第43話 深層

 俺の頭によぎったのは、イレギュラーという言葉。


 下層でイレギュラーに遭遇するなんて。

 いや、そんなことより、今は落下に備えないとだ。

 俺は落下によるダメージを受けないが、みんなは。


「えりちゃん!」


「わかってるよ。もう対処済み」


 ほっと息を吐くと、


「ぐっ」


 次の瞬間には地面に激突していた。


 他の三人はスキルの補正など必要なさそうな華麗な五点着地を決めていた。


 どこでそんなスキルを身につけるのだろう。

 俺だけ無様に激突じゃん。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫大丈夫」


 スキルのおかげでダメージがないとはいえ、やっぱり着地は大事だ。


 えりちゃんの明かりも消えていたのに、これが経験の差か。


「深層だね」


「ダンジョンのどの層よりもよほど神秘的、いや混沌としているのか?」


「とにかく、普通じゃない雰囲気ね」


 余裕のある三人は、もう周囲の観察を始めている。


 装備についた土を払いながら、俺も周りを見る。


 そこそこな衝撃音を響かせてしまったが、今のところ即座に接近してくる影はない。

 周りには、そこかしこにクリスタルのようなものが生えていたり、なんだかよくわからない形状の植物のようなものが生えていたりと、まったくの別世界という様相だった。


「あ、アイテム」


「多分、さっきのイノシシのじゃないかな」


 落下の衝撃で倒れたのか、それとも先ほどの攻撃が最後の一撃だったのか、イノシシは倒せていた。


 そうは言っても、深層。

 観光に来たわけじゃないし、神秘的だろうがなんだろうが危険な場所だ。


「そういえば、しょうちゃんは毎回イレギュラー起きてる?」


「イレギュラーが起きる共通スキルがあるらしいよ?」


「そういうことだったのね?」


 じっとりとした視線。


:すごいスキルには対価があるものだしなぁ

:まさかそんなはた迷惑なスキルがあったなんて

:でも、毎回イレギュラーが起きるなら配信映えしそう


 コメントでも俺のスキルにヘンテコスキルが紛れ込んでいるみたいなことになっている。

 だが、全部は把握できてない以上強くは否定できない……。


「ま、まあまあ。こういう時はすぐ帰るのが大事でしょ?」


「しょうちゃん誤魔化した!」


「違う違う」


 ……ないはず。ない、よな……?

 敵とも距離があるし、いざとなればすぐに転移すればいい。

 こっそり確認だけでも。


「ふっふっふ。こんなところにこんなものがあるんだなぁ」


「さすがだね」


「使っちゃお使っちゃお」


 えりちゃんによってどこからともなく取り出されたのは水晶。それも他人のスキルがわかる水晶。


 さすがえりちゃん。そんな高級品も持ってるんだな!

 じゃない!


「どこまで俺のことさらすのさ!」


「わたしはしょうちゃんのすべてを知りたいだけだよ?」


 ダメだ。話が通じない。


「ま、本当は他の人とコンビネーションを取るために、なんだけどね。だから、わたしは二人のスキルも知ってますよ?」


「そうだったのかい? ワタシの場合は、説明していないだけで、隠しているつもりもないが」


「あたしは、ノーコメント。いいから見ましょ?」


 さっき二人に見せていた、俺が猫の真似をした時の動画といい。どんどん俺の情報が漏れていく。


 隠すよう言ってたのはえりちゃんなのだが。

 まあ、俺も隠さないと、と思ってるわけでもないからな。


「えっと。しょうちゃんの共通スキルはー」


「多いなっ!? これが一人のスキル量かい?」


「あたしも見たことない量……あ、魅了って……ドキドキするのはされてるからかしら……」


:俺も見たーい


「残念ですが一般には公開できません」


:ぐぬぬ

:商売道具みたいなものだからな

:かといって深層行くなよ? というより、下層のボス倒されてないのに、深層行ってしまったらどうなるんだ?


 気になるコメントがあったが、とりあえずざっくりスキルを見る。


「ない! ないでしょ!」


「……ない……」


「ほーら! たまたまだよ。たまたま!」


 三人して何度も探しているようだが、三人で確認してないならないのだ!


「疑ったりして悪かったよ」


「ごめんね」


「い、いや、謝ってもらうほどのことでもないですけど」


:違ったのか……

:しょうちゃんごめんね

:ないならないで配信映えしないのでは?


 よ、よかった。なかった。よかったぁ。


 配信映えは、俺は別にしなくてもいいし、よしよし。


 こんな状況で犯人に仕立て上げられたらたまったもんじゃないからな。


 でも、こんなこと帰ってからすればよかったんだよな。


「えりちゃん。みんなで帰ろう? 深層はさすがに危険すぎるでしょ?」


「……実はもうやってるんだよね」


「え?」


 まったく気づかなかった。


 場所は変わっていない。一ミリたりとも転移していない。


 改めて、俺の方でも転移スキルを発動しようとしてみるが、妨害でも入っているようにスキルが発動しない。


「転移、できない……?」


「そういえば、ボスを倒さないと下の層へは転移できるようにならなかったね」


「待って。このダンジョンって下層のボス倒されてないのよね?」


 全員が顔を見合わせた。


 コメント欄も阿鼻叫喚の地獄絵図。流れるスピードで読めやしない。


 開放されてない下の層へと降りられないように、下の層からも上がれない。


 俺たちは、帰れない。

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