第56話 ボステイム!

「うおおおおお! もちろん! よろしく! やったやった!」


 当然、堕天使だった女の子が、俺を主人として認めるという言葉を、受け入れない理由はない。


「本当デスか?」


「本当だよ! これからよろしく」


「ありがとデス! ご主人!」


 堕天使だった女の子は、満面の笑みを浮かべると、羽を広げて飛び上がった。俺に向けて飛んできた。


 腕を広げたままの姿勢だった俺の胸に飛び込むように、ふわりと飛んで抱きついてきた。


「えへへぇ。ごしゅじーん!」


 女の子は、なんだかやたら満足そうに、俺のことを抱きしめてくる。


 勢いでOKを出してしまったものの、これはアリだ! 大アリだ!


 まだ、攻撃してくる可能性を警戒していたさっきまでとは違い、テイムした今は、完全に俺もリラックスしてしまっている。


 見た目通りのかわいらしい反応を見ていたら、警戒する気が失せてしまった。


 元は石膏像みたいな、磨き上げられた肉体だったから、ちょっと違和感はあるけど……。


「しょうちゃーん!」


「ぐへぇ」


 後ろからも勢いよく抱きつかれ、サンドイッチされる形で息が苦しい。


「いつまで経っても戻ってこないから、わたしの方からきちゃったよ。どうしたの? ねぇ、大丈夫?」


 俺の後頭部に頭を擦り付けながら、やたらめったら吸ってくるのは、美少女としてあるまじき行為だろう。


 というか、えりちゃんは、首に抱きついてきてるから、息が……。


「えりちゃ、息が……」


「あ、ごめん」


 腕をぽんぽんと叩いていると、ようやくえりちゃんは拘束を解いてくれた。


 死ぬかと思った。


 ボスをなんとかしたのに、仲間に殺されるとか笑えないよ……。


「あれ?」


「ご主人に何するデスか!」


「え、なにこの子……?」


「あ……」


 そうだよ。えりちゃんに殺されそうになってる場合じゃなかった。


 いや、先に説明するべきだったのに、えりちゃんが抱きついてきたりするから……。


 まあいいか。


 しかし、気を取り直して堕天使について説明しようとすると、えりちゃんは神妙な顔をしていた。説明が遅れたからか、それとも、俺に抱きついたまま、頬を膨らませている女の子が気に入らなかったのか、えりちゃんは元堕天使をじっと見ていた。


「えりちゃん、この子は」


「きゃわわわわわ!」


 えりちゃんは、俺の体から女の子を引き剥がすと、抱き上げ、頬擦りをしはじめた。


「きゃわ! かわいい! なにこの子! どこにいたの?」


「やめっ。離してください。離して……。助けてご主人!」


 えりちゃんに頬擦りされまくり、抵抗するように女の子は暴れ出した。


 俺も慌ててえりちゃんに駆け寄る。


「えりちゃん。その子はさっきの堕天使だから。あんまり刺激しない方がいいと思うよ」


「堕天使?」


「あ、俺がそんな風に思ってただけだけど。さっきの深層のボス」


「深層の、ボス……」


 そうして、えりちゃんは、俺の言葉を咀嚼するようにしながら、まっすぐ腕を伸ばして女の子を見た。


 体をよじって脱出しようとしているが、今の女の子の力では、えりちゃんに敵わないのか、元堕天使は、そのままの姿勢でえりちゃんに観察されている。


「助けてください! ご主人!」


「もうちょっと待って! えりちゃん、ほら、この羽。ね、天使っぽいでしょ? だからさ、ね?」


「しょうちゃんがテイムしたってこと?」


「そうみたい。よくわかったね」


「しょうちゃんのことだもん」


 何故かニコッと笑うと、そこでえりちゃんは、すんなりと女の子を離してくれた。


 すぐに女の子は俺の影に隠れて、警戒するようにえりちゃんを見出した。


 えりちゃんもまた、顔だけ出した女の子を見ている。


「すごいじゃん、しょうちゃん! やっぱりわたしが見込んだだけはあるよ!」


「そう、かな?」


「騙されちゃダメデス、ご主人。あれはきっと、ご主人を利用しようとしているのデス」


 女の子は俺に忠告してくる。


 えりちゃんはすっかり警戒されてしまったらしい。


「でも、女の子を裸で放置ってのは、いくら元ボスとは言え、あんまりよくないんじゃない? 多分、ゆいちゃんとか千島さんが来たら、ドローンも追いついてくるだろうし」


「うわあああああ!」


 そうだ。元々堕天使が服を着ていなかったから気にしてなかった。それに、なんか光に包まれてたから、よく見てなかったところもある。


 この子。モンスターの姿の時、服着てなかったから、もちろん服なんて着ていない!


 えりちゃんが言うように、まだ映ってなかったからよかったものの、今はそうも言っていられない。


 俺は慌てて、収納スキルから綺麗な真っ白のワンピースを取り出した。


「はい」


「なぜデス? 何も着ないのが美の頂点デス」


 くそう。謎の価値観で着ようとしない……。


 もうどうにでもなれ!


「これを着てる方がもっと美しいと思うから。お願い!」


「美しい……! わかったデス!」


 なんだか目を輝かせながら着てくれた。


 生態はよくわからないが、美しさが重要な指標らしい。


 ワンピースを被り、ひらひらさせて感動しているように見える。


「まったく、すごいな君たちは?……ん?」


「何この距離。ひとっとびするような距離じゃないでしょ。あれ?」


 なんとかセーフ!


 関先輩と千島さんが来る前に間に合ってよかった。


:倒したああああ!

:何が起きてるん?

:よく見えなかったんだけど


 どうやら、見ている人たちも正気を取り戻せたらしい。よかった。


「あ、えっと。ボスをテイムしました」


 補足しようと俺が正直に白状すると、一瞬だけ、コメントが完全にストップした。


 また何かあったかと画面を見ていると、今度は、ドバッと、滝のようにコメントが流れていく。


:ボスをテイム?

:今から行く!

:バカ死ぬぞ

:止めても無駄ダァ!


「帰るので来なくて大丈夫ですよ?」


「この子の見た目だもん、仕方ないよ」


 どうやらえりちゃんとしては納得の理由らしい。


 深層のボスを攻略したどうこうよりも、ボスだった女の子の方を見たいってわけね……。


「よしよーし」


「撫でないでください! 頭を撫でていいのは、ご主人だけです。ご主人、撫でてください!」


 そう言いながら、話題の女の子は、えりちゃんの手を逃れて俺の前まで回ってきた。


「え、撫でるの?」


「ハイ!」


「ええっと。こんな感じ?」


「はいぃ」


 よくわからないながら、頭に手を乗せてあげると、なんだか気持ちよさそうにし出した。


 いや、これは、撫でてると言うより、手に対して頭をこすりつけてきているような感じだ。ま、いいか。本人がそうしたいなら。


「って、そうじゃない。帰るんだよ。帰るためにここまできたんだから」


「そうだったね。でも、どうしようか」


「あそこにあるのは階段じゃないかい?」


「透明な階段で、あの高さ登るの?」


 関先輩の指さす先には、確かに、大きなドミノのような透明な板が、螺旋状に上まで続いていた。


 おそらく、上の層まで続いているのだろう。


 だが、落ちてきた高さをを考えると途方もない。天井が見えないほど高い。


 そもそも、透明な足場を登るのは、千島さんじゃないが怖い。それに、正直めんどい。


 そんな俺の気持ちを察してか、堕天使だった女の子は、一人、前に出て、真剣な顔で俺たちの方を振り向いた。


「ご主人、名前を下さい」

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