第54話 打開の一手

 まだできる。そう思っていた矢先だった。


 秋空に輝く雷と炎、それだけでない。


 千島さんの投げ抜いたヤリや俺が振り抜こうとした剣、関先輩が振った杖まで、一気に方向展開して、俺たちの方を向いた。


 何が起きたのか、全員が瞬時に理解した。


 自らの攻撃が襲いかかる!


「うっ!」


 突然の出来事だったものの、一手で、攻撃の範囲外に出ることには成功した。


 だがさすがに、全員が完全回避とはいかなかった。


 装備のおかげで無事ではあるが、防具類はボロボロ、いや、形を保っているのが不思議な状態。だ


「こういう時、しょうちゃんって結構大丈夫だよね」


「え、どういうこと?」


「もっとボロボロになってたら、色々と見えていいんだけどなぁ」


「俺は結構やられてるけどね?」


 前は毒で装備が溶けてた気がするし、最初は体が小さくなって服のサイズが合っていないと叱られたし……。


 いや、えりちゃんは、そんなことを言いたかったのではないのだろう。えりちゃんの軽口のおかげで、精神的に落ち込みそうだったが、なんとか持ち堪えた。


 しかし、気を使わせてしまうほどには、パーティ全体の精神的疲労が大きいように見える。


 自らの攻撃と似た攻撃、そして、自らの攻撃も返ってくる状況。


 それに加えて、やる事なす事上手くいってしまう天才たちは、思いもよらない逆境に弱いのかもしれない。


 探索者以外何もできない、探索者すらギリギリの、負けを前提とした俺とは違うのかもしれない。


 ふと、ダンジョンで対処に手一杯になっていた、えりちゃんの姿を思い出す。


 もしかしたら、へらへらしているように見えるえりちゃんすら、心は折れているかもしれない。


 まだやれると思っているのは、本当は俺くらいか?


 いや、こんなの思い上がりだ。


「……」


 そう思いたかったが、確実に、周りのみんなの口数は減っていた。


 遠くで不敵に笑う堕天使は、まるで、圧倒的な力を持ちながら、心を折ることを目的としているような、そんな様子で、じっと、俺たちを観察しているように見える。


 今はもう、攻撃すらしてこない。勝ちを確信したように、ただこちらを見るだけだ。


 俺たちにできることはないと、示したからか……。


 確かに絶望的な状況だろう。


 地面に落ちている俺の剣を、また振ったとしても、さっきと同じ結果になるだけだ。


 戦いの相棒が自分に向くというのは、思っているよりも心にくる。だからこそ、あまりうだうだしていられない。


 手はある。


「えりちゃん。俺を飛ばしてくれ」


「……え?」


 俺の言葉に、えりちゃんは、一瞬聞き逃したように、普段は見せない弱った顔で俺を見た。


 すぐに、笑顔に戻ったが、確実に余裕は無くなっている。


 やっぱり、決着を急ぐべきだ。たとえ、それが思いつきだったとしても。


「俺を、堕天使のところまで吹き飛ばしてくれ」


「えっと……、何言ってるの? しょうちゃん、それはちょっと冗談きついよ? 確かに、堕天使の方に飛ばせば、スカートの中は見えるかもしれないけど、攻撃は出せないでしょ?」


「あ……」


 考えてなかった。


 いや、そんなつもりで言ったんじゃないのだが、思ったよりえりちゃんには余裕があるのかもしれない。


 まあ、それならそれでいい。余裕があるなら、これから言うことを実行してくれる可能性は上がるはずだ。


「まだ堕天使以外への攻撃は試してないでしょ? だから、攻撃ではなく、ただ投げるんだよ。むしろ、俺への攻撃」


 えりちゃんにそこまで言ってから、俺は関先輩と千島さんの方を見た。


「関先輩、千島さん。二人で、えりちゃんが俺を吹き飛ばしやすいように投げてくれませんか?」


「……ほう?」


「……あたしが?」


「お願いします」


 意気消沈と様子だった二人は、互いに顔を見合わせた。


 旧知の仲、ではないのだろうが、それでも、お互いがお互いを励みに努力してきた存在。


 ならば、ここぞという時は、俺より信頼できるのだろう。


 確かめるように見つめ合った後、関先輩は、ニヤリと笑った。


「面白い」


「それは、大丈夫ってことなのね?」


「もちろんだとも。確かに、試していないことが多数ある中で諦めるなど、それは、生物として死ぬ前に、ワタシ自身が死ぬことだった」


「そうですよ。関先輩は、こんなところで立ち止まる人じゃないはずです」


「もちろんだ!」


 ようやく関先輩は調子を取り戻したらしい。


 関先輩は、身体能力強化の魔法を自らにかけ、俺の背後に立った。


「千島さん」


「分かった。分かったわよ。しょうちゃん、本当にいいのね? 止めてって言ってももう遅いわよ?」


「はい。むしろお願いします」


「まだよく分かってないけど、ここで一番頭が切れる関さんが言うんだもの、乗らないわけにはいかないじゃない」


 そうして、千島さんも俺の背後に立ってくれた。


 俺を投げる準備は万端。


「えりちゃん」


「……」


 珍しく、えりちゃんは俺の呼びかけに反応しなかった。


 唇を固く結び、目を伏せたまま動かない。


 迷った様子で、視線を左右に振ってから、えりちゃんはようやく顔を上げた。


「わたしの負けだね。しょうちゃんのスキルなら、攻撃と取られずにこの状況を打開できるってことでしょ?」


「多分だけど……」


「他に手がないもんね。わたしじゃ、また別のスキルになっちゃって、攻撃扱いになりそうだし……。移動や接近自体はできるんだから、この方法が最良かな」


「うん」


 俺はすでに、関先輩と千島さんに担ぎ上げられている。


 あとは、えりちゃんがスキルの準備をして、俺にぶつけてくれればいい。


「わたしもこうなったら、遠慮はできないからね」


「どんとこいだよ」


 そこでようやく、えりちゃんは俺の背後に立った。


 スキルの準備は一瞬だが、それで済んだらしい。


 力を感じる。


 これなら、できる。


「いくよ!」


「「せーの!」」


「『爆風』!」


「うおおおおお!」


 前へ進む。確実に進んでいる。爆発的な推進力を感じる。


「いい眺め……」


 そんなえりちゃんの声に、スカートを反射的に押さえつつ、俺は堕天使へ向けてみるみる進んでいく。


 やはり、堕天使への攻撃だけが止まるのだ。


 俺への攻撃は止まらない。


 俺を投げることは問題ない。


 そして、俺のスキルは攻撃じゃない。ただ、触れればいい。


「攻撃を出せないとしても、これなら問題ないだろう?」


 迫る迫る迫る。


 残りおおよそ百メートル。そこで堕天使もようやく、自らの力が俺に効いていないことを認識したらしい。


 だが、遅い。


 天才は、元ある力だけで、簡単に対処できてしまう。故に、窮地に弱い。


 それは、人外においても同じこと。


 無限とも思えた距離はみるみる詰まり、巨体はすぐそこまで迫る。


「■■■■■■!!!」


 地獄のような叫びに顔をしかめるが、俺に攻撃は、効かない。


 手が届く。


「いけえ!」


 俺は、小さくなった体で、精一杯右手を伸ばした。

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