第59話 ルージュは俺と?

 十分生還を祝い合ったところで、俺たちはギルドを出た。


 追ってこられても面倒なので、大騒ぎになっているギルド内をこっそり出た。


 俺は元々、友だちが極端に少なかった。人の多い場所で騒ぐというのは、あまり得意ではないのだ。


 それに、ルージュもいる。ルージュだって、あまりそういうのが得意な印象は受けなかった。さっさと帰るのが、俺たちが場を悪くしないためにできる、礼儀というものだろう。


 そんなことを思いながら、ギルドを出ると、そこには、ギルドに入らなかった、いや、なんだか入れそうもない野次馬がいた。


「うわー……」


「まあ、リアルに人が集まるようなことはしたからね」


 えりちゃんが言うならそうなのだろう。


 しかし、野次馬の誰も、俺たちに気づいた様子はない。


 俺のスキルによる隠密状態で、完全にごまかせている。羽を生やしたルージュを見ても大丈夫なのだ。ここはどうにかなる。


 今日のダンジョン探索はもう終わった。ズルズルと変な輩に付き合う義理はない。


「帰ろうか」


「そうだね」


 しかし、帰ろうとしたのはいいものの、なかなか通れそうもない。


 さっさと帰ろうとするも、隠密状態なせいで、人だかりは、俺たちを避けてはくれなかった。


 ルージュの力で飛んでもいいけど、そうなると後から話の種にされそうだし……。


「はーい! ここに溜まられては近隣の方の迷惑になりますので、解散してくださーい!」


 脱出に二の足を踏んでいると、後ろからそんな声がかけられた。


 声の主は、受付のお姉さんこと、宇野さんだった。


 ばっちり俺の顔を見ると、ウインクしてくる。いや、あちこちにウインクしているところを見ると、最初に俺の顔を見たのはたまたまだったらしい。


 いないことに気づいて、何をしているのかなんとなくバレたってところか……。


 一度やっちゃってるからなぁ……。


「これ以上は無理だな」

「確実にここのダンジョンなんだけど」

「探索者に目をつけられても困る。帰ろうぜ」


 しかし、宇野さんのおかげで、野次馬は、若干悔しそうにしながら、少しずつ解散していった。


「あの人も頼りになるんだね」


「まあ、宇野さんって確か、ギルドの受付としては、わたしと同じような経歴だし」


 とえりちゃん。それってどういうことだ?


「そうだったね。ワタシもここはよく来るから聞いたことがある」


 なんて関先輩も続ける。嘘じゃないってこと?


「まあ、それを悟らせないのが、彼女の実力ってところかしら」


 最後に千島さんも言った。マジかよ。


 全会一致で宇野さんは高評価らしい。


 俺は色々あってちょっと苦手だけど、そういえば、ただの受付が、ボスをテイムできるとかそんなこと知らない、かも?


 探索者に物怖じしないし、人の顔をしっかり覚えているし、宇野さんって、意外と能力が高い人なのかな。


 と考えていると、くいくいっとスカートの裾が引っ張られた。


 見ると、ルージュが眠そうに目をこすりながら、俺を見上げてきていた。


「疲れたデス」


「ああ、そうだね。帰ろうか」


 俺たちも人混みに紛れて帰路につく。


 いや、待て。


 問題が解決したみたいになっているが、人の多いところでは話せない大きな問題が残っているじゃないか。


 俺が深層を突破したことで、発生してしまった問題が。


 とりあえず、行けるところまでは行く。


 そして、人通りの少ないところまで移動してきたところで、俺は立ち止まった。


「あのさ」


「ん? どうしたの?」


「ルージュどうすんの?」


 ルージュを除き、全員がハッとしたように目を見開いた。


 すぐに、俺から目をそらしたのは、えりちゃんだった。


「わたしは、ほら、色々な許可が必要になっちゃうから」


「一番安全だと思うけど?」


 まあ、でも実際その通りだろう。


 次に、関先輩が堂々と言った。


「ワタシに他人を養う生活力があると思うかい?」


「それは、どうなんですか?」


 堂々ということじゃないと思うが、なんとなく分からなくもない。


 最後に残された千島さんは、迷ったように髪をいじっている。


「あたしも……。いや、ルージュちゃんを預かるのは、できなくはないけど……」


「なら」


「あたしとしては、本人がどうしたいかを、優先させてあげるべきだと思うな」


「うっ……」


 全くもってその通りだった。


 誰がルージュを預かれるかで考えていた。


 そして、そんな大層なこと、俺にはできないと決めつけていた。


 だから、俺の隣にいるルージュの世話を誰がするか、わざわざ相談を持ちかけたのだ。


 一斉に、自分に視線が集まっていると気づくと、ルージュはゆっくりと全員の顔を見てから、何が起きてるのか問うように俺の顔を見てきた。


「ルージュくんには自我があるようだからね」


「どうしたいかって大事だと思うな」


「わかった。わかりましたから」


 暗に急かすような言葉に、俺も覚悟を決める。


 なんとなく、聞けば何と言うかわかっているからこそ、これは俺の問題だと思う。


 今までのやり取りは、俺の言い訳みたいなものだ。


 思わず笑ってしまう。


「ご主人?」


「ルージュは、誰と一緒に帰りたい?」


 その言葉を聞いただけで、ルージュは、俺が何を考えていたのか察したらしく、一瞬、不安そうな顔になった。


 そうして、目に涙を浮かべながら、思いっきり抱きついてきた。


「ルージュはご主人と一緒がいいデス! 他は考えられないデス!」


「決まりだね」


「まあ、そうなるだろうとは思っていたさ」


「ちょっと残念だけど」


 口々に、優しい笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくる三人。


 実際、俺が何かした記憶はないのだが、少しの間で、そこそこ懐かれてしまったらしい。


 本当に俺でいいのか聞きたいけど、それはかわいそうだろう。環境は、俺より他のところがいいが、それでも、ルージュは俺を選んでくれたんだ。


「わかった。じゃあ、俺と一緒ね」


「ハイ!」


 俺がはっきり言葉にすると、ルージュは泣きそうだった顔をぱっと輝かせて鼻歌まで歌い出した。


 そして、あいかわらず俺に抱きついたままの姿勢で、羽を動かし踊り始めた。


 元モンスターだったせいか、妙な運動神経を見せてくれる。だが、明らかにテンションが上がっているのがわかる。


 ちょっとしたことでこんなに喜んでくれるなんて、嬉しい反応を返してくれる。


「って、え!?」


 もう決定とばかりに、えりちゃんたちは、そそくさと自らの帰路に分かれていってしまう。


 いや、もう今日のことは終わったんだ。即席パーティはここで解散。


 深層攻略はここまでか。


「今日はありがとうございました!」


 みんなもう、こちらも見ないで歩いて行く。


 別れの言葉も言わずに手を振ってくる。


 ルージュを気遣って、かな?


「じゃあ、俺たちも帰ろっか」


「ハイ! ご主人のお家デス」


「まあ、そんな大層なところじゃないけどね」


 俺が一人暮らししているだけのアパート。


 ルージュの見た目とは不釣り合いだが、きっと、それはそれでいいのだろう。

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