第42話 突撃の末に……

「ああ。ひどい目にあった……」


「そんなことないと思うけど」


「下層でしか見ない状態異常。やはり、一人でないというのは心強いものだね」


「あたしはもう少し見たかったかな」


 状態異常にかかっていたのが俺だけだったから、被害者は俺だけ。

 他の人たちはそれは楽しそうでしたね!


 さっきの猫のせいで緊張感が完全に消えてしまった。


 周囲のモンスターが寄ってこなかったからよかったが、あれでモンスターが来てたらどうなっていたことやら。


 一応、肉体的なダメージがないのがせめてもの救いだ。


「何か来てるね」

「うん」


 こうして、モンスターがいるダンジョンに来ているのだ。


 近づいてくるのは大きな足音。俺たちの騒ぎを聞きつけてから接近してきているのか、猛スピードで迫ってくる。


 壁にぶつかったら、いくらモンスターでもタダでは済まなさそうな勢い。

 まっすぐ突っ込んでくるのは、イノシシのような姿をしたモンスター。猪突猛進といった様子。


「さすがに後輩ばかりにいいところを取られるわけにもいかないからね。ここはワタシがやろう」


「お願いします」


 まだ点のような大きさだが、気づいた時点で魔法を放つようだ。


 俺たちは邪魔にならないよう後ろに下がる。

 すると、空気がひんやりと冷えてきた。空気中に氷の粒が現れ、少しずつ集まっていくと、大きな粒は姿を変え、氷の矢が現れた。

 短めの詠唱。だが、確実な力強さを感じる。

 

「貫け『アイス・アロー』!」


 関先輩の言葉とともに放たれた氷の矢。


 まっすぐ向かってくるイノシシめがけて、一直線に向かったが、イノシシの姿がブレると、まったく気にした様子もなく、そのまま突っ込んでくる。


 ダメージはなさそう。動きも鈍っていない。


「え、うそ。ゆいちゃんの魔法をかわしたの……?」


「……すまない。正確な一発を狙ったのだが……」


「大丈夫よ。意外と賢いなら、あたしが引きつけてヤリを当てるから」


 どうやら本当に関先輩の魔法をかわしたらしい。


 イノシシの動きはただ前に進むだけの単純な動きだが、それだけじゃない何かがあるようだ。


 俺たちの前に出た千島さんに任せ、再び様子をうかがう。

 目まぐるしいほどのスピード、先ほどより速まり、気づけばすぐそこ。


 爆音を鳴らしながら近づくイノシシめがけて、


「はっ!」


 だが、またしてもイノシシの体がブレると、そのまま俺たちの方へと向かってくる。


「千島さんの攻撃まで!?」


「えりちゃんはこのままで、ここは俺が!」


 距離的にできるのは一振り二振り。


 単調なようでいて、相手の攻撃を見切るだけの動体視力。


 一瞬の攻防。


 かわされればどんな攻撃も意味はない。


「はっ、はぁ!」


 俺はフェイントをかけ、回避に入ったイノシシめがけて剣を当てた。


「フゴォッ!」


 当たった!


 俺はそのまま思いっきりイノシシを壁にぶつけた。

 俺の勢いを利用した一撃に、さすがのイノシシも動きを止めた。


 手に衝撃が残っているが、勝ちは勝ち。イノシシの様子からして、剣で引きつけないと厳しかったかもしれない。

 しかも、見切ってフェイントも入れないと攻撃を当てることすら難しい。威力を無視するならかわせないほどの規模の攻撃を放てばいいが、狭い通路で会えば自分も巻き込まれかねない。


 シンプルな戦いだが、意外と難敵だったわけだ。


「やった! しょうちゃんがやった!」


「そうか。初めから二発撃てばよかったのか」


「あの状況で冷静な対処ができるなんてさすがね」


「あ、ありがとうございます」


 でも、俺一人だったら勝てなかっただろう。

 もちろん、一撃目をスキルによって回避すれば、倒すことはできたかもしれないが、その場合、えりちゃんにはぶつかられていた気がする。


「いくつかの要素があってのチームでの勝利ですよ」


「しょうちゃーん!」


 えりちゃんが無事そうでよかったよかった。


:なんだか、見えなかった

:さっきとの差よ。切り替えが早い。

:一瞬の出来事なのにそこまで反省できるのがすごい


「みなさんもありがとうございます」


 正直、俺の体感的には対処する余裕があったが、スキルによる補正もあるだろうし人それぞれ。

 画面越しだと見にくいだろうし、これは仕方がない。


 しかし、


「でも、あれだけのスピードで壁にぶつければ倒せると思ったんだけど……」


 イノシシは未だイノシシの形のまま、アイテムへと変わる気配がない。


 それに、止まっていたはずの動きが再始動し、ピクピクしている。


 まさか、まだ何かしてくるのか?


「フゴォオオオオ!」


 イノシシは、鼻を鳴らしながらむくりと起き上がると、突進ではなくジャンプした。


 思いもよらない行動、そして、イノシシとは思えないほどのものすごい跳躍力で思わず反応が遅れた。


 謎の行動。強力な攻撃を警戒する。


 だが、思いがけない変化。イノシシの鼻が広がると、金属のような表面になり、地面の様子が反射する。

 そんなイノシシは、誰もいないところまで滞空し、広がった鼻を下にして落ちてくる。


 落下位置はまったくの見当違い。


 回避することもないような位置。


「おっと」


 落下してきた衝撃で床が激しく揺れる。だが、誰にも当たっていない。

 床が揺れたことによるダメージはない。


「えっ」


 ダメージはないが、ふわりと体が浮遊する感覚に襲われた。

 体が浮かされたのではない。逆だ。一気に視界が下がっていく。


「落ちてるっ!?」


 イノシシの落下は床に穴を開けるほどの一撃だった!

 全員仲良く下の層へと落ちている!


「これは、イレギュラーの中でも最上にまずいものだね」


「下層だったのよ? 下は……」


「深層だね」


「嘘だろ!?」


 下層の床が抜かれた。

 下層攻略のはずが、俺たちは深層へと落ちている。

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