第8話:黒い嵐の接近・敵領主軍の脅威

 私たちの前には、黒い旗を掲げた騎士団がいます。

 その周囲には、甲冑を身にまとった兵士たちが群れています。

 彼らの盾には主家の紋章が刻まれています。


 剣や槍は冷たい光を放っています。

 旗手が風になびく黒い旗を振り、陰鬱な雰囲気が軍勢全体に広がっています。


 その後方には、本隊が砂埃を巻き上げながら進んでいるようです。

 目の前に騎士団に領主の姿は見えません。

 本隊にいるのなら褒めてあげますが、恐らくいないでしょうね。


「御嬢様、どこかの貴族が諸侯軍を動かしたようです」


 斥候に出てくれていたサリバンが重要な情報をもたらしてくれました。

 どう対処すべきでしょうか?


「できることなら、もうこれ以上誰も傷つけたくありません。

 逃げ切れますか?」


「残念ながらそれは不可能です。

 誰かを殺すか見捨てるかしないと、私達が領地に戻る事はできません。

 御嬢様は誰を優先されますか?

 それによって打てる手が変わります」


 ウルスラは私を試しているのかしら?

 いえ、そうではないですね、これからの方針を確認してくれているのでしょう。


「わたくし、民を害するな、民は守るものだと、父上にも母上にも兄上にも、厳しく教えられました。

 今のわたくしには、他領の者とは言え、傷ついた民がいます。

 先ず護るべきなのは民です。

 わたくし自身の命はその次です。

 民を護るために他領の将兵を死傷させる必要がるのなら、躊躇いません」


「御嬢様の御考えは分かりました。

 ですがこのような方法もございます。

 民をこの場に置いて行き、できる限り逃げてもらう。

 ケイロン枢機卿猊下が派遣してくださった修道女達には、馬車を操って囮になってもらう。

 もちろん危険になれば、直ぐに降伏して頂きます。

 諸侯軍ならば教会の修道女を襲う可能性は低いでしょう。

 その間に私達は騎乗して逃げます。

 コスタラン馬を駆けさせれば、追い付かれる心配はありません。

 問題は御嬢様に御不自由をお掛けすることくらいです」


 ふふふふふ、今度は私を試していますね、乳姉は厳しいですね。

 それとも、ようやく王太子の婚約者から解放されたわたくしに、鬱憤を晴らさせてくれる心算でしょうか?


 忠誠心の強い父上も母上の兄上も、民を護るためなら、王家に逆らっても叱りませんものね。


「いいえ、それは駄目よ、民を護るのが貴族の義務よ。

 それに、相手はあの王太子殿下の側近ですよ。

 女子供はもちろん、教会の修道女でも見逃さないわ。

 囮に使う訳にはいかない、彼女達も助ける作戦を考えて」


「承りました。

 しかしながら、そうなると、御嬢様に御転婆して頂けねばなりません。

 宜しゅうございますか?」


「ええ、仕方がないわね。

 父上にも母上にも兄上にも禁止されていたけれど、久し振りに思う存分乗馬させていただくわ」


「ふふふふふ、また御嬢様の手綱さばきを拝見できるとは、愉しみでございます。

 フェロウシャス・ビルも喜ぶことでしょう」


 ヒヒヒヒヒィィィィン


 そうね、私も愉しみ!

 でも大丈夫かしら?


 猛獣と間違えられるくらい凶暴なコスタラン馬の中でも、猛々しいビルと言う異名をもらっているビルです。


 王都にいる間一度も馬に乗っていないわたくしの言う事を聞いてくれるかしら?

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