓は波打つように光が漏れ出していた。

 ミコトキの武器は構えた状態を一定時間維持すると次の一撃のダメージを底上げ出来る。武器が光を放つのは武器のチャージが溜まり切った証であり、破魔弓は錬気力というチャージの上昇値と速度を決める数値が高い武器として知られている。

 お市の方によって強化を尽くした淀であっても、その一撃を食らえば無事ではいられないので、迂闊に動く事が出来ずにいる。

 結果として睨み合いの硬直が始まった。

 鷺山殿は大人の余裕でなんの焦りもなく悠然と立ち、お市の方もみんなが逃げる時間稼ぎが出来るのなら儲けものだと応じている。

 だから時間が過ぎていくのに耐えられなくなるのは三人と一体を囲む器士達だ。

 緊張が堪え切れなくなった何人かが銃や矢を放ち、淀がそれを避けて跳ねる。

 撫子が跳ねた淀の先を見極めて狙いを修正して矢を放つ。器士が緊張の糸を切ってから撫子が矢を放つまで、その間、二秒足らず。

 たったそれだけの時間しかなかったのに、お市の方が足を前に出して撫子の放った矢の先に躍り出る。

 ARの矢にそんな衝撃はないが、身を挺して淀を庇ったお市の方は反射的に胸を押さえて体を曲げる。けれどその唇が口角を上げた。

「引くぞ!」

 お市の方の表情の変化を見た鷺山殿は即座に声を張り上げる。

 撫子は良くその指示に応えて弓を仕舞い身を翻す。

 その一方で鷺山殿が撤退を指示した意図が理解出来なかった大半の器士は呆然を逃げ出す二人を目で追いかけるばかりで棒立ちになる。

 繰り返しになるが、鬼巫女に対して器士が射撃を命中させた場合、鬼巫女がまだ抱えている未言鬼に対してダメージを与えられる。しかしそのダメージを受ける未言鬼はランダムで決定される。

 お市の方が抱えている未言鬼は残り七体もくしは六体、この先に戦力として必要な浅井三姉妹で残っているのは一体か二体になる。そしてお市の方が笑顔を見せたのは、賭けに勝ち浅井三姉妹を守れたからだ。

 そうなればお市の方が取る次の一手は一つ。

 耐久力が一つも損なっていない万全な状態の切り札、それもこの場を制圧するのに適した崇源院そうげんいんがお市の方の前に呼び出される。

 崇源院の鬼因子は源氏物語で怨霊と名が知られた六条御息所ろくじょうのみやすんどころであり、生地の端が透けた十二単を揺らして宙に浮かび上がっている。

 二体目の強大な未言鬼の出現に、器士達は狙いも定める余裕も持てずに攻撃を放った。

 しかし地上を狙った攻撃は淀が吐き出した炎が一舐めして自分達に届く前に焼き尽くす。

 そして空中にいる崇源院を狙った攻撃は全てが彼女を擦り抜けた。

 自分達の攻撃が素通りしたのを見て、器士達は驚き、非難を上げるが、そんなものは聞くのも煩わしいと崇源院は着物の裾で顔を隠す。

 〔霊体〕。崇源院が持つこの特性は、未言鬼の持つ〔霊体〕の合計数以下の星しか持たない武器の攻撃を無効化する。武器の星とはレアリティを表すデータで、武器を強化して増やしていく事が出来るがガチャから出て来る時には星は五つが最高になる。

 そして崇源院の持つ〔霊体〕は一種類の特性で一体が重ねられる最大数の三。そして〔霊体〕としても扱う上位の特性〔怨霊〕を二つ持っている。

 つまり崇源院はガチャから出て来たばかりで強化していない武器の攻撃は一切受け付けない。

 鷺山殿や撫子は勿論、強化を施して星の数を最大の十まで増やした武器を持っている。しかし淀もそうだが崇源院は受けたダメージを全て合計して相手に返す〔呪怨〕の状態異常を発生させる〔怨念〕の特性を持っている。

 鷺山殿が崇源院に大ダメージを与えれば、それがそのまま鷺山殿に返されてHPを全損する危険性が付き纏う。

 崇源院を倒すには一定以上の質を持った武器を持つ器士を大勢揃えて攻撃手を分散させた波状攻撃で攻めるのでなければ、強力な器士が差し違える事になる。

 この場にいる濃一門が鷺山殿の他には撫子、そして姿を消して控えているくノ一の三人しかいない以上、今は逃げの一手しかない。

 そして崇源院の脅威は武器による攻撃を受け付けない事やカウンターが行える事だけではない。鬼因子によって得られる特性は未言鬼の特徴の半分でしかなく、未言鬼の力の半分しか引き出せない鬼巫女がエリアランキングに一位になれる程、ミコトキのプレイヤー層は薄くない。

 意味のない攻撃を繰り返す器士達に嫌気が差したのか、崇源院が眉を潜めた。

 その途端、崇源院を取り囲んでいた器士達がアディショナル・エフェクト《AE》を受けてARインナー《ARI》に軽い圧迫を受ける。

 そして器士達のHPがどんどんと減少していく。

 息締いきしむ。気温と湿気の高い空気に、締め付けられたように息苦しいこと。

 それが崇源院に与えられた未言霊みことだまであり、その効果は見ての通り、ARIの締め付けを強くする〔委縮〕とARIの温度が上昇すると同時にHPが減少し続ける〔火傷〕の状態異常を与える事だ。

 これによって崇源院はそこにいるだけで器士を追い詰めていく。

 濃一門の三人の他、崇源院の特徴を知っている一部の器士が離脱出来ただけで、多くの器士は崇源院によって動きを阻害されて、攻撃に転じた淀によって壊滅させられた。

 結論として、お市の方は救援に入った鬼巫女の撤退を成功させ、鷺山殿は濃一門としてはほぼ消耗なくその場を逃れたが、器士は大部分が戦闘不能に陥った。戦略的に見て、この場での戦闘は器士側の敗北だ。

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