第37話 伝説のダンジョン探索者

「あれ何かな?」


「あっ、時間か」


「時間?」


 受付の制服姿に戻り、人混みの様子をうかがっていたのだが、えりちゃんは何か知っているようだ。

 時間と言っているし、おそらくイベントの類なのだろうが、何かあっただろうか。

 時計を見ていたのはきっとこれの時間を気にしていたんだろうけど。


「行く? 行きたかったんじゃないの?」


「ううん。大丈夫」


「そう?」


 楽しみにしていたと思ったのだが、遠くから眺めていれば満足なタイプなのだろうか。

 最近の印象から、てっきり人混みに突っ込んでいくのかと思ったが、そうではないみたいだ。


 しかし、ガッツリと人混みの方は見ている。

 見えるのは人の頭ぐらいなもんだけどな。


 あれ、人一倍大きい人がこっちに向かってきてないか?


「え、何あれ。え、こっち来てない? 本当に来てない!?」


「うん」


「うんって」


 人混みをかき分けて人が来ている。


 しかも、人混みはその男の人を追いかけているように見えるし。

 イベントじゃなくて、有名人ってこと?


「ど、どうしよう」


「大丈夫だよ」


「はやっ」


 一瞬で距離を詰められた。

 備えてなかったせいでまったく反応できなかった。

 二人して気づけば男性に抱えられている。


「えりちゃ」


「伊井野くん。準備はできた」


「任せて」


「えりちゃん!?」


 グラッとすると視界が歪んだ。




 どこだかわからない場所に転移したみたいだ。


 それも、えりちゃんのスキルで。


 俺はえりちゃんだと思っていたが、えりちゃんのそっくりさんだったのか?

 もしかして誘拐?


「ここどこ……?」


「どこかは言えないけど、心配しなくていいよ。ここは大丈夫だから」


「そう言われても……」


 スマホは圏外。

 どこかは本当に不明。


 だが、敵意がないからこうしてまんまとさらわれているわけで、そう考えれば安全なのかもしれない。

 俺も別に拘束されていない。場所も廃ビルの中とかいうわけでもなく、草木の生えた温室かな?


「少しは落ち着いてきたかな?」


「はい……。……っ!」


 え、え、え……。


 俺たちを抱えていた男性。

 人混みの中から現れた男性。

 誘拐犯と思った男性は、


「め、飯屋さんですか?」


「そうだとも。私は飯屋めしや緋色ひいろ。挨拶が遅れて済まなかった。高梨正一郎くん」


「い、いえ滅相もないです。あの、その、ほ、本物ですか?」


「もちろん」


 自信と余裕のある笑顔。圧倒的な体格、身長。

 疑う余地はないのだが、現実が信じられず思わず聞いてしまった。


 伝説的な探索者、救世主飯屋緋色さん。


「あ、握手してもらってもいいですか?」


「もちろんいいとも」


 かっこいい。大きい手。イケメンだ。


 やべぇ。本物と会えるなんて考えたこともなかった。

 すげぇ、やべぇ。やべぇ。


「はいはい、それくらいにして。本題でしょ?」


「ああ。そうだった。すまない伊井野くん」


 えりちゃんはやっぱり知り合いなのか。なんだか親しげな気がするけど、いくらえりちゃんと言ってもそんな態度とっていいのか?


 でも、俺がわざわざ二人の会話に入る余地なんてないだろう。


「それでは本題に入ろう。高梨くん。娘を助けてくれてありがとう。いずれ挨拶しなくてはと思っていたのだが、遅れてしまった」


「も、もう! パパったら! 挨拶なんてそんな……」


「いや、必要だろう?」


「そうだけどぉ」


 和やかな雰囲気で飯屋さんを叩くえりちゃん。


 え、娘……? パパ……?


「お、親子……?」


 苗字が違うのに? いや、衝撃の真実。いやいや、待て。待て待て待て!


「あれ、話してなかったのかい?」


「パパから話すって言ってたから」


「そうか。そうだったね。そう。私たちは親子だ。私の子どもと知れて危険な目に遭わせないために苗字が別なんだよ」


「そう。わたしはパパじゃなくてママの苗字なんだ。だから、一般には知られてないってわけ」


「へ、へぇ……」


 いや、本当だったよ。親子だったよ。


 確かに、言われてみれば似てなくもない、気づけなくもない。

 でも、言われなかったら多分気づけない。


 こうして横に並んで談笑しているからわかるのであって、普通気づけない。


 いや、ちょっと待ってくれ。色々起きすぎて整理できない。


「そうだ。気に入ってもらえたかな? 一級品を用意するように頼んでいたのだが」


「しょうちゃんの装備はパパだったの?」


「守秘義務ってそう言うこと!?」


 予想外の人からのプレゼントだった。

 そりゃ言えないわ。

 でも、何者だろうあのなんでも屋さん。


「ええ。とてもいいです」


「それはよかった」


「大切にします」


「いーなーしょうちゃんだけー」


「伊井野くんはいつもだろう?」


「そーだけどー」


 頬を膨らませてすねている。

 なんだか子どもっぽくていつものえりちゃんじゃないみたいだ。


 こういう一面もあるんだな。


「さて、伊井野くんはひいき目に見ても優秀だからね。だから、探索者は早くから許可していた。いい仕事ぶりだよ」


「ありがと」


「高梨くんも段違いの優秀さだ」


「ありがとうございます」


「二人なら、より上のレベルを目指せるだろう。力を伸ばすならむしろ必要な挑戦だ。でも、安全には気をつけるように」


「「はい」」


 まだ、中層ばかりなのに下層へ行けと?


 でも、飯屋さんが言うなら……。


「パパ、行っちゃうの?」


 めずらしく寂しそうに裾を掴んでいる。


 飯屋さんは忙しい。世界中のダンジョンで危険な状態の探索者を助ける毎日を送っている。

 そんなことだから、滅多に会えないのだろう。

 たまに会えたらこうなるか。


「ああ。ごめんよ。だが、私は私の、君には君のやることがある」


「うん。うん」


 えりちゃんはそっと裾から手を離した。


「それじゃ。伊井野くん、高梨くんもこれからの活躍に期待してるよ」


「はい。ありがとうございました」


「またね」


 笑顔で手を振ると飯屋さんは飛んで行ってしまった。


 えりちゃんが残っていたいと言うので、俺は少しの間隣にいた。

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