第38話 下層へ?
飯屋さんが言ってたから下層へ!
って、そんな簡単に行けるんだったら最初から無謀にも行ってるんだよな。
深層はダンジョンによって開放されていたり、いなかったりだが、下層までなら大抵どこのダンジョンも開放されている。
俺がいつも探索しているダンジョンは開放されているため、下層へ行くこと自体はできる。
無論、中層を余裕で通り抜けて降りられるやつに限られるのだが。
「どしたんすか? オイラに話って」
「えっと……」
この間はダボダボの男子制服姿だったのに、すっかりどこからか女子の制服を仕入れていたらしく、装いが変わったタイコウ。
俺のせいだが、同じような境遇のため、話しやすい気がして呼び出したのだが、なんだか前回よりも動きがかわいらしい気がする……。
「タイコウって女兄弟いる?」
「いないっす。一人っ子っす。あ、そういうことっすか。服とかで悩んでるんすね? ならおすすめの」
「違う違う違う。タイコウのその様子が少し気になっただけ」
「なるほどっす。これは、オイラがただ今を楽しめればいいと思ってるのと、いろんなもんに抵抗が少ないってところだと思うっす」
「ふむ」
そういう生き方をしてみたいとも思うが、そんな生き方をしていたら、俺は探索者になれてなかった気がする。
生き方は人それぞれだな。
じゃない。
「それじゃあ、聞きたいんだけど、タイコウは下層に行ったことある?」
「ないっすね」
即答だった。
「今の姿じゃなく」
「ないっすね。前の姿でもないっす」
食い気味だった。
タイコウほどの実力者でも下層へは行ったことがない。
やはり、えりちゃんや関先輩、千島さんのレベルがおかしいのだろう。
タイコウに聞いてよかった。
でも、まだ少し掘り下げるべきことはある。
「もう一ついい? それは、タイコウでも行けないレベルってこと?」
「いや、実力だけなら行けるって、ベテランの探索者から言われたことはあるっす。ただ、オイラの肌感覚なんすけど、多分オイラじゃ思考が追いつかないっす」
「思考が?」
「そうっす。単純に力で解決できるレベルじゃないんすよ。下の空気は」
なるほど。
そうなると、力が足りていなければさらに厳しいだろう。
俺の実力なんて、磨いてきたと言えるほどじゃない。スキルだってまだ上手く扱えているわけじゃない。
それでいて、力だけじゃどうにもならない世界。
だが、どうして飯屋さんは俺に行けると言ったのか。つまり……
「行くんすか? オイラは頭数に入らねっすよ?」
「わかってる。いつかって話」
「そうっすか」
「関先輩」
タイコウの話を聞いてもまだすぐに行く気にはなれなかった。
今度は行くことのできる人。
「おや、高梨くん。また実験につきあってくれるのかな?」
「いえ、今日は話を聞きたくて」
「それもいいとも。思考実験もまた重要なプロセスだからね」
「は、はい」
小難しい話は俺もわからない。
そういう意味では俺もタイコウと変わらないかもしれない。探索者として、ダンジョンに対する知識はまだ甘い。
「あの、関先輩は下層へ行ったことあると思うんですけど、どうでした?」
「一人なら二度とごめんだね」
即答だった。
そして、ずいっと距離を詰めて微笑を浮かべてくる。
「君が一緒に行ってくれるなら検討しよう」
これも即答だった。
「そ、そうですか」
慌てて離れながら、少し驚いた。
距離感じゃなく、関先輩の下層に対する感想にだ。
もっと余裕なイメージだったのだが、関先輩でも……。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
俺は結局その場では決められず、ウロウロしていたらなんでも屋まで来てしまっていた。
気持ちだけなら正直決まっているのだが……。
「姫野さんはダンジョンには行ったことあるんですか?」
「昔少しだけ。行かないとスキルは使えない」
「そういえばそうですね。それじゃあ、下層には?」
「向いてないから行ってない。だからなんでも屋。どうして?」
「いや、踏ん切りがつかなくて。この装備を依頼した人と知り合いだとしたら、何かわかるかと思ったんです」
「ん。私個人としては多分その依頼主と同じ気持ち」
姫野さんも。
でもそれはそうだ。なんでも屋さんとして、この間のように素材がほしいのだ。
「何? 大切な話って」
女性を呼び出す。こんなことになるとは思っていなかった。
少しそわそわした様子の千島さん。
俺の知り合いで一二を争うレベルの実力者。
ここまで探索者になることの次に大切だった話はない。
「あの、千島さんって。下層に行ったことありますよね? どう、でしたか?」
「ああ。なるほど。それは大切な話ね」
「はい」
ちょっと不機嫌になったように見えるが、千島さんでも、下層では嫌なことでもあったのかもしれない。
さすがに、俺も全ての探索者の探索事情を把握しているわけではない。
実力者でも、好んでいくような世界じゃないことはわかってきたつもりだったが、やはりそうなのか。
「安定はしないわ。それに、下層となると知っての通り、基本的には誰かがすごいという世界じゃなくて、チームとして評価される世界。個としてパッとしない人でも、スキルによっては評価される……あたしには合わないのよ」
やっぱり、何かあったようだ。
嫌な記憶を思い出させてしまった。
「あの」
「しょうちゃんが気にすることじゃないわ。もう過ぎたこと」
「ありがとうございます」
「いいのよ、ホントに。それにしてもめずらしいわね。自分から下層について聞いてくるなんて。何かあったの?」
「少し……」
正直には話せない。
他言無用というやつ。
俺も、大っぴらに話すつもりはない。
だけど……ああ!
やっぱり、下層は不安だ。
それでも、俺は探索者になるくらいどうしようもないほど向こう見ずな人間だった。
だから、飯屋さんの言葉でワクワクしてしまっている。
気の迷いは、ただ、自分の実力に対しては自信がないだけ。
だが、俺は、俺じゃなく、信じるべき人の言葉を信じるだけ。
「えりちゃんは下層に行ったことあるんだよね」
「あるよ。けど、行くのと、普段を下層で過ごすのは別物」
「それは少しずつわかってきた」
「うん。いろんな人に聞いてたもんね?」
「なんで知ってるの?」
「内緒」
こっそりやってたつもりなのだが、完全に筒抜けだった。
恥ずかしいが、これくらいどうってことはない。
えりちゃんのにやっという笑い。
「パパと話したことでしょ?」
「うん」
「わたしにとって下層は、まだ配信しながらは難しいから避けてただけ」
やはり、えりちゃんもどうにか下層を余裕で攻略していけるようになりたいのだ。
実の父親、いや、伝説の探索者飯屋緋色さんから言われたのだから。
「どうする? わたしはしょうちゃんに合わせるよ? 下層に無理矢理連れていくことはできない」
中層には連れていったくせに。
でも、それは余裕でこなせるから。
一つ層が違うだけで話はまったく変わってくる。
イレギュラーが発生すれば中層だって危険地帯。
それでも俺は、
「行く。下層へ行きたい」
「それでこそしょうちゃん!」
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