第57話 名付けよう
「名前を下さい」
沈まない夕日を背に、堕天使だった女の子はそう言った。
「名前?」
「ハイ。名があれば、ご主人たちを上まで送り届けられます」
そう言われても、名前か……。
「何かあるかな?」
「えー? ミニしょうちゃんとか?」
「それはどうなの……?」
「ご主人がつけてください!」
「俺が?」
どうやら、ミニしょうちゃんはお気に召さなかったようだ。
まあ、それは俺も嫌だ。
うーん。しかし、名前かぁ……。名付けって難しいよなぁ……。
「堕天使、フォールンエンジェルとかか? フォールン。エンジェル……。ルージュ」
「ルージュ!」
お、どうやら気に入ってくれたらしい。
ルージュ、ルージュと確かめるように、何度も言葉を繰り返している。
「でも、疑ってるわけじゃないんだけど、名前をつけるくらいで本当にできるのか?」
「できなくても、わたしが上までみんなを連れてけばいいんでしょ?」
「ルージュが皆さんを連れて行きマス!」
なんだか意固地な感じで、ルージュは俺を抱きかかえた。
「え、え?」
突然のことに何が起きたのかわからず、まばたきを繰り返してしまう。
俺、今、俺より小さな女の子に抱えられてる?
「大丈夫です。ご主人はルージュが送り届けます」
そういう不安じゃないんだけど……。
「それで、わたしたちは?」
「これに掴まってください」
そう言いながら、ルージュは、腰のあたりから生えたクジャクの羽のようなものをアゴで示した。
「なるほど、ご主人様と他とでは、扱いが違うというわけか」
「あの、違うデス。そうじゃないデス。みんな一緒に帰れるのがいいと思って……。その、抱えられるのは一人だから……」
「あー! ゆいちゃん、ルーちゃんを泣かせたー!」
「関さん、大人気ないわね」
「す、すまなかった……」
関先輩が謝らせられた!
「大丈夫デス! きっといつかできるようになりマス! がんばりマス!」
「健気!」
しょんぼりしていたところを見せないように、ルージュは笑顔で顔を上げた。もう、みんなになじんでいるようだ。
えりちゃんはルーちゃんとか言ってるし……。
まあ、いい子だよなぁ。元ボスなんだけど……。
「それでは、行きます」
一段落ついたところで、ルージュは真剣な顔で上を向いた。
全員準備万端、しっかりと腰から続く羽根を掴んでいる。
「ご主人も、しっかり掴まっててくださいね」
「わかったよ」
まっすぐ見て言われると断れない。
なんとなく気恥ずかしくてそのままでいたが、俺もルージュの首に腕を回しておく。
するとルージュは、安心したように笑って、また上を向いた。
そして翼を広げると、まるで、本人が再び光り輝き出したかのように周囲が明るくなった。
一度その場でしゃがみ込むと、次の瞬間、ジャンプとは思えないほど、高く、高く飛び上がった。
「堕ちた、黒かった翼を、六対の純白の羽にしてくださった、白くしてくださったご主人への恩は忘れないデス!」
飛びながら、ルージュは言う。
「俺は、特に何もしてないよ……」
そう、俺は特に何もしていない。
ただ、スキルの力が及ぶままに、ルージュが今の姿になっただけだ。
俺は、特に何も……。
「そんなことないデス! 今のルージュがあるのは、ご主人のおかげデスよ?」
ふふっ、と笑うと、ルージュはさらに加速した。
照れたように嬉しそうに、はにかんでいる顔が見える。近くだから、よく見える。
モンスターにも色々あるのだろう。ただ、ダンジョンに湧くだけの存在じゃないのかもしれない。
ビュンビュンと風を切るように進み、気づくともう、夕日は見えない。
深層の光景が見えないほどの高さまで登ってきたらしい。
それでも続いている階段を見ると、やはり本来なら、階段を上らなければいけなかったのだろう。
そう考えると恐ろしい。ルージュがいてくれてよかった。
「……ありがとう、ルージュ」
「ハイ!」
聞こえないように言ったつもりが、聞こえてしまっていたらしい。
恥ずかしい。
顔が熱くなるのを感じながら、俺は話題を変えるように言葉を続けた。
「ルージュはこんなに速く飛べるんだね」
「それもご主人のおかげデス」
今度はルージュが照れたように言うと、下層へ向けて、さらに加速した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます