第52話 ボス覚醒

「深層は、ボス部屋の前まで来たら、逃がさないってことか?」


「あはは! すごいすごい! きれいな音!」


「そんなこと言ってる場合か? あれに当たれば、ボスと戦うことすらできずに終わりそうなものだぞ」


「みんな、しゃべってないで走って! 後ろ、すぐそこまで迫ってきてるから!」


 つららや暴風、斬撃の嵐は、走っても走ってもついてきた。


 突っ立っていたら、確実に当たっていた攻撃の数々。それらは、追い立てるように飛んでくる。


 誰の放った技かはわからない。いや、ダンジョン自体から放たれているのかもしれない。


 とにかく、全員無事に防げそうもない。


 だから俺たちは、ボス部屋に向かって全力疾走していた。


「扉開きます。入ったらすぐ横に回避してください!」


 まるで俺たちを招くように、扉は開いた。


 そして、即座に左右に回避。


「うっ」


 えりちゃんと激突したが、無事、全員攻撃をかわせたようだ。


 えりちゃんは、特にふざけているようにも思えたが、さすがはベテラン、しっかりと回避している。


 まあ、未だふざけているのかもしれない。


 えりちゃんは、俺に馬乗りになっていた。


 目と目が合う。


「えっと……」


「しょうちゃん……」


「助かってよかったね……?」


「しょうちゃん! もっとムードを考えてよ!」


「ええ!?」


 なんか怒られたんだけど? どうして?


「いや、しょうちゃん。その判断で大丈夫だ。伊井野くん、現状を考えるんだ」


「はーい……」


 不満そうに頬を膨らませつつ、えりちゃんは立ち上がった。


 伸ばされた手を取って、俺もすぐに立ち上がる。


「入っちゃったわけね」


「はい」


 俺たちはとうとう、深層のボス部屋まで来たわけだ。


 成り行きで入ってしまったが、もうすでに扉は閉められている。


 逃げ道は完全にふさがれた形となった。


 いや、どちらにしろ、俺たちには他に帰る方法などない。


 ここを超えなくては、俺たちは、ダンジョンの外に出られない。


「にしても暗いね」


「うん」


 えりちゃんの言葉に頷く。


 ボス部屋は、ずっと暗い。


「……」


 しんと、静寂が耳に痛いなんて、詩的な表現が似合いそうな、照明もない、薄暗い部屋で、しかし、何かが変化していることだけはわかる。


 誰ともなく黙り込んだ。


 部屋の空気が変わったのだ。


 突然、青白い光が、背後から差し込んできた。丸いボス部屋全体を、まるで外側から照らし出すような光だ。


 そこで初めて、俺たちは、深層ボス部屋の全容を見た。


 目を奪われるような、きらびやかな装飾。俺は、心まで女子ではない。だが、アクセサリーの類がわからない俺でも、綺麗だと、心を、目を奪われるような内装。


「■■■■■■」


 そこに、言語とも音とも取れない、謎の振動を漏らしながら、突如、虚空から何かが姿を現した。


 元からそこに在ったかのように、柔らかそうな羽に包まれた、球状の何かが出現した。自然と、部屋の中央に。


「あれは……?」


「多分、ボス」


 緊張した様子のえりちゃん達に、俺もボスだと確信した。


 腰に下げた剣を抜き、いつでも戦える状態を作ったところで、部屋の装飾が、全て同時にひび割れた。


「えっ」


 あっけに取られてしまった。


 攻撃をされたと思うより早く、何かが起こったことに、何も反応できなかった。そして、しまったと思った。


 だが、痛みや何かが届くことはなかった。ただ、景色だけが、一変してしまった。


 確かにそこは、地下深くにあるはずの、ダンジョン深層だった。


 しかし今では変わっている。一瞬にして、夕方の空が映し出された場所へと、転移させられていた。


 羽はモゾモゾと動いている。


「来る」


 なんの確信もなく、声が漏れていた。


 だが、俺の言葉通りに、羽は動き出した。


 内から片方をもぎ、黒い、人の形のような何かが露出した。


 自らの羽を引きちぎったらしく、空いた左肩に、代わって現れたのは、ダンジョンで見たような悪魔の持っていた、黒い、蝙蝠のような翼。


 真っ白い羽と、真っ黒の翼をもった、禍々しくも美しい……。


「堕天使……」


 まさに、堕天使という形容しか思いつかないような様子のボス。


 そんな堕天使を、俺たちは、地上にいた、スキだらけだった間、結局一度も攻撃できなかった。


 いや、攻撃しなかったのが正解だったのだろう。


「あ……」


 思わず声が漏れた。


 引きちぎった羽は、握られただけで消え失せた。おそらく、触れていれば、同じ目にあっていた。


 それから俺たちは、ふわふわと浮かぶ堕天使を、ただ見ていることしかできなかった。


 いや、諦めたみたいになっているが、決してそんなことはない。


 俺たちは観察していた。どう勝つか、何ができるのか。


 ここに来ても、まだ勝ち方を考えていた。

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