第2話
ARフィールド全体に法螺貝の音が響き渡る。戦闘開始の合図だ。
地平の向こうから土煙が立つ。
鹿、兎、狼、小鬼と種々様々なモンスターが群れを成して迫って来る。どれも〔モブ〕の特性を持ち、多数で一つの
この〔モブ〕による物量作戦で戦火を切るのが中部地方の
「引き付けろ」
鷺山殿が右手を天に掲げて、前に並ぶメンバーが構えの前段階、腰の高さまで銃を持ち上げた。
未言鬼の大群が三百メートル先まで近づいてくる。数字で見ればまだ距離があると思ってしまうが、走って来る勢いが付くとやけに近く見える。
並みのプレイヤーなら未言鬼の勢いでつい引き金を引いてしまうところだが、濃一門で鍛えられた器士は敵がどれだけ近付こうが浮足立ったりせずに、指示が出るまで発砲を抑える。
「
「雨花、籠めます」
銃はミコトキの中では特殊な仕様の武器だ。
そもそもミコトキは、
鬼巫女は未言を表現した作品をミコトキのアプリに登録する。それが未言をよく表現していると審査が通れば
この未言霊を、どこかにポップアップした鬼因子と組み合わせる事で、未言鬼が生み出される。
器士は未言鬼を倒す事で未言霊、もしくは未言因子という武器や装器(他のゲームで言えば防具)を強化するデータを取得する。
銃はその未言霊や未言因子を銃弾として装填して発射する。当然だが、銃弾として発射された未言霊や未言因子はその戦闘の間使えなくなる。
その代わり、銃は他の武器に比べてダメージが大きい。
そして織田信長がそうしたのと同じく、数を揃えて多くの器士に持たせれば、高い制圧力を発揮する。
「雨花! 尽きるまで撃て!」
未言鬼の先頭と濃一門の銃隊の距離が百メートルまで縮まった瞬間に、鷺山殿が号令を掛ける。弾かもしくは敵が尽きるまで、連射を続けろと指示を出され、銃を持つ器士は言われるままに撃って、撃って、撃ちまくり、装填した弾がなくなればまた同じ種別の弾を籠めてさらに撃つ。
雨花。雨が水面にあたって開く波紋を、花に例えた呼び方、という未言だ。これを銃弾として使うと、着弾時に衝撃が波紋のように広がって制圧面積が大きくなると共に未言鬼の攻撃を相殺してくれる。
それを二十を超える器士が一斉に、絶え間なく連射すれば見る見る内に敵の数が減っていく。
ものの三分足らずで濃一門の方に向かってきた未言鬼の第一陣は地上から姿を消した。
だが、その中で見慣れないものが濃一門に迫る。
ARで表現された土の盛り上がりだ。それは明らかに何かが通った後であり、未言鬼の仕業に違いない。
三人の器士が地面に銃を構えて発砲する。しかし着弾は地面に弾かれたエフェクトを見せるだけでまるで手応えがなかった。
「きゃあ!」
「な、こいつ!」
かと思えば、後ろに控えていた銃を持たないメンバーから悲鳴が上がった。
鷺山殿が素早く振り返ると地面から這い出した
足元をよく見れば土竜の作った通路が網目を広げていた。地中に忍んだこの未言鬼は弾丸雨注の中でもなんの痛手もなく接近出来たという訳だ。
濃一門が初手に整列斉射でモブを蹴散らすのは定番であり、鬼巫女陣営にも既に知られている。しかし鬼巫女の中で濃一門の斉射に対する有効な対策をこれまで立てられなくて一方的な展開が続いていたが、ついにその手段を獲得したらしい。
濃一門の器士は攻撃を仕掛けてくるタイミングを狙って土竜に反撃を試みるが、中々上手くいっておらず此方のダメージばかりが溜まっている。
想定しななかった襲撃、それも自分達の攻撃が上手く当てられない相手に、精鋭揃いと名高い濃一門のメンバーも流石に動揺する。
「狼狽えるな!」
それを一括したカズは大砲をAR出力して、土竜が造った塚の一つに砲口を突き刺す。
「〔
カズは自身の大砲に登録した未言霊を宣言した。
それは地面を焼き焦がして灼熱の地獄を造り出す火炎放射として発動するものだ。その炎が今は土竜が造った通路を逆に利用して流れ込む。
窯街。太陽の暑熱をアスファルトとコンクリートが蓄え込み輻射熱として殺人的に高い気温に至った街並み。人は自らを蒸し焼きにする窯を造り、日がそこに火を入れる。
その未言の意味の通りに、土竜の未言鬼は自分の焼き場を作ってしまっていた。
濃一門四天王の一人、『閻魔王』のカズは、その呼び名の通りに地獄を操って初見の脅威を一撃で取り払う。
「ぎゃー! あたしのディグちゃんがー!」
そしてカズの手で土竜の未言鬼が討伐されると同時に、割と近くで女らしさを捨て去ったオタクの悲鳴が聞こえて来た。
鷺山殿が声の方に目を向けると、頭を抱えているいい歳した女性をばっちりと目が合う。
「銃隊、構え」
鷺山殿の冷静な判断に従って、二十数挺の銃口が土竜の主に狙いを定める。
ミコトキでは怪我防止のために、近接武器では鬼巫女に直接攻撃を行えない。
しかし銃を始めとする射撃武器は、鬼巫女に命中した時に控えにして持っている未言鬼にダメージを与える事が出来る。
つまりここであの鬼巫女に銃弾を叩き込めば抱え落ちさせられるのだ。
「せ、戦略的てったーい!」
その脅しは十分に作用したようで、鬼巫女の女性は一も二もなく逃げ出した。
「追いかけます」
鷺山殿の脇を声だけが通り過ぎていく。
濃一門四天王の一人にして忍びプレイヤーでもあるくノ一は、全身をAR迷彩装備で姿を隠し、持ち前の身体能力で逃げた鬼巫女を追跡する。
鬼巫女の布陣する場所はすぐに割れるだろう。くノ一なら未言鬼に囲まれた敵の本拠地に近付いても、そうと知られずにあっさりと帰還してくる。
その間に鷺山殿はデバイスから戦況情報をARウィンドウに展開した。
簡易マップによる周辺のプレイヤー配置、一門メンバーの現状、別動隊のあここ達から入って来る報告、他の一門と結んだチャットと多くの情報を自分を囲むように並べてこれまでの戦況とこれからの戦況を読み取っていく。
「周囲五百メートル圏内に敵影なし。南西に布陣した安土一門にリリスが襲撃」
鷺山殿は整理した情報を読み上げて一門のメンバーと共有する。
安土一門の布陣場所はここからも近い。カズが手庇を作ってそちらを眺望する。
「あー、天使は空飛んでるし、エフェクトも派手だからここからもギリ見えますね。金色と黒系の虹色って事は、ミカエルとルシフェルか」
カズが見た方の空は薄っすらと光っている。リリスという鬼巫女が持つ戦力でも二大巨頭の天使達に安土一門は襲撃されているようだ。
「東に布陣したオルカ一門は鬼武者の軍勢と正面衝突している。その合間を縫ってあここ達が進軍してる」
「あちらも中々に際どい展開なのですね」
撫子は仲のいい友人が激しい戦火を掻い潜っていると知って頬に手を当てる。
しかし濃一門四天王である『鬼娘』のあここは、むしろ嬉々として戦場で暴れていることだろう。
「さらに北東部ではゲーのヘカトンケイルが暴れている。これは運よく敵戦力の隙間に布陣出来た、と見るべきかな」
鬼巫女達も濃一門は警戒している筈だ。だからこそ濃一門の位置を早期に特定したさっきの土竜の未言鬼を差し向けて戦力を削ろうと試みたのである。
しかし今日はそれ以上に大規模一門の制圧を優先しているような動きだ。
「なんか、ヘカトンケイルのとこに勇者がいるらしいっすよ?」
他の器士と個人で連絡を取り合ったのだろう、一人のメンバーが雑談のようにそのような報告を上げた。
勇者という二つ名を持つ器士は、その名声に引けを取らない強さで多くの怪物を撃破している。どこの一門にも属していない単独プレイヤーだが、鬼巫女から見た脅威度は勝るとも劣らないだろう。
そちらを先に見つけたから濃一門には足止めだけの戦力を向けた、と読めば鷺山殿も納得がいく。
そこにくノ一から報告が入る。お市の方の居場所と動きがメッセージで飛ばされてきた。
お市の方は鬼柴田と名付けた未言鬼を東の戦場に送り出し、本人は北西に向かっている。
そこでは鬼巫女が劣勢になっていて、その援軍として入るつもりだろうと思われる。
濃一門が現在地からは遠い。固まって進軍するには遅れが過ぎる。
「撫子、私達は先にお市の方のところへ行くよ。カズ、本隊を任せる。あここの部隊と東の鬼武者を壊滅させた後に此方に合流すること」
撫子からは無言の頷きで、カズからはお任せくださいと頼もしい声で、返事が寄越される。
「よし、鬼柴田は今日落とすぞ!」
カズが激励を掛けて怒号を上げる一門の面々を尻目に、鷺山殿は撫子を連れて駐車場へと向かう。鷺山殿は撫子を後ろに乗せてバイクを走らせる。
ARフィールドは広く、駐車場もいくつか整備されている。鷺山殿が最初の布陣を決めたのも、そこがバイクを使って移動する際に他の駐車場との距離が全て同じになるからだ。
こうすることで戦場を突っ切らずに単騎での移動を素早く行える。
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