第9話:乳姉ウルスラ視点・敵領主軍を蹴散らせ!

 私の目の前にはビルの跨る御嬢様の凛々しい姿があります。

 ビルは、世間では凶暴無比と評判のコスタラン馬の王者として知られています。

 その威容はひと目で敵領主軍を震撼させます。


 そして御嬢様は天才です!

 扱いの難しいコスタラン馬を、自由自在に操られます。


 いえ、コスタラン馬だけでなく、ソリバン侯爵家騎士団で訓練された軍馬ですら、御嬢様の指示に従っています。


 敵領主軍の軍馬が、自分の主であるはずの騎士を振り落とし、さらに情け容赦なく蹴り殺しています。


 王都でよほど鬱憤が溜まっておいでだったのでしょう。

 御嬢様が喜々とされておられます。

 御嬢様は生来の御転婆で、とても王太子の婚約者が務まる方ではありません。


 正義感が強く、悪さをする獣には容赦ないのです。

 王宮のような、人の皮をかぶったケダモノが我が物顔でのさばる場所で、おとなしく暮らしていける方ではないのです。


 そういう意味では、王太子はよくやってくださいました。

 このままでは、御嬢様の心が壊れてしまうところでした。


 御嬢様生来の正義感と、伯爵閣下・伯爵夫人・公子様の命令が反発して、御嬢様を責め苛んでいました。


 伯爵閣下の王家への忠誠心も、時には邪魔でございます。

 我らコスタランの民には、御嬢様が一番なのです。


 王家など何の価値もございません。

 コスタランの民の忠誠は、伯爵家に、いいえへ、御嬢様に捧げられているのです。


「ウルスラ、ウルスラ、ビルがまだ暴れ足りないと言うの。

 どうすればいいかしら?」


 やれ、やれ、まだ御嬢様の鬱憤が溜まっているようですね。


 コスタラン馬は主と決めた人間の心を映します。

 今のビルは、王都で御嬢様が受けた数々の屈辱を知り、御嬢様の中に残る怒りを感じているのでしょう。


 御嬢様が全ての憂さを晴らすまで、ビルの怒りは収まらないでしょう。


 さて、どうするべきでしょうか?

 御嬢様を説得して、領地まで逃げるべきでしょうか?


 民を無事に逃がすためだと申せば、御嬢様はビルから下馬されるでしょう。

 御嬢様が得心されれば、ビルの猛猛しさもおさまり、下馬する事ができます。


 ですが本当にそれでいいのでしょうか?

 これが最初で最後のチャンスかもしれません。


 もしかしたら、王太子自ら御嬢様を殺そうと出て来ているかもしれません。

 御嬢様の恨みを晴らす好機かも知れないのです。


 旅先ならば、事故死に見せかける事は可能です。

 今のビルの猛猛しさなら、一国を相手にしても引けを取らないでしょう。

 相手が騎士団で、馬がいるのなら、勝利は間違いありません。


「御嬢様、女子供を逃がすためには、追撃して来る敵を撃退しなければなりません。

 ビルに馬達を率いてもらい、女子供を害する者を叩きのめしてもらいましょう。

 御嬢様からビルに命じて下さいませんか?」


「そうですか?

 そうですね!

 確かに女子供を助けなければいけませんね。

 ビルは私の愛馬なのですから、貴族に相応しい振る舞いが必要ですね。

 ビル、私は馬車で女子供を安全な所まで運びます。

 ビルは追いかけてくる襲撃者を撃退して下さい」


 ヒヒヒヒヒィヒィィィィン!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る