第53話 総攻撃

 形状が安定した堕天使は、半分は天使、半分は悪魔のような羽で、少しの間、優雅に飛び回っていた。


 コメントが流れない。通信障害ではない。おそらく、半分は相手の規模感に絶望し、もう半分は、優美な姿に魅了されているのだろう。


 この、秋の夕景のような、赤くもあり、青くもある景色をバックに、美しい姿で、踊るように飛ばれては、無理もないというものだ。


「飛んでる敵にだって打つ手はある」


 俺の言葉に、えりちゃん、関先輩、千島さんの順番で俺を見た。


「もちろん。今のところ、スキみたいなものは見当たらないけど、だからって、諦めたわけじゃないから」


「それはそうだ。ワタシが死ぬということは、ワタシの実験が終わるということ。そのようなことは、決して望んだりしないさ」


「そうそう。勝ち筋は手繰り寄せるものだって、あたしは経験で知ってるから」


「うん!」


 みんなは諦めたわけではなかった。それが分かっただけでよかった。


 改めて堕天使を見上げると、俺たちの言葉を作戦会議と判断したのか、飛び回るスピードはどんどんと加速していた。


 それだけじゃない。何かが飛んできている?


「はっ。まずい! すぐにかわして!」


 サイズ感から、そこまで遠くにいないと思っていたが、そんなことなかった。


 相手、めちゃくちゃでかいのだ。


 羽虫サイズの何かが飛んでくると思ったが、超巨大な雷、炎、ヤリが、雨霰のように降り注いできた。


「くっ……」


 スピードはギリギリ目で追える程度。


 そして、量はと言えば、瞬時に回避先を判断しないと、攻撃が直撃するような攻撃。まるで絨毯爆撃だ。


「ふぅ。危なかった……」


 とりあえずは凌いだ。


 いや、ただ回避しただけだけど……。


「みんなは……?」


「大丈夫」


「運が良かった」


「なんとかね」


 かするくらいなら、命に別状はなかったみたいだが、みんな、そこそこダメージを喰らわされてしまったらしい。


「まるで、えりちゃんのスキルみたいだったね」


「ううん。あれは多分、わたしのスキルの上位互換だよ。わたしじゃ真似できないもん」


 確かに、えりちゃんのスキルは、一度に一つという条件付きで、なんでもできるというものだ。


 無論、今のを見たから、即座に上位互換とは判断できないが、雷、炎、ヤリを同時に放つことは、えりちゃんのスキルではできないのだろう。


 ん? 待てよ? 雷、炎、ヤリ?


「目には目を、歯には歯を……?」


「どうしたのしょうちゃん」


「同じ攻撃で様子を見る。べきかな?」


「そう思ったんでしょ? なら、やってみようよ」


「お願いします」


 関先輩も千島さんも、即座に頷いてくれた。


 堕天使は力を溜めているのか、今は滞空したままこちらをじっと見つめている。


 攻撃するなら今がチャンスだ。


「『雷鳴』!」


「『インフェルノ・ノヴァ』!」


「『グングニル』!」


 俺もスキルによる強化を意識的に乗せ、反撃としての攻撃を返す。


 雷、炎、ヤリによる反撃。


 遠く、空を飛ぶ堕天使に向けて、全力攻撃。もう、倒せば終わり。そんな思いを乗せた、出し惜しみのない攻撃だった。


「はあああああ!」


 加えて、俺は衝撃波を飛ばすため、剣を振り抜いた。


 その瞬間だった。


「んっ?」


 剣が空中で固定された。


 びくともしない。手を離しても浮いたままだ。


 まるで、フィギュアが透明なアームで固定されているように、浮いた状態で剣が動かなくなってしまった。


「しょうちゃん、あれ!」


 えりちゃんの言葉に前を向くと、放たれたと思っていた他の攻撃も、放たれたと錯覚していただけだった。


 どの攻撃も、全く前に進んでいなかった。


 発射されたその瞬間で、まるで時を止められたかのように、全く動いていなかった。


 雷も炎もヤリも、まるで作り物になってしまったかのように、発動後の状態で止まってしまっていた。


「どういうことだ?」


「綺麗だね」


「いや、そうじゃなくて」


「魔法やスキル、武器すら振れない」


 言いながら、関先輩が軽くスイングした杖も、空中に浮かされてしまった。


「武器もダメ、スキルもダメ。距離的に接近ができない。そもそも、届きそうもない。これ、攻撃が出せないってこと?」


 拾ったアイテムすら、投げようとすれば、そこから動かなくなってしまった。


 今、殴ろうとすれば、もしかしたら、腕すら動かなくなるかもしれない。


 そう考えると、武器を振っても体は動かせるというのは、まだ幸いなわけか。


「でも、今までのやり方じゃ、打つ手なし……」


 そう、今までの方法じゃ。


 だが、攻撃が飛んでこないなら、その間に考えることはできる。


 距離の問題だって、近づけさえすれば問題にはならない。


「いや、考慮していないことはまだまだある。まだ、やりようはあるはずだよ」

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