第58話 祝・帰還!

「むぅ、天井デス」


 困ったように頬を膨らませて、天井を見ているルージュ。


 確かにルージュの言う通り、目の前にあるのは天井だった。あっという間の移動だった。


 だがしかし、これは……。


「下層までくれば転移できるはずだけど、どうする? 天井ってことは深層なのかな? そういえば階段もないよね?」


 なんて、そんなことを言うえりちゃん。


 反論は出ない。


 どうやら、今の状況に気づいているのは俺だけらしい。


 そういえば、現在地を常に把握できるのは、俺だけだったか。


「あっという間すぎて、みんな気づいてないみたいだけど、ここ、上層だよ?」


「上層デス? 下層じゃないデス?」


 ルージュは当然、層やら何やらの概念は理解していないらしい。が、ルージュの腰から生えた羽に捕まり、ふらふら浮いてる三人は、どうやら何が起きているのか気づいたらしい。


「え、ここ上層なの?」


「一直線だったじゃないか。いつ層をまたいだんだ?」


「そうよ。だって、上層どころか、下層にすら着いた感じしなかったもの」


「まあ、無理もないですね。どういうわけか、深層からここまで、直通だったんですから」


 そう言いつつルージュを見ると、ルージュも困り顔で首を傾げているだけだ。


 やっぱり、ボスだったとは言え、何が起きたのかさっぱりらしい。とんでもないことで、えりちゃんたち三人は、口々に驚いているのに、不思議そうにしているだけだ。


 しかし、こんな穴、元からあったとは思えない。おそらく、深層攻略によってできた穴だろう。


 だが、下に広がる暗闇に、馬鹿正直に突っ込もうとも思わない。ここは、どうにかして入れないようにしておいた方がいい気がする。転移自体はできるのだしね。


「じゃあ、ひとまず、転移できるってことね?」


「できると思う。それなら帰った方がいいか」


「それはそうでしょ。じゃあ、ここはわたしが!」


 えりちゃんがそう言うなり、視界は白くなり、俺たちは無事転移することができた。






 ダンジョンの入り口まで戻ってきた。


 ルージュもしっかり仲間としてカウントされているらしく、転移によってついてきている。よかった。


 だけど、いきなり見知らぬ場所に来たことでちょっと不安なのか、俺のスカートの裾をギュッと掴んで体を小さくしている。


「大丈夫だよ」


「ハイ……」


 そう言いつつも、ルージュは緊張した様子のままだ。


 やはり、精神が見た目に引っ張られているような気がする。


 そういえば、いつもと雰囲気が違うような……。


 気のせいかな?


 ルージュにスカートを掴まれているので、ゆっくり移動するも、やはり何かが違う気がする。


「あれ……?」


「誰もいないみたいだね」


 えりちゃんの言葉通り、人の姿が見当たらない。


「そういう時もあるだろうさ」


「それにしても妙ね。あまりないじゃない。誰もいないなんて」


 俺としても、帰ってくるたび、毎回人が集まっていたから、ダンジョンから帰ってきたら、そういうことするもんだと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。


 じゃあ、ギルドにもいないのかなと思ったが、決してそんなことはなかった。


 ダンジョン管理を兼ねたギルドの中には、人、人、人。


 大勢の人が、真剣な表情で、黙ってうつむいていた。


 空気が重い。


「あっ」


 誰ともなく、俺たちに気づいたように顔を上げた。


 明らかに、幽霊でも見たような、信じられないといった表情で、俺たちを見ていた。


 それからみんながつられるように、次々に顔を上げてこちらを見る。


 だが、その誰も彼もが、俺たちのことを、まるで、死んだ友人にでも会うような顔つきで見てくるのだ。


「も、戻りました……」


「見ましたよ!」


「ど、どうも……」


 居た堪れなくなって俺が言うと、そこからは堰を切ったように、みんながこちらへ駆け寄ってきた。


「すげーよ! すげーどころじゃねぇよ! ヤベェよ! ダメだ。他の言葉が見つからねぇ」


「世界的偉業じゃねぇか! なんだよ。深層ボス攻略ってよぉ!」


「いやいや、今でも信じられねぇ。でも、戻ってきたってことは現実なんだよな……」


「にしても、ドロップアイテムはなかった感じだったが……」


「お前、見なかったのか? テイムだよテイム!」


「ボスもテイムできるって話、本当だったのか?」


「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」


 俺が叫ぶと、どっと押し寄せてきていた人たちは、一斉に身を引いた。


 なんだったんだ?


 なんて、思っていると、視線はルージュに釘付けになった。


「ボス攻略だけじゃなくて、仲間にしちゃったのかよ!」


「そ、その子か? その子なのか?」


「すごい……。ねぇ、触らせてくれない?」


「ご、ご主人……」


 さすがに、人の多さと妙なテンションに、ルージュも圧倒されたのか、怯えた様子で俺の後ろに隠れてしまった。


「大丈夫だよ。怖い人たちじゃない、はず……。でも、すみません。ルージュが怯えてるので、もう少し落ち着いてもらえませんか?」


「お、おう。悪かったな」


「そうね。少しはしゃぎすぎていたわ」


「大人気なかった」


 とかなんとか言いながら、みんながみんな、散り散りになって席に座ってくれた。


 話のわかる人たちでよかった。


「ほらね?」


「ハイ……」


 でもやっぱり、ちょっと怖かったのか、ルージュはまだ、俺の後ろに隠れたまま、ギルドのみんなを警戒している。


 もう少し、どんなところか教えておいてあげたほうがよかったかな。


 しかし、あの堕天使がこんな女の子になっちゃうなんてなぁ。


「コホン……」


 やがて、人が散った後に、初老の男性が、俺たちの前にやってきた。


 見覚えのない、だが、まだまだ現役といった雰囲気の男性だった。


「……あの人、誰?」


 こそっとえりちゃんに耳打ちする。


「ギルドマスターだよ」


「へぇ……。あれが……」


 それっぽいとは思ったけど、そんな人いたんだ。


 やっぱり、制度の方は完全には理解してないんだな。と思いつつ、俺はギルドマスターの顔を見ていた。


 何かあるから出てきたのだろう。


 ギルドマスターは、再び咳払いをすると、細い目を見開いて、順に俺たちの顔を見てから、言った。


「よくぞ、深層ボスを倒してくれた。今、報酬として支払えるのはこれだけだが、いずれ必ず、不足分の報酬を約束しよう」


「報酬……?」


「そ、ボス攻略には報酬が出るの。ま、一回目だけだし、上層、中層は攻略され尽くしちゃってるから、忘れられがちだけどね」


 なんて、えりちゃんが言う。


 誰がその上層、中層を攻略したと思っているのだろう……。


 とかなんとか思っている間にも、事務的な処理が終わり、四人それぞれにお金の入った袋が手渡された。


 ずっしりと重い袋。これにはルージュも気になったのか、中身を覗き、綺麗だと少し興奮している。


「高梨くんの遅れている報酬に関しても、急ぎ渡せるよう中央へ依頼しよう」


「お願いします」


 そういえばもらってなかったな。


 でも、こうして報酬をもらうと改めて思う。


「俺たち、生きて帰ってきたんだ」


 ルージュがテイムできてしまったことで、ここに帰ってくるまでのことが、少し、夢みたいだった。


 本当は夢だったんじゃないかと、今でも思う。


 でも、こうしてお金のを重みを感じているし、ここにいるのは紛れもなく現実の俺だ。


「よかったー! 帰ってきたー!」

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